俺と少女と『名探偵ユウキの冒険』 [バレ編]

「幽日。弁護士にとって一番大切なことは何か分かるかい?」


「んー? 営業力? コネ?」


「いや、あのね、そういうんじゃなくてさ? ほら、あるでしょ?」


「えーあとは……あ!」


「お!」


「顔の良さ! イメージ戦略だね!」


「……幽日は母さん似だな。間違いない……」


「じゃあ父さんは何だと思うの?」


「ふふふ、それはね……」


「そういうのいいから早く言ってよ」


「ぅぅ、母さんを思い出すよ」


「寝ていい?」


「今、大事なとこだからダメ」


「……」


「弁護士に一番大切なことは、人の心に寄り添うことだよ。たとえどんな悪人だったとしてもね」


「ふーん。じゃあ父さんは自分を殺した人を弁護できるの?」


「……ははははは!」


「なんだよ」


「……ごめんごめん。昔、母さんに同じ事を訊かれたことがあってね」


「で、なんて答えたの?」


「僕は──」










( ´Д`)=3



 来る、と思った。

 さっきからやけに感覚が鮮明になっている。そのせいか分からないけれど、直感的にそれを理解できた。


 気がついたら回避行動を取っていた。2発の銃弾が私たちの居た場所を通過する。結城君も問題無さそうだ。

 警察官だったお父さんは射撃の名手だったと昔、お母さんが言っていたような気がする。

 腕が鈍っていなければ、私にお父さんを抑えられるか分からない。


「じゃ! 後はよろしく☆彡」


 結城君がこの場から脱兎のように消えてしまった。

 今度は何を見せてくれるのだろう。こんな時なのになんだかワクワクしてしまう。


 お父さんを見る。

 その背後にモヤモヤとした物が居る。


「……余計なことを」


 お父さんが言う余計なこととはなんだろうか。

 

 そんなことを思っても答えは分からない。それにあまり余裕も無い。

 コートの内ポケットからBeretta M92FS Vertecを取り出す。

 これは刑事が持つメジャーな銃ではない。同僚はもう少し小さい物を使っているけれど、私はこの9mmパラべラム拳銃が使いやすい。

 本来、刑事は事務仕事が主だ。だから銃を携帯することは少ない。

 でも、私は適当な理由をでっち上げてでも携帯許可を貰うようにしている。

 それはいつでも……。


 くだらないことは考えるな。今はそれどころではない。


 お父さんへ銃口を向ける。


「あの男にそそのかされたか」


「……そうね」


 ……うすうす結城君の本心には気付いている。

 私だってそんなに鈍くはない。結城君が言う「愛してる」が、私が本質的に求めている形とは違うということくらいは理解できる。

 けれど、たとえ愛は嘘だったとしても、私を本気で想ってくれた。


 温かかった。

 

 あの日からどんどんおかしくなってしまった私には、それだけでも分不相応だ。


 ……お父さんには愛してほしい。それは今でも変わらない。


 お父さんが無言で銃を私に向ける。


「……」


「……」


 耳をつんざく破裂音。


 回避。父さんが引き金を引く予兆が分かる。凄い。こんなこと今まではできなかった。


「……厄介だな」


 !?


 お父さんの存在がぶれた!? 


 また弾丸が発射される。今度は2発。


 でも! 予測できるわかる! お父さんを見失わない! 弾道もタイミングも予測できるわかる


 ステップを刻み、最小限の挙動で射線から外れることができた。自分自身、信じられない。少し人間離れしていないだろうか。


 けれど……これが結城君の見ている世界……? 私たちとはまるで違う。


 世界が鮮明に飛び込んでくる。


 そしてお父さんの痛みも……。

 

 愛してほしい人だからこそ、愛したかった人だからこそ、苦しまないでほしい。


「銃は効かない。大人しくして」


「ではこれならどうだ」


「2丁拳銃……!」


 !? 連射して回避ルートを潰すつもり……!


 まるで、スローに引き延ばされたかのような緩慢な世界で、私は覚悟を決める。


 できる……と思う。できる。やるしかない。ここで頑張れば、結城君がいつもみたいになんとかしてくれる。


 連続のマズルフラッシュ。深夜の住宅街を切り裂く轟音。

 

 発射の直前に動き出す。可能な限り予測される弾道から外れる。

 けれど1発だけ回避しきれなくなる。そう直感していた。


 だから──感覚的に予測できた回避不可の弾道に重なるように、お父さんと同じタイミングでパラベラム弾を放つ!

 

 銃弾同士が衝突し、あらぬ方向へと跳んでいく。


「……流石は俺の娘だ」


 口ではそう言っているけれど、お父さんの表情に大きな変化は無い。


「やはり邪魔だ」


 また連続で発砲された。大丈夫。回避。


 そして──左足に痛み。


 !? 何故? 予測ルートは回避できていたのに……。


 お父さんがマガジンを取り換えながら言う。


「不思議そうだな。霊気に一定の念を込めて、お前の直感を操作した。その上でお前の回避先を感覚的に把握しただけだ」


 レイキ? 何を言っているのか分からないけれど、私にお父さんを抑える手段が無くなったことだけは確かだ。


 それでも──まだ負けたくない。


 ユウキ君が戻るまでは堪えてみせる。












(ФωФ)




 説明しよう!


 俺が自分をチートだとか、最強だとか痛々しいことを言っちゃう最大の理由は、俺が死なずともあの世の深~いところまで行けることだ! どう考えても反則チートだぜ!

 ちょちょいと気合いを入れれば、霊体だけを浮き世から切り離せるのさ!

 勿論、かなり疲れるし、霊気もガンガン消費するから多用はしたくない。帰ったら魂の筋肉痛(?)は必至だ! 悲しい!


 さぁ、やって来ました三途の川!


 広大な河原を見渡すと、快晴にキラキラと光る水面みなもを背景に、沢山の人が釣りをしたり、バーベキューをしたりと人生(?)を楽しんでいる。

 ここがライトなアウトドアを売りにするキャンプ場にみたいになっちゃってるのは、三途の川を管理する会社(?)の人手不足のせいで死人を捌ききれていないからだ。

 ちゃちぃ舟へと死人を誘導している、死んだ魚の目をしたゴスロリ系メンヘラメイクの子が、そこの従業員どれいだ。

 

 なんとむごい光景だろうか。

 

 まさに地獄。きっと「ワンオペ上等」「睡眠時間は会社こちらで管理します」「時間外手当、福利厚生全て無し! 働けて嬉しいだろ?」「あ、勿論契約社員だから(笑)」に違いない。


 やはりニートがありふれた職業にして世界最強。


 うむ。これからも誇りを持ってニートを続けようと固く誓う。異世界転移しても余裕だぜ。


 浮きまくってるゴスロリファッションに身を包む子にさりげなく近づく。


「!」


 気付かれたようだ。


 ブラック企業勤務の子──雪道ゆきみち椿つばきさんが、パァッと顔に生気を取り戻す。


「久しぶりー! 元気だったぁ?」


「元気元気。そっちは大変そうだな」


「そうなの! また1人辞めちゃってほんと大変! 本社の方も不祥事が拡散されてバタバタらしくて、その皺寄せがあたしら下っ端にきちゃってるし、もう辞めたいよ。それに後輩の子も全然使えないし、それなのに顔だけは良いから○ンコでモノを考えるバカ上司に気に入られててマジウザい! なにが『先輩はもっと男受けの良いメイクにした方がいいですよ~? そんなんじゃ無能な隠キャ童貞しか寄ってこないですよ~(笑)』だ。あたしは別にモテたくてこういうカッコしてんじゃないんだよ! あんたと違って○ンコでモノを考える女じゃないんだっつーの! それから……」


 お、おう。大変だな。だがすまん。今は愚痴に付き合ってやる時間は無いんだ。


 右手に霊気を集め、それを差し出す。


「まぁまぁこれでも呑んで元気出しなよ」


「……死ねマジ卍蕁麻疹じんましんマジ卍。……ん?」


「ほら、やるよ」


 変化は劇的だった。


「うひひひひひ。さっすが分かってるねぇ。いっただっきまぁーす!」


 椿が俺の右手を丸かじりして、霊気を吸い上げる。

 近くで見ていたチビッ子がはしゃいで、母親らしき人に注意されてる。

 でもなぁ。母親も愉しそうに見てるから説得力皆無なんだよなぁ。

 てか痛いな。歯を立てないのは女の必須スキルだろ。そんなんだから下っ端なんだよ。

 

「なぁ」


「ちゅぱちゅぱ」


「なぁ」


「じゅるじゅる」


「……」


 イラッ。


 霊気を右手に一気に集める。霊圧ぶっぱや。


「……んっ! んぅ~~~っ!!」


 椿さんがビクビクと痙攣し、ややあってから俺の右手から口を離す。


「……はぁはぁはぁ。……相変わらずヤバいわね。1週間は寝なくても大丈夫そうだわ」


 人の霊気をヤバい薬みたいに言うな。

 

 随分と艶々になった椿さんが、どスケベな顔でねっとりと笑う。


「で、何をしてほしいの?」


 話が早くて助かる。椿さんのこういうところは好きだ。つい口角が上がってしまう。


「……今すぐ閻魔えんまんとこに連れてってくれ」


 椿さんが嫌そうな表情になる。


「……マジ?」


「マジマジマジ卍」


「うっざぁー」



















「えーそっちは属地ぞくち主義ってるかもだけどぉ、うちら日本勢は属人ぞくにん主義なの。うん。うん。いやいや、だから長谷川はせがわっちの魂をこっちに送還してっ言ってるのぉ。はぁ? 国際霊界司法裁判所に訴えるぅ? バカっすかぁ? なんでうちらがそんなコスパ悪いことしなきゃあかんのよぉ。分かったよ。じゃあこうしよう……」


 閻魔様が居る死役所4階に来たんだけど、チャラ男──閻魔の狂死郎きょうしろうさんは電話中だった。なんか忙しそうだな。

 暫く眺めてたら、狂さんが「Fuck! Eat shit and die,bitch!」と、やたらと流暢に吐き捨てて電話を終わらせた。お疲れっすわ。


「狂さんお疲れー」


「ん? ……おー。幽日っちぢゃないっすかぁ! お久ー。今日はどしたん? また修行ぅ?」


 相変わらずなんかこってりしてるイントロネーションだ。まぁいいんだけどね。


「違うくて、ちょっと探してる死人がいてね」


 狂さんが露骨に難しい顔をする。


「ちょちょちょ~っとぉ? 俺らにも個人情報のガイドラインがおかみから来てるんよ。幽日っちも知ってるっしょ?」


 まぁ知ってるけどさ。


「いやぁ~分かってはいるんだけどさぁ~」


「……嫌な予感しかしねんだけどぉ?」


「ハハハハ」


 

















 さて、現世に戻ってきたぜ。


 住宅街にある公園のドーム状遊具の中に置いといた身体に霊体を戻す。


「行くか」


 解理さんたちの気配を探る。

 しかしその必要は無かった。銃声が鳴り響いている。


 よかった。


 銃声が聞こえてきたってことはまだ戦っているってことだ。









ヽ( ゜д゜ )ノ




 また痛み。


 駄目だ。かわしきれない。私の直感では完璧には対応できない。

 それに私の銃撃は全然当たらない。お父さんは私よりずっと見えている・・・・・……。


 ……駄目だ。諦めるな。


 数瞬先の銃弾のルートが見える。

 けれど、これもおそらくはお父さんに誤認させられたもの。これを前提に回避行動を取れば、その先で被弾するはず。

 でも、全ての予測ルートが間違っているわけではない。無視した場合は本当にただのギャンブルになってしまう。

 障害物に隠れたら、私が顔を出したり、撃つ瞬間を狙われるだけ。そもそも結城君の方へ行かれてしまうかもしれない。今、結城君の邪魔はさせられない。


 だからある程度の被弾は覚悟して動くしかない。


 銃声が冬の夜を駆け抜けていく。

 1発が利き腕に直撃する。これでは銃が撃てない。


 先程からお父さんは私に致命傷を与えてこない。あまり認めたくはないが、私のことも凌遅屋のやり方で殺害するつもりなのだろう。


「無駄な抵抗はやめろ。もう大分動きが鈍くなっている」


 ここまでなのか……。
















『真一さん!』


『カイリか? すげー大人になってるじゃん』


 え……。え? え!? お母さん! おにぃ!


「遅くなってごめん。狂さんがごねてきてさ」


 結城君……。本当に訳が分からない。


「そんじゃ後はよろしく」


『分かりました。ご迷惑おかけしました』


 




 

 

 




♪ヽ(´▽`)/




 昔さ、弁護士をしていた父さんに「自分を殺した奴を弁護できるか」って感じのことを訊いたんだ。

 そしたらさ、父さんは笑ってから言いやがった。


──僕はどんな人であろうと責める気持ちは湧かないよ。だから当然、弁護できる。その人の心に寄り添うよ。


 馬鹿だと思う。お人好しにも程がある。だけど……そんな奴だけど、それでも嫌いではなかった。


 あの日の夜、霊になった父さんが俺の下に来た。そして言ってきたよ。


──僕を殺した人を助けてあげて。幽日ならきっとそれができる。じゃあ頼んだよ☆彡


 やっぱり馬鹿だと思う。幼い息子に対する最期の言葉が、自分を殺した奴を助けてやれって、そんなのアリかよ。

 でもまぁしょーがない。それが父さんの遺言だ。やれるだけやってやろうと思ったよ。


 だからあの世で霊能力を鍛えたり(文字通り地獄の特訓だった……)、凌遅屋を探したりしてきた。

 

 それで川見さんに会って、魂を覗いて分かったんだ。川見さんは奥さんと息子に謝りたかったってね。

 未練や怨みがあるまま人が死ぬと、霊体の状態で現世に残ることがある。

 でもそれは例外的なパターンだ。未練や怨みがあっても原則としてすぐに霊界に行くことになる。

 俺の様に生を離さぬまま霊界へ行けるのは、特殊な適性がある場合だけだ。川見さんクラスの霊能力者でも基本的には不可能だ。

 だから川見さんは奥さんや息子さんと会話することができなかった。それが罪悪感の際限の無い肥大化を生み、やがて精神に異常をもたらした。


 これが凌遅屋が生まれてしまった経緯だ。


 こんな感じで川見さんの根底に在るのは、死んでしまった妻子に謝りたいという願いだ。

 だから歪んだ精神を根っこから改善する為に、その願いを叶えてやった。俺がしたのはそれだけだ。


 あの世に居る魂を現世に連れてくるなんて、普通にタブーだ。当然、狂さんは渋ったけど、古来より巫女が霊界に在る魂を、その身に降ろす時に捧げていた代償を払うことで許可を貰った。

 

 俺が捧げたのは寿命だ。

 

 2人の魂が現世に存在した時間に応じ、寿命が減る。例えば現世への滞在が1日なら、2人分で2年の寿命が削られる。

 もしも、巫女がしばしば行ってきた神降ろしをしたならば、代償の寿命は跳ね上がる。なんの力も無い普通の人間だからこの程度で済むんだ。


















 川見さん、解理さん、奥さんと息子さんが何かを話している。

 部外者の俺がいちいち聞き耳を立てるべきではないだろう。その必要も無い。


 もう大丈夫だ。魂から不協和音が消え始めている。


 疲れた。今、何時だよ。晩飯食ってないし、めっちゃ腹減ったわ。そういや解理さんの飯があるんだったな。帰るか。


「……じゃあな」


 わざと聞こえないように呟いて、気配を薄め、家路を行く。


 雪が降ってきた。


 なんとなく空を見る。

 

 夜空は暗い。見上げても大した意味は無い。だから単なる気分の問題だ。

 でも、そういうのってたまには悪くないだろ。


──これでよかったんかね?


 当然、返事は無い。


 ま! 及第点だろ。父さん、馬鹿だからな。

















 次の日、川見さんと解理さんは自首をした。

 情状酌量すべき事情はあるけど、やったことがヤバすぎるから極刑になる可能性が高いだろう。

 でもそれはしょうがない。人間社会で生きる以上、そこのルールや価値観に縛られるもんだ。

 だけど、まだ浮き世でできることが少しだけ残されている。


「面会に来たよ」


 逮捕後のゴタゴタが落ち着いた頃を見計らい、解理さんの下へ訪れた。家にあった『名探偵ユウキの冒険』をちゃんとリュックに詰めてきたぜ。

 

 約束は守るさ、可能であればな。

 

 解理さんが子供の様な顔を見せる。


「……」


 さぁ、自分と同名の主人公の物語を朗読とかいう地味な苦行を始めますか!














  



「おかえり!」


 家に帰ると亮が出迎えた。

 この亮は肉体がある。凌遅屋による危険が消滅したことで、御守りが効果を維持する理由が無くなり、亮はふつーに目を覚ました。第一声は「ゆう! お腹空いた」だったらしい。恥ずかしいからやめてほしい。

 亮の母さんからは、迫真のガチトーンで「亮をお願いね!?」と言われて恐かったです。


 亮がニヨっとした顔をする。


「……実はお知らせがあるのです」


「何?」


 嫌な予感しかしない。


「温泉旅館へ予約を入れたのだ」


「お、おう」


 絶対に死人が出る。正直、行きたくない。


 でも亮に言われるとなぁ。


「お母さんが2人で行きなさいって」


 母さん!? あんた、俺の母親でもあるんだからな! 平等に扱えや!


「だからりはーさるに一緒にお風呂入ろう!」


「嫌です」


「なんで!?」


 また亮がごね出した。騒がしい奴だなぁ。


 でも、まぁ……楽しそうだから良しとしてやろう!


 


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