クソゲーで縛りプレイという狂気

「え、嘘!? 霊が居ない? 残留思念もない!? しかも容疑者も不明!?? ヤバい、詰んだ」










(へ´∀`)へ




 マイルームで亮とぐだぐたしている。この平日の昼間っから意味のある行動を何もしない時間が最高に好きだ。げへへ、愚民どもは汗水垂らして働きたまへ。


「のどが渇いた」


 亮がそう言って俺を見る。なんだよ。


「サイダーね。後、お菓子も」


 俺に取ってこいと? 


「嫌だよ。自分で行けよ」


「えー、めんどくさい」


 ふむ、完全なる意見の合致だな。こいつは困ったぜ。


 ぴんぽ~ん?↑ ぱんぽ~ん?↑


 おや、誰か来たようだ。仕方ない。下に行くついでに取ってきてやろう。

 












「うっす! 来ちゃったっす……て、あれ? 切られない?」


 解理さんが玄関前で困惑している。

 俺だって本当は切りたいよ。でも、もう外堀埋まってるんでしょ? だったら時短の為にもさっさと用件を言ってもらわんとアカン。


 ガチャリとドアを開ける。


「やっとウチと結婚する気になったんすね!」


 ガチャリとドアを閉める。

 もう一回開ける。


「隙ありっす!」


 流石は一課所属の現役刑事、素早い身のこなしでドアの隙間に腕を差し込み、俺がドアを閉める前にガバッと開け放つ。


「さぁ観念するっすよ」


「住居不法侵入で通報していいですか?」


「う」


「う?」


「うわぁーん! 懲戒免職は嫌っすぅぅ!」


 元気だなぁ。今日はいったいどんな事件なんだ?


「早く上がりなよ」


「うぅ、退職金……え?」


「いや早く上がりなって」


「う」


「う?」


「うわぁーい! 結城君がデレたぁー!」


 うっっざ。














 マイルームに戻ると亮は居なくなっていた。帰ったのかな。まぁいい。それより事件だ。


「で、今回の事件は何なの?」


 解理さんが嬉しそうな、うざいドヤ顔のような形容し難い顔をする。なんだってんだ。


「なんと今回は密室殺人っす!」


 ほー。まぁ俺には関係ないっしょ。

 容疑者の記憶を読めれば一発よ。それに殺された人──霊の魂からも記憶を読めるし、最悪、残留思念くらいはあるっしょ。ヨユーヨユー。

 それはそれとして、なんで解理さんは嬉しそうなんだ?


「なんではしゃいでるの?」


「だって密室殺人っすよ!? 探偵の腕の見せどころじゃないっすか!?」


 いやあなたねぇ。警察官としての職業倫理とかどうなってんすか……と、思ったけど俺も倫理感死んでるんだった。てへ☆


「ほーん、じゃあサクっと解決しちゃるか」


 俺の調子に乗った発言に、解理さんはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。


「ぱねぇっす! 結城さんかっけぇっす!」


 さぁ行きますか。
















「え、嘘!? 霊が居ない? 残留思念もない!? しかも容疑者も不明!?? ヤバい、詰んだ」


 現場に到着した俺はヤバい現状にそんな風に漏らした。


「なんすか? 急に変顔して」


 変顔言うな。いやそれどころじゃない。

 死人は居る。だけど霊が居ない。おまけに残留思念も無い。容疑者も不明。これじゃあ俺にできることなんて無いぞ。帰っちゃダメかな?

 チラっと周りの奴らを見る。


「う゛」


 なんて目をしてやがる……! 揃いも揃って期待に満ちた目をしやがってこんちきしょうめ!


「何か分かったんすか!?」


 やめろ。あなたたちが思いの外、期待しまくってることがわかっちゃっただけだよ!

 あーもう! もう知らん。成るように成れだ。やるだけやっちゃるわ!

 

 先ずは今回の事件をおさらいする。


 今回の被害者はこのアパートの103号室の住民の工藤くどうおさむさん(37)だ。彼はどうやら俺と同じニートをしていたようだ。ふむ。

 2日前、異臭がすると通報を受けた巡査が駆けつけた。ドアベルを鳴らし、ドア越しに呼び掛けるも返事がなく、ドアや窓もしっかりと施錠されていた。已む無く管理人からマスターキーを受け取り、ドアを開ける。

 すると6畳のワンルームの中心で倒れている工藤さんを発見。背中に乾いた血痕があること、凶器が現場に無いことから他殺と見て、直ちに管轄である捜査一課へ一報が入る。

 現場を調べたところ、工藤さんの物らしきキーホルダー付きのアパートの鍵が、室内から発見された。また、死体の傷の様子から大型で鋭利な刃物による背中からの刺殺であると判断された。

 そんで密室殺人であると見た解理さんは、俺の起用を提案。課長が即決で承認し、今に至る。


 うん。警視庁の組織改革か、人事の大幅刷新が必要だと思うんだ(名推理)。


 とりあえず地道に情報を集めるしかないな。巡査さんに話を聞いてみよう。


「あなたが第一発見者ですね?」


 俺を見て一瞬怪訝な顔をするも、すぐに何かを察したのかピシィィっとキレのある敬礼をする。ちょっと引いた。


「は! その通りであります!」


 ……やりづらい。


「普通に喋ってくださいお願いします」


「は、はぁ。分かりました」


 おーやればできるやないか。


「発見当時はドアや窓に施錠がされていた。間違いないですか?」


「はい。他に室内に侵入できる所もありません」


「んーそっか。解理さん」


 俺の後ろをアヒルみたいに付いてきてる解理さんに声を掛ける。


「なんすか?」


「死亡推定時刻は分かる?」


「……」


 ん? 解理さんの返事が無い。なんだよ。


「結城君どうしたんすか? 普通の探偵みたいっすよ!?」


 やかましいわ!


「いいから早く教えろ」


 解理さんはぶつぶつ文句を言うも教えてくれた。


「発見の3日前っすね」


「その時の管理人のアリバイは?」


「それが旅行に行っていたらしくて、帰ってきたのは一昨日らしいっす。一応、滞在先の旅館に裏は取ってあるっす」


 となると管理人の線は薄いか。


「マスターキーが悪用された可能性は?」


「金庫に入れて保管していたようで、可能性は低いっすね」


 うーん。そっか。共犯者が居るなら可能だけれども、それを示唆する証拠が出るまでは一旦除外しておこう。

 そもそも管理人には動機がない。まして、自分が一番疑われる状況を作り出すメリットもない。

 不動産会社も鍵を持ってそうだけど可能性は低いっしょ。だってこんな事件が起きちゃうとアパートの評判が悪化するし。借り主殺害なんて不動産会社からすればデメリットしか無くね?

 というわけで不動産会社も除外。 

 

 とりあえず部屋を調べるか。


 玄関、居間、トイレ、風呂を順に見る。小さなキッチンには、調理器具が鍋と電子レンジ以外無い。分かるぞ。料理なんてだりぃよな! やっぱニートはこうでなきゃな!

 でもそれはそれとしてなんか違和感がある。


「なぁ、部屋で何か不自然な点はあったか?」


「そうっすね。ガイシャの指紋が少ないことっすかね」


「全く無いわけではないんだよね」


「そうっすね」


 なんだそれ。いや、でも違和感の正体はこれか。なんか部屋が綺麗なんだよな。潔癖なら納得なんだけど、どうだろ。


「工藤さんの性格は分かる?」


「変なこと訊くんすね。ガイシャは基本的に引きこもっていたみたいっすから、あんまり証言は集められなかったっすね。ただ、闇金から借金をしたりと非計画的で近視眼的な人間だったみたいっす」


 んー。そういう奴が潔癖? イマイチしっくり来ないな。


「ちょっと遺体の写真見せて」


「ほいっす」


 解理さんがタブレット端末を操作して幾つか画像を見せてくれた。

 映し出されたのは、上半身に着た衣服を赤く染め、うつ伏せに倒れる工藤さん。スライドして次の画像を見る。腐敗が進んでいて人相が分かりづらい。

 

 うーん、まただ。また違和感がある。


 次の画像。今度は仰向けに寝かせられている写真だ。衣服がはだけている? いや違う。分かった。サイズ感が変なんだ。ボトムスだけはちょっぴり大きいサイズを着てしまっている。偶然とか好みと言えばそれまでだけど……。

 とりあえずもう少し情報を集めてからだな。


「鍵穴にピッキングとかの痕跡はあった?」


「現時点では無さそうっすね」


「……そっか。工藤さんに合鍵を持っていそうな人は居なかった? 彼女とか両親とか」


「さっきも言ったっすけど、人間関係はほとんどないっす。兄弟も居なくて、両親も他界してるっす」


 なるほど。

 

 顎に手をやり、考える。

 俺の中で1つの推理が出来つつある。でも情況証拠の群れからの推測にすぎない。

 解理さんを見ると、相変わらずキラキラした眼差しを向けてやがる。ホントバカだよなぁ。だって霊能力の無い俺なんて、マジでひねくれた性格のただのニートだぜ?

 探偵ごっこなんてできねぇよ。

 でも、ま、やるって言っちゃったし、それなりにやりますか!


「解理さん」


「ついになんか分かったんすか!?」


 苦笑いしてしまう。そんな簡単にいかないって。

 嬉しそうにしちゃってまぁ。

 しかし、続く俺の言葉を聞いて解理さんの表情は変わることになる。




















「被害者が工藤さんであると判断した根拠は?」


「え、それは……」


 歯切れ良く答えていた解理さんが言い淀む。フラフラと視線があっちに行ったり、こっちに来たり。

 見かねたのか、これには先ほどの巡査さんが答えてくれた。


「発見時に管理人の女性が『工藤さんです』と証言したことが主な理由です」


 うん、あとは情況から見てこの部屋の主であると考えたのかな。気持ちは分かるけど、ちょっと気になる点があるんだよね。


「今、管理人の方にお話は伺えますか?」


「え、ええ。可能かと思います」


「じゃあ行ってみよっか」


 はい、というわけで管理人さんのとこに到着。管理人さんは道路を挟んだ向かいの一戸建て住宅に住んでいた。


 ピンポーン。


「はいはい」


 今時、インターホンも使わずにスライド式の玄関扉が開けられる。

 エプロン姿の初老の女性が現れる。


「あら? 刑事さんでいいのよね?」


「私は探偵のような者です」


 管理人さんは含みのある曖昧な言い方に戸惑うも、すぐに自分の中で納得できる解釈を見つけたのか、特に気にした様子は見受けられなくなった。


「少しお伺いしたいことがありまして。今、よろしいでしょうか?」


 いやぁ、慣れない敬語は疲れるわぁ。


「大丈夫よ。何かしら?」


「工藤修さんについてです。あなたは工藤さんと直接的な面識はあったのですよね?」


 これは前提の確認だ。もし俺の予想が正しければ……。

 管理人の女性は「うーん」と悩んでいる。

 おっと、これは期待できそうだ。


「あると言えばあるのだけれど、面と向かってしっかりお話ししたことはないわ」


 稀に見掛けると挨拶くらいはするけど、それ以外では接点は無い感じか。

 分かる。分かるぞ。俺とご近所さんとの関係がそうなんだもん。やっぱニートはこうでなくちゃな! (2回目)

 おっと思考が変な方向に行っていた。戻さないと。

 管理人さんの返答は期待通りだ。もうちょいツッコんでいく。


「遺体発見時に『工藤さんです』と証言されたようですが、しっかりお話ししたことがないのに何故そのように判断されたのですか?」


「それは簡単よ。体格が同じだったし、何回か見掛けた時と同じ服を着ていたの。それにお顔の雰囲気も同じように見えたんですもの」


「なるほど。よく分かりました。以上で終わりです。ご協力ありがとうございました」


 礼を言って現場の一室に戻る。


「解理さん」


「今度はなんすか。もう疲れたっすよ」


 て、てめぇ……! 

 

 ぷるぷるとしてしまうが、この前全裸にしてイタズラした時の動画をネットに公開されたくなければ、的な感じで今度苛めてやると決意し、なんとか怒りを抑える。


「この周辺にスラムのような無法地帯やホームレスの溜まり場はある?」


「えと、スラムは無いっすね。でもホームレスが問題になってる場所ならあるっすよ」


 はいビンゴ。そうと決まればサクサク行くぜ。

 俺は鷹揚に頷き、指で顎をすりすり。俺の思わせ振りな態度に解理さんの期待が高まっているのが分かる。

 いくぜ! 次の一手!


「解理さん、今すぐエロい格好に着替えて。それからデートに行こ」


「いいっすよ……え? え、今なんて?」


 またまたぁ。聞こえてる癖にぃ~。カマトトぶりやがって。とんでもねぇ女だぜ。げへへへへ。















「どうっすか? 可愛いっすか?」


 胸元の開いたドレスワンピ。足下のヒールサンダルにハイブランドのバッグ。やや濃い目のメイク。

 どこからどう見てもキャバ嬢です。似合いすぎてキモイ。なんでこの人、刑事やってんだろ?


「ああ。正直、抱きたいと思ったよ」


 勿論嘘である。俺を働かせようとする女は受け入れられない。世の真理だ。


「ホントっすか!」


 解理さんはニヨニヨしながら「こーゆーのがいいんすね、ふーん、へー」などと意味不明な供述をしており、責任能力の有無が争点になりそうです。


「じゃあデートしますか」


「了解っす!」


 さて、別にガチでデートに行くわけじゃあない。そもそも行く場所がデート向きじゃないしな。

 だから腕を絡めて、胸を押し付けるのはやめなさい。


















「お家帰りたいっす……」


 ホームレスの溜まり場として問題の場所、某一級河川の河川敷に俺たちは来ている。俺は微妙に馴染んでいるが、解理さんは浮きまくりだ。

 解理さんを見る家無き人生の旅人さんたちの目は「なんだこいつ?」てのが半分、無関心な死んだ魚の目が3分の1、あからさまなエロい目が残り1割強といった感じだ。

 勿論、解理さんを苛めたいとかいう理由でキャバ風衣装になってもらったわけじゃない。あくまで警察関係者と悟らせない為だ。俺は野暮ったい格好に無気力な顔、解理さんはエロ特化のお水女ちっく、これで警察関係者と分かる人はなかなか居ないと思う。

 解理さんは職務放棄をご所望だが、勿論却下だ。棄却ではなく却下な点がエモい(?)のだ。俺を巻き込んで自分は帰ろうなんて許さねぇぜ。げへへ。

 それに来て良かったぜ。


「謎は全て解けた」


「なんなんすかもー……?……!?」


 さて、現場に戻って探偵ごっこと洒落こみましょうか。























「犯人は工藤修さんです。つまり死体は工藤さんではありません」


 一時作業を中断して集まった面々が、十人十色の反応を見せる。


「……根拠を教えていただけますか?」


 ……なんかしれっと第一発見者の巡査さんが発言してきた。いいんだけどさ。なんか釈然としない。


「先ず、前提として死体と現場の不自然さがある」


 解理さんが絶妙に得心とくしんのいかないかのような顔をする。


「確かに変なとこはあるっすけど……」


「主なおかしい点は3つ。先ず最初に気になったのは部屋が綺麗に掃除されていたことです。訊けば、工藤さんの物らしき指紋もほとんど検出されなかったみたいですね。これは推測される工藤さんの性格と一致しない」


 これには鑑識の面々が頷く。違和感自体は感じていたのだろう。特に異議はないようだ。


「次に引っ掛かったのは死体の服です。よく見るとボトムスのデニムのサイズが、若干大きいような気がしませんか?」


 解理さんがタブレットを取り出し画像を表示させる。スライドさせて何枚か確認して、首を傾げる。


「そうやって見ればそんな気がするっすけど、気にするほどじゃないんじゃないっすか?」


 まぁ俺もそう思った。でもボトムスだけそうなっていることが引っ掛かるんだ。


「工藤さんは部屋の掃除を徹底するほど几帳面だったとするなら、服の上下でサイズ感に違いがあるのは僅かに違和感がある。緩いサイズが好きなら上もそうなるべきだ。几帳面な工藤さんがたまたま間違えて買ってしまい、たまたま着ていたのではなく、他の可能性を考えた方がしっくりくる」


「うーむ」と現場の皆が各々思考している。

 よく俺みたいなニートの話を真に受けるよな、ホント。


「最後です。それは管理人さんの証言の根拠です。彼女が言うには、服装、体格、顔の雰囲気を理由に、遺体は工藤さんであると判断したようです。しかしその程度の一致はありふれている。それに発見時の死体は、ある程度の腐敗が進み、人相が分かりづらくなっていた。彼女が間違えたとしても、何ら不思議ではありません」


 これに気づけたのは俺がニートであったからかもしれない。


「おそらく皆さんは、管理人ならば住民をしっかりと知っていると思っていたのではないですか?」


「まぁ常識的に考えると……」


 だよなぁ。


「その認識があった為に、管理人さんの証言を簡単に真としてしまった。でも違うんです。ガチの引きニートという人種には、本当に人との交流を削りに削る輩も居るのです。だからより正確に考えるなら『管理人さんが知っていなくても不思議ではない』となります。皆さんは真っ当なご職業ですから、常識的見解によるバイアスが掛かっていたのでしょう。無意識下で、集団の同調圧力もあったかもしれません」


 ざわっとする一方で、納得顔をする者も居る。


「以上から、死体は工藤さんではないと判断しました」


 じゃあこの事件は何なのか、犯人が工藤さんとはどういうことか、何故部屋は掃除されていたのかということになる。でも、これも実際はシンプル極まりない。


「結論から言います。この事件は、工藤さんが借金から逃れる為にした、自らの死亡偽装事件です。それもニートである自分の人間関係の希薄さを利用したね。そして、不自然に掃除されていたのは工藤さん本人の痕跡を消す為、服のサイズが違ったのは別人だった為です」


 俺と一緒に行動していた解理さんは全てを察したようだ。やはり馬鹿っぽく見えて、案外やる人だ。


「俺は思うのです。この事件が密室殺人であることが、ある意味最大の根拠ではないか、と」


 皆、黙して聞いている。


「密室殺人。ミステリーではよく聞く単語ですが、実際には真の密室殺人なんてほとんどあり得ない。今回のような刺殺なら尚の事です。見せかけの密室でなければ、人は室内で刺殺されない。現実的には、真の密室では刺殺の余地なんて無いからです」


 勿論、毒殺等一定の例外は考えられるが今回は刺殺だ。そこは除外させてもらう。


「つまりこの事件も見せかけの密室であるということです」


 ここで巡査が待ったを掛けてきた。ナイスアシストだ。


「しかし現場は鍵が掛かっていましたし、鍵に怪しい痕跡も皆無でした。見せかけとは言いきれないのではないでしょうか?」


 そこだよ。一番の根拠は。


「しかし実際に刺殺は起きている。ここで逆転の発想です。『どうやって完全な密室を作り出したか』ではなく『完全な密室を作り出せるのは誰か』を考えるのです」


「!? そういうことですか……」


「そうです。工藤さん本人ならば合鍵を作ることも容易いでしょう。刺殺後、凶器を持ち鍵を閉めて部屋を出ればいいだけです」


 次にこの死体についてだ。


「そしてこの死体です。彼は近くの河川敷で暮らしていたホームレスだったようです」


 先ず、俺が考えたのは急に消えても大事にならない人物だ。アパート周辺に限定すると、河川敷で暮らすホームレスが一番現実的と考えた。集団の規模が極めて大きい点も好都合だった筈だ。

 そこで、河川敷に行った俺は先ずは手当たり次第にホームレスの皆の記憶を読んだ。そして解理さんを入口付近に残して、ホームレスの方と世間話をしてきた。手土産の酒とツマミが効いたのか、色々教えてくれた。

 これは元々、情報を得る為ではなく、解理さんに情報収集しましたよってアピールをする為の行為のつもりだった。

 でも案外悪くない情報も得られた。生の感情だ。記憶を読むよりも、実際にコミュニケーションを取ることで見えてくるものもある。

 彼らは皆、ジンさんと呼ばれるホームレス仲間が突然居なくなったことを不思議がっていた。確かにホームレス仲間が急に消えることはよくあるが、ジンさんに限ってはそういった微妙な気配、前兆を感じなかったそうだ。ホームレスの皆さんも何かキナ臭い物を感じていたし、中には怯えている人も居た。

 そして人見知りの新入りの存在。然り気無く近き、記憶を読むと分かった。彼が工藤修さんだったのだ。

 話をしたホームレスの皆に口止め料として(解理さんの財布から)諭吉さんを渡し、河川敷を後にした。

 あとは証拠を集めて令状を取れば、晴れて逮捕となる。その為にも皆に納得してもらわないとな。


「俺の考え方として、先ず工藤さんの立場になってみました。工藤さんからすれば、拐いやすく、拐った後も大事になりにくい人間が必要だった。アパートから極端に離れていないと尚良し。そう考えると河川敷のホームレスは都合が良かったはずです」


 喋り過ぎて喉渇いてきた。解理さんなんか飲み物ないかな。

 

 俺が解理さんを見ると、察したのかペットボトルのお茶を出してきた。あざーす。

 お茶に口を付け、一息ついてから再開する。


「おそらく工藤さんは何か割りの良いバイトがあるとでも言って、報酬をちらつかせ、あるいは小出しにして自分と似た人相のホームレスの方を連れ出し、自らのアパートへ誘導した。その後、シャワーを浴びさせ衣服を貸し、そして殺害した。俺はこの推理を裏付ける為に、なるべく現場の死体と背格好が似ていない・・・・・ホームレスの方を中心にお話しをしてきました。ビンゴでしたよ」


 ビンゴ、つまりは証言が得られた。そう解釈した皆か高揚しているのが分かる。


「死亡推定時刻の2日前から、姿を消したジンさんというホームレスが居たそうです。そして入れ替わるように入ってきた新顔の存在。しかもその方はジンさんに背格好が似ているらしいですよ。俺はこの新入りが、ほとぼりが冷めるまで潜伏しようとしている工藤さんであると推測します」


 ここで問題があることに気が付く筈だ。

 ナイスアシストこと巡査さんがまた決めてくれた。


「しかし逮捕状が発布されるだけの証拠が無いです。緊急逮捕も状況的に難しい」


 勿論それも考えてある。


「分かっています。ここで凶器に着目します。大型の鋭利な刃物による刺殺で間違いありませんよね?」


 鑑識のおっちゃんに確認する。すぐに頷いてくれた。


「現実的に見て、一般人が入手できる刺殺に適した大型の鋭利な刃物は包丁がメジャーです。そして、この部屋に調理器具は鍋と電子レンジしかありません。まな板やフライパンすらありません。つまり工藤さんは一切料理をしない人物であったのです。ということは、計画を実行する為に包丁を購入する必要があった筈です。勿論ネット通販等の場合もありますが、店舗での購入も十分あり得る。書類的な記録を嫌ったならば、むしろ店舗での購入の方が確率が高いでしょう。近辺の店舗の防犯カメラを確認すれば、工藤さんの映像が得られる可能性があります。それに加え、河川敷から自宅周辺の監視カメラを洗えば、死体の男性と同行する工藤さんが映っている筈です。工藤さんは車を所持していなかった点から徒歩の可能性が高く、つまりカメラに映っている可能性も高いと言えるでしょう。これら2つの映像が揃えば強力な情況証拠になります。また、それらの映像と遺体の写真をホームレスの方に確認すれば、俺の推理を補強する証言が得られるでしょう。こんな感じで証拠を集め、逮捕まで持って行きましょう。以上です。これでどうでしょうか?」


 つ、疲れた。引きニートに長台詞を言わせるんじゃありません! 全く! けしからんなぁ!

 

 しかし俺の心情など知ったことかと、現場の皆から歓声が上がる。

 

 そういうのいいから早く動いてくれ。万が一逃げられたら面倒極まりない。疲れすぎてもう働きたくないぞ。

 

 そして解理さんもキラッキラッした目をしている。


「結城君!」


「なんだよ」


「探偵みたいっす! ぱねぇっす!」


「えぇ……」















 納得はできないけど、こうして事件は解決した。霊能をほとんど使わないと疲労感が半端じゃない。もうダメだ。死んでしまう。

 頼むから変な事件で呼ぶのはやめてくれ。

 なお、第一発見者の巡査さんからサインを要求された。勿論秒で断った。

 安息の地はないのか……。

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