鈴音の貼り紙

「おはようー」

 少し眠たそうな目をした鈴音が音楽室へと入ってくる。

 昨晩、夜九時頃まで学校の音楽室に居座り練習し続け、家に帰ったのが十時を回っていたため、ひどく寝不足なのだ。

 弦真は家に帰ったらものすごく親に絞られた。

「三時間くらい?寝た?かな?」

 鈴音は終始疑問形で言うと、ふぁぁと大きなあくびをした。

「鈴音さん夜はダメなタイプ?」

 弦真が尋ねると、鈴音は首を横に振った。

「別に徹夜自体は慣れてるんだけど、あれなんだよね。あの。あれだよ」

 鈴音は自分が支離滅裂なことを言っていると自覚したのか、頰を赤らめると口を噤んだ。

 すると、何故か得意げな顔をして弦真を指差した。

「そう。中途半端な時間に寝るのに慣れてないんだよね。寝ないなら寝ないでそっちの方が楽だしねー」

 顔洗ってくる、と言って鈴音は音楽室を出て行った。

 程なくして戻ってきた彼女は、やはり眠そうな目元はあまり変わってはいなかったものの、多少マシな顔つきには戻っていた。

「ごめん、やっぱ眠いから今日練習なしでもいい?」

 鈴音が言うと、弦真は苦笑しながら頷いた。

「別にいいけど、放課後までにはなんとかしといてよ?」

 弦真がそう言うと、鈴音は親指を立てた。

「じゃ、おさきに」

 そう言って鈴音はとてとてと音楽室を出て行った。

 俺もトイレ行って家帰って寝るか、と思い弦真は鞄の支度を始めた。

 

 

 

 ――その後。

 弦真が音楽室へいくと、ピアノの上に張り紙が貼ってあった。

『今日は具合悪いので、帰ります。一人だけど、練習がんばってね~ 鈴音』

 端的にそう書かれた張り紙を一瞥した弦真は、朝の鈴音の様子を思い出した。

「いつの間に…」

 弦真は一人呟いて苦笑すると、一人じゃ音楽室で練習してても意味ないから、と音楽室を出ようとしたとき、張り紙の下に何かがあることに気がついた。

「DVD?」

 張り紙の下にあったのは、ケースに包まれた一枚のDVDだった。

 ケースを開けると、またも張り紙が貼ってあった。

『私がいないなら、家に帰って練習でもしようかとおもっている弦真君は、これを見ておくこと! 鈴音』

 弦真はその張り紙を見て、ほくそ笑んだ。

「エスパーかよ…」

 

 家に帰った弦真は、すぐさまリビングのテレビに向かった。

 鈴音から渡されたDVDは、あるピアノコンサートの映像だった。

 DVDに書き込まれているタイトルは、『華姫』桜庭遥華・ソロコンサートと書かれていた。

「『華姫』?」

 弦真は、華姫と言うのがなんのことなのかわからなかったが、そんなの御構い無しとばかりに、

 映像が再生された。

 映像が流れ始めると、一人の真紅のドレスに身を包んだ少女、遙華が出てきて、ピアノを弾き始めた。

 弦真は終始黙ってその映像を見ていた。

 映像が終わると、弦真は一言こう漏らした。

「すごいな…」

 DVDの内容は、まさにすごいとしか形容できないような演奏の映像だった。

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