~4日目~ 一段落、そして

朝になると、桜夜さやさんが洞窟の前に現れた。


「時間通り……だね。おはよう。」

「おはようございます、竜也たつやさん。」

「眠くて仕方ないよ……魔力使うのって疲れるんだね。」

「えぇ、そういうものですから。」


桜夜さんは、僕の様子をじっと見た後、少し感心したような顔をした。


「魔力のコントロール、少しは慣れたみたいですね。」

「昨日よりかは、ね。まだよく分かんないや。うまく説明できないし。」

「このまま数日練習すれば、大丈夫ですよ。」

「あ、そうだ。昨日言ってた、『人間への戻り方』を教えてよ。」

「そうですね。今日はその戻り方と、魔法を幾つか。

 後で魔法の説明が載っている書籍も何冊か渡すので、読んでみてください。」


僕の顔に触れながら、桜夜さんが呟く。


「本当は、竜也さんが何も知らないままで済めば、良かったんですけどね。」

「え、何か言った?」

「……いえ、なにも。まずは戻り方から試しましょうか。

 魔力のコントロールというか、『流れ』みたいなのが分かりますか?」

「それは何とか。」

「ブレスの時とは違い、その流れを体の中心に集めるイメージをしてください。

 それと、これを持ってください。」


渡されたのは、人間の姿の時に持っていたペンダント。

ドラゴンの姿になってから見当たらなかったのに気づかなかった。


「そのペンダントを持って、人間だったときの姿を思い浮かべてください。」


言われるまま、イメージしてみる。すると、段々と身体が小さくなっていくような気がする。

しばらくしてから目を開けると、人間の姿に戻っていた。……裸だけど。


「うわぁ、やっぱり!着てた服はどうなるんだろうと思ってたよ!」


慌てて背を向けて座り込む僕に、ローブを掛けてくれた桜夜さん。


「人間の服だとそうなるんですよね。」

「先に言ってよ!」


ついてた紐で、きっちりローブの前の部分を結んでから、溜息を吐いた。


「変身する時は場所を考えないとなのね、恥ずかしいし……。」

「そのうち慣れますよ。」

「絶対に慣れたくない。」

「これで戻り方は覚えられましたね。逆に、ドラゴンになるのは簡単です。

 体の中心を意識して、今度はドラゴンの姿をイメージしてください。

 変身するのに慣れたら、どちらの姿にも簡単に変身できるようになるはずです。」

「ありがとう、変身の仕方は、何となく分かった。問題は……。」


毎回毎回、全部脱いでからドラゴンに変身するとか、面倒くさいし恥ずかしすぎる。


「あぁ、変身出来る種族向けの服も、ちゃんとありますよ。

 ただ魔力の掛かった糸が必要な上にエルフしか編めないので、

 どうしても高額です。そのうち買えるといいですね。」

「なんで、エルフしか編めないの?」

「魔力のコントロールに長けてないと、糸が編めないんですよ。

 ドラゴンで編める方は見かけたことがないです。」

「へぇ……。」


では、と桜夜さんが僕を見つめる。


「あとは、魔法の使い方ですね。まずは竜巣トライブえんのあるブレイズから

 練習してみましょうか。」

「はい。何すればいいの?」

「ブレスの使い方は覚えましたよね。人間の時は火袋ひぶくろが存在しないので、

 魔力で扱うブレス、『pusterプステ』しか使うことが出来ません。

 ただ、こちらもドラゴンの威力をそのままは扱えないので弱まりますし、

 人間がブレスを使う姿は流石に異様なので、おすすめしません。」

「使えはするんだ。」

「はい。必要に迫られない限りは使わない方がいいかと。

 なので、人間が扱える魔法の使い方を教えておきます。

 まずは『rund brannルン・ブラン』、小さな火球を飛ばす魔法です。

 唱えたらすぐに、指差しした先に真っ直ぐに飛んでいきます。

 竜也さんはドラゴンなので、呪文を念じるだけでも発動できますが、

 人間の姿の時は唱えた方が良いでしょうね。」

「人間は、唱えないとダメってこと?」

「以前、人間が魔法を扱う場合は杖や冠などの補助具が必要という話をしましたよね。

 人間はドラゴンと違い、魔力と霊的な干渉力が不足しています。

 なので、霊的に助力を頼むためにも、補助具や詠唱が必要なんです。

 補助具は魔力の増幅とコントロール、目標への導線を作るためで、

 詠唱は、宣言をすることで共鳴場を発生させて、霊的に干渉するためになります。」

「大変なんだねぇ。」


他人事のように呟いてから、ルン・ブランを試してみる。

指差した先に飛んでいき、ぶつかると爆発する。威力は魔力の込め方で変わるようだ。


「魔法を扱える人間自体も、先程の話もあって少ないです。貴重がられるので、

 見せびらかさないほうが良いと思いますよ。」

「僕、剣術も何も習ってないから、今は魔法くらいしか使えないよ?」

「必要な時に使えばいいだけですよ。後は、治癒も教えておきますね。

 呪文は、『helbredeヘイブレーザ』です。簡単な治療はこれで済みます。

 この呪文は、癒す場所を意識して唱えてください。治癒速度を早めるものなので、

 治癒が難しいものに関しては効果が薄いです。

 あとは、書籍を渡しておきますので、そちらで覚えてください。」


そう言って、どっさりと本を渡された。あとで洞窟に本棚を用意してくれるらしい。


「本棚とか用意出来るなら、お風呂やベッドとかも用意出来たり?」

「出来ますよ。」

「先にやってほしかった……。」

「全部一度に教えたら覚えきれないでしょうし、ドラゴンの姿にも慣れないといけないので。」


桜夜さん、ちょっと意地悪してるんだろうか。


「もしかして、からかってる?」

「そんなことは、たぶん、ないです。」


やり取りしてる間に、人間の時に使えそうなしっかりとした個室が出来た。

ベッド、風呂、電気、パソコン、テレビ、エアコン、完備。本棚もあった。


「やっとちゃんと休める……。」

「あ、竜也さん。一通り教える必要があることは伝えたので、ココからは一人で頑張ってみてください。」

「えぇ、そうなの!?」

「卒業式の前日に迎えに来ます。それと、その時に現状のチェックもします。」

「現状のチェック?」

「試練をクリアできそうなのかどうか、ですね。」


時間もない、経験も足りない、卒業式まであと数日しかない。

焦る要素しか無いがどうにかするしかない。


「頑張ってみる……みます。」

「楽しみにしてます。あぁ、言い忘れてました。家具や機材も用意したので、

 人間の時にしてたことは大概出来ると思いますが。

 此方人間の世界で、ドラゴンの姿を晒さないほうが良いですよ。」

「確かに、今まで見かけたことはなかったけど……。」

「お互いの世界への理解が今はまだ乏しいので、情報規制が強いんです。

 ドラゴンが本当に存在しているのも、世界のことも極秘です。

 存在を一部認知はしているが、不干渉。表向きは、干渉したくてもしない。

 今ならVRバーチャルリアリティや着ぐるみと勘違いされることもあるでしょう。

 大混乱が起きるような事態が発生したら、不干渉では無くなります。」

「気をつけます……。」


桜夜さんが帰ってから、SNSに投稿をするのは止めておこうと思った。

生存報告くらいはいいよね。今まで毎日のように投稿してた僕が、

何日も投稿がないのは変だろうし。


「では、また。卒業式前日の昼にでも。」

「はい。桜夜さん、またその日に。」


ココからは、僕のやれることを、やれるだけ。

試練のためにどこまで出来るだろう。試練をクリアしたら?失敗したら?

報われるかは分からない。でも、出来ることをやってみるしかないか。

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