第9話 金髪の不良少女
金髪に紫色のパーカー、あからさまな校則違反の二つ重ね。
知らないとは言えないし、よく知っているとも言えない程度には知っている。
なんせ、彼女とは二年連続同じクラスだ。
言葉を交わしたことは多分、一度もない。
俺みたいな半生な非優等生とは違って、しっかりと火の通った不良だ。
授業中に失踪するし、誰かと話しているのを見たこともない。
悪い奴らとつるんでいる、という噂はあまり聞かなくて、どちらかというと一匹狼、という感じだ。
茨城が泡井のことを知っているのは、あの目立つ風貌からさほど意外ではないけれど。
泡井を推薦した意図が全くもってわからない。
別に、茨城に意図なんてないのかもしれないけど。
意味のない意地悪かも。
うん……最近、茨城に構ってやれなかったからな……。
ついこの前まで小学生だった茨城は子供っぽいのだ。
年長の懐の広さを見せねばならない。
茨城は勉強がめちゃくちゃできるから、不真面目な先輩(俺だ)はテスト前は何故か後輩に泣きつく羽目になるんだけど。
「情けねー」
「乙浦が情けないのはみんな知ってるよ」
教室でのひとりごとに、榎本が失礼な相槌を打つ。
ちなみに今は授業終了後の、掃除の時間だった。
俺は箒を榎本に突きつける。
「いや、榎本が勉強できればそんなことにはならなかったんだからな!」
「おっと。僕が乙浦より成績が悪いのは事実だけど唐突にそんなこと言われる意味がわからないんですけど」
「ひとりごとに反応するのが悪い」
榎本は洋画みたいにやれやれと肩を竦めた。うざい。
「で、さっきから同じところばかり掃いているわけだけど。何ぼさっと見てるのさ」
「いや……泡井って、掃除するんだなって」
俺の中で時の人、泡井つるぎはちまちまと机を移動させていた。
「ああ、そういや乙浦、教室掃除は久々だっけ」
担任がずぼらなので当番の配置が全然変わらないのだ。
でも、それがどうしたというんだろう?
「泡井ね、教室に配置したらちゃんと掃除するんだよ。それが発覚したから当番は教室で固定なの」
「ふーん」
机を一旦後ろへと全部移動し終え、泡井は手持ち無沙汰な様子で窓のもとにもたれかかっている。
ぼさぼさの金髪の下は気怠げな表情。
前髪は目元にかかるほど長い。
化粧はしていないようだ。
くたびれたパーカーの紫と半端に短いスカートの黒。
コントラストが目に痛く、伸びた長い手足は随分と頼りない。
「そういや泡井って別に可愛くはないけど雰囲気が美人だよね」
「言い方……。まあ、なんか分かるよ」
おそらく普通の「綺麗」や「可愛い」とかは黙っている間宵。
ありえない仮定だけど、まともに愛嬌を手に入れた茨城とかに当てはまる言葉なんだろうけど。
泡井には荒削りの、アンバランスな、不思議な魅力がある気がする。
なんというか、だ。
「大人っぽいっていうか」
「宇宙人っぽいっていうか」
榎本が変なことを言った。
同じ教室だぞ。
目と鼻の先とまでは行かずともギリギリ聞こえてもおかしくないぞ。おい。
「……お前、結構恐れ知らずだよな」
「いやぁそれほどでも?」
「しかし宇宙人って……そんな変なやつじゃないだろ」
間宵じゃああるまいし。
間宵、魔女よりちょっと宇宙人っぽいところあるよな。
「んー……まあ、気になるならよく泡井のことを見てみなよ。僕がどういう意味で言ったのかは、その内わかるだろうからさ」
訳知り顔で頷く榎本。
「お前、泡井のなんなの?」
「別になんでもないよ。ただ、『人間観察ってほんとに趣味として成り立つのかな』と思っただけで。好奇心の犠牲になったよね。ほら、目立つから観察しやすいし」
「うわ、変なやつだ」
「なんだとぅ。君だって普通に変わり者じゃん」
いや何言ってんだ。普通に普通だけど。
「乙浦は、回りくどくて面倒くさくてでもって斜め後ろに突っ走る」
「いやいやいや……別にそんなことないだろ」
心当たりはあるけれど。否定しないわけないだろ。
なんか俺の周り、俺のこと好き勝手言うやつばかりじゃないか?
俺、そんなに好き勝手言われなきゃいけないようなやつか?
「まーまー。悪事の手助けならばこの悪い眼鏡とヒボーチューショーを受けているこの僕に任せたまえよ」
クイ、と丸眼鏡を上げてみせる。
「……お前も中二病にかかってる?」
「失敬な」
「てかおまえバカだから悪だくみは無理じゃん」
「重ねて失敬な」
さて、くだらないこと話してないで掃き掃除に戻ろう。今日は早く帰りたい気分だ。
そもそも。
俺は実のところクラス全員の名前をフルで言えないくらいにはクラスのことを把握してない。
よく失踪する泡井なんて尚更だ。
ただ、わかりやすい問題児なおかげで、半端に不真面目な俺が担任にそれほど目をつけられずに済んでいるので、影ながら感謝していたりする。
俺が泡井について知っているのはそのくらいなのだ。
考えながらも今度こそは掃除の手を動かす。
残りは榎本と他のやつらで十分そうだし、俺も机を運ぶか……。
箒を仕舞って手近な机を引く。
しかしその机は予想外に軽く、勢いあまって机の中身が飛び出してた。
──あ、やってしまった。
机の中から落っこちたのはごく普通のノートだった。
少し、いや大分小汚いから男子のだろう。
名前も教科も書いてないし。
べしゃりと広がってしまっているそれを拾い上げる。
開いて落ちたノートだから、中のページが目に入ったのは不可抗力だ
「……なんだこれ」
俺は『描かれていたもの』に、驚く。
すると、突然。
横からノートが奪い取られた。
驚いて顔を上げる。
「あ、泡井?」
「……かえせ」
先程までさんざ話の種にしていた彼女が、俺から奪いとったノートを乱雑に閉じた。
彼女との距離はそばかすが見えるほどに近く、とんがった目線が突き刺さる。
そうだここは泡井の席だった。
舌打ちひとつすらもなく、ノートを持ったまま彼女は教室を出ていった。
俺はそれを、唖然として見送るのだった。
……見てしまったノートの中身のことを、考えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます