ヒロインに騙されて婚約者を手放しました<番外編:リアムの場合>
結城芙由奈
第1話 僕の初恋
僕が初めてクリスティーナに出会ったのは大好きな母のお葬式の時だった。
当時、僕たちはまだ8歳だった。
いつまでも母のお墓の前から泣き崩れて離れない僕を大人たちは持て余し、気が済むまでそっとしておいてくれた。そんな時、僕は初めてクリスティーナと出会った―。
「お母様・・・お母様・・どうして僕を残して死んでしまったの・・・。」
僕はお墓の前でうずくまって泣いていた。悲しくて悲しくて涙が止まらなった。僕もお母様の傍に逝きたい・・・。そう思っていた時・・。
「大丈夫?」
背後から女の子の声が聞こえてきた。驚いて振り向くとそこには青みがかかったサラサラとした長い黒髪に茶色の瞳のとても可愛らしい女の子が立っていた。黒いフリルのついたワンピースは可愛らしい彼女によく似合っていた。
「僕の・・・お母様が死んじゃった・・・。僕を残して・・。」
すると女の子は僕の傍にしゃがむと、頭をそっと撫でてきた。
「悲しいの?いいよ、好きなだけ泣いて。貴方が無きやむまで私がずっとそばにいてあげるから。」
女の子は優しい声で僕に言う。
「あ・・ありがっ・・・。」
後は声にならなかった。僕は母の墓に縋りつき、いつまでもいつまでも泣き続けた。そしてそんな僕の頭を彼女はずっと撫で続けてくれた・・・。
やがて僕が無きやむと、女の子はポケットから小さな包み紙をいくつか取り出して、3個僕の手に握らせてくれた。それぞれ包み紙の色は違っていて赤、青、黄の包み紙だ。
「これは何?」
涙をゴシゴシと袖でこすりながら女の子に尋ねると、彼女は言った。
「これはね、元気の出るとっても不思議なお菓子なの。1個食べれば涙が止まり、2個食べれば悲しみが消えて、3個食べれば笑顔になれる、とっても素敵な魔法のお菓子なのよ。」
女の子はニコニコしながら言ったけど・・・こんな話は嘘に決まっている。だってそんな魔法のようなお菓子があるなら、この世で泣いて悲しむ人達がいるはずないもの。すると僕のその考えに気付いたのか、女の子が言った。
「あ?もしかして嘘だと思ってる?そんなこと絶対無いって?でもね、本当に本当なんだから。嘘だと思うなら食べて見て?」
「う、うん・・・。」
女の子があまりにも真剣な目で僕を見て来るから、試しに包み紙を開けて見ると、中からはコロンとした丸い小さなチョコが出てきた。
「エ・・?チョコレート・・・?」
こんな物が本当に魔法のお菓子なのだろうか?僕は女の子をチラリとみると、大きな目をますます見開いて、僕が食べようとしているのを待ちわびている様だった。
「た、食べるよ。だからそんなに見つめないで・・。」
何故だろう?この女の子に見つめられていると、なんだか胸がドキドキして顔が赤くなってくる。すると女の子は言った。
「あ、ごめんね。じゃあ、私あっちの方向見てるから早く食べて見て。」
女の子は右手に見える山を指さしながら言った。何もそこまで視線をそらさなくてもいいんだけどな・・・。
そんな事を思いながら僕は試しに1個食べてみた。とっても甘い味が口の中に広がっていく。何だか少しだけ悲しみが消えた気がする。
「食べたよ。」
僕は女の子に言った。
「どうだった?美味しかった?」
女の子は目をキラキラさせながら僕に尋ねて来る。
「うん、とってもおいしかったよ。何だか幸せな気持ちになれるね?」
「ねえ?そうでしょう。ああ・・でも良かった。やっと少し笑ってくれて。」
「え?」
すると女の子は僕の頬に両手で触れると言った。
「あまり泣いてばかりだと、死んでしまった人が悲しんで天国に行けなくなるってお父様が言ってたのよ。あのね・・・私も6歳の時にお母様が死んじゃったの。だから貴方の辛い気持ち、良く分かるわ。」
「え・・・?君も・・お母様が死んじゃったの・・?」
僕は信じられない気持ちで女の子を見つめた。僕よりも早くにお母様を亡くしているのに、こんなに明るい彼女がうらまやしくなってしまった。
「僕も・・・君みたいに・・元気になれるかな?」
俯きながら言うと、女の子は僕の手をしっかり握りしめると言った。
「もちろんよっ!」
キラキラした目で僕を見つめる彼女は・・・・本当に可愛かった。
「おーい!クリスッ!そろそろ帰ろう。もうすぐ夕方になるから!」
その時大きな木の下で突然男の人がこっちに向って呼んでいる声が聞こえてきた。
「あ、いけないっ!今日はこれからピアノのレッスンがはいっていたんだわっ!」
すると女の子はポケットからビニール袋に入った包み紙を僕に押し付けてきた。
「これ、貴方に全部あげるっ!これを食べ食べてどうか元気になってね?」
女の子はにっこり微笑むと手を振って男の人の所へ駆けだして行った。
そして僕はそんな彼女の後ろ姿を呆然と見送っていた。
これが僕とクリスティーナの出会い。僕の初恋だった—。
その日の夜、2人きりのディナーの席で僕は父に尋ねた。
「ねえ、お父様。今日のお母様のお葬式で・・・僕と同じ年位の女の子が来ていなかった?」
魚料理を食べていた父はナイフとフォークを持つ手を休めると僕に言った。
「ああ、あの少女はね、クリスティーナって言うんだよ。リアム、お前と同じ8歳でね・・・父さんと大の親友のお嬢さんなんだよ。」
「そう・・なんだ・・・・クリスティーナ・・・クリス・・。とっても素敵な女の子だったな・・・。」
僕はクリスティーナの顔を思い浮かべ、思わず笑みが浮かんでしまった。
「何だ?リアム。もしかしてあの子が気に入ったのか?まあ、あの子は明るくて、気立ても良い少女だからな。大人しいお前とは真逆の性格だよ。ひょっとして・・お友達になりたいのか?」
僕は父の言葉に思わず顔が真っ赤になってしまった。
「お・・・・?何だ?その反応は・・?さては・・リアム・・クリスティーナの事が好きになっちゃったのか?」
僕は顔を真っ赤にしながらもコクリと小さく頷いた。
「僕・・・将来・・クリスティーナをお嫁さんに・・・したいです・・・。」
僕は顔が真っ赤になるのを感じた。
「・・・。」
父は僕のそんな様子を見て、口をポカンと開けていたが、やがて豪快に笑った。
「アハハハハ・・・ッ!そうか、そうか。いや〜実は父さんもクリスティーナのお父さんもな・・・お前とクリスティーナが結婚してくれたら嬉しいなってずっと思っていたんだ。よし!それじゃちょーっとばかり早いけど、クリスティーナのお父さんにお前と婚約して貰えないか頼んでみるよっ!」
「ええっ?!で、でもそ・そ・そんないきなり・・っ!だ、だいたいクリスティーナに嫌がられたら・・・。」
すると父は真顔で言った。
「リアム、あの子は可愛いし明るくて気立てもいい少女だから同年代の男の子たちにとっても人気があるんだよ?クリスティーナを他の少年の手に渡してもいいのか?」
「え・・・?」
クリスティーナが他の男の子と・・・?
僕はクリスティーナが他の少年と手を繋いで歩いている場面を思い浮かべるだけで胸が苦しくなってきた。
「それは・・・すごく・・嫌・・・かも・・・。」
思わず項垂れると、父は僕の背中をポンポンと叩くと言った。
「何、大丈夫だ。安心しろ。父さんが必ずクリスティーナとお前の婚約を結び付けてやるから?な?」
「はい・・・。」
「よし、なら安心して食事をしろ。大丈夫だ、お前は気立てがとても優しい子だからきっとクリスティーナはお前を受け入れてくれるさ?」
そして3日後―
父は僕との約束を果たしてくれた。僕は晴れてクリスティーナと婚約する事が出来た。そして僕は母のお墓へ母が大好きだった薔薇の花束を持って報告に言った。
「お母様、僕・・・好きな女の子が出来て婚約する事が出来ました。もしかしてお母様のお陰ですか?僕を彼女に引き合わせてくれたのは・・。」
ばらの花束を母のお墓に備えると、僕は立ち上がり、将来必ずクリスティーナを幸せにすると心に誓った。
そして・・・クリスと婚約して8年の歳月が流れた—。
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