第25話 忘れられた場所①

 エトが目を開けると、そこはほとんど真っ暗だった。

 先ほどの強い光を見た反動もあるのだろう。何度か瞬きをして、目を慣らそうと試みる。


「キューイ……」


 胸にしがみついたシロが、不安げな声を上げた。

 どうやらあの時のまま、くっついていたようだ。


 もう光ってはいないし、いつも通りのシロのようなので、少し安心する。

 きっと突然暗くなって、この子も不安なのだろう。


「シロちゃん――」


 励まそうと声をかけようとした瞬間、何かに後ろから、肩を掴まれた。


「ひ、ひゃぁっ?!」

「キュィイ?!」


 悲鳴が部屋に反響する。

 しかしその後に続いたのは、聞き慣れた声だった。


「ばっ……急に大声出すんじゃないわよ! 私よ私……!」

「あっ、リーシャちゃん……! びっくりしたぁ……」

「それはこっちのセリフよ。突然明るくなったと思ったら、今度は真っ暗になっちゃうんだから……。怪我とかしてないわよね?」

「うん、大丈夫だよ。でも、何が起こったのかな……?」

「……とりあえず、明かりが必要ね。『ファイアトーチ』!」


 リーシャが杖を振ると、杖の上に小さな火の玉が現れた。

 二人の顔が、赤く照らし出される。


「わあ、リーシャちゃん、そんなこともできたんだ。」

「初級の魔法よ。まぁ、そんな燃費は良くないんだけど……私なら、結構もつわ。」


 リーシャが火の玉をかざすと、部屋の中がぼんやりと見えてきた。


 そこそこ大きめの部屋の中央に、大きな丸い台のようなものが置かれており、自分たちはその上に乗っているようだった。

 少し離れた場所に大きな扉があり、その両脇には大きな像が立っている。扉は半分開いているのだが、その先は真っ暗で、ここからでは見ることができない。


 壁や床の感じからして、遺跡の中であることは間違いなさそうだが……。


「……これ、絶対さっきまでの場所じゃないよね……?」

「そうね……何かの魔法で、移動したんだと思うんだけど……」

「そ、そんな魔法、あるの?」

「わ、私だって聞いたことないわよ。でも現にこうなってるんだから、それ以外説明できないでしょ……?」


 予想外の状況に、リーシャもかなり動揺しているようだった。

 周囲は見えるようになったはものの、正直、分からないことだらけだ。


 それに――。


「……ロルフさんは……いないね……。」

「そうね……ちょっと、離れてたからね、たぶん。まったく、肝心な時に……」


 不満を漏らしてはいるが、リーシャもまずロルフの姿を探していたのは、明白だった。


 こんな状況でも、博識なロルフなら、何かの推察ができたと思う。

 そうでなくても、打開策や、行動の指針を見つけ出してくれたに違いない。


 そんな彼が――今は、いないのだ。

 そのことは、とても心許なく思えた。



「……キュイ!」


 気づくと、シロは目の前まで首を伸ばしていた。

 その鳴き声は、まるで自分のことを励ましているようだった。


「シロちゃん……。」


 そうだ。私は、一人じゃない。

 今はリーシャちゃんも、シロちゃんもいる。


 それに、私だって強くなったんだ。

 いつまでも、ロルフさんに甘えてばかりじゃいられないよね。


 エトは双剣を握る手を強く締め、大きく息を吐いた。


「よーし、とりあえず、地上に出ようよ! そしたら、場所も分かるかもしれないし。」

「……そうね。ここでじっとしてるわけにも行かないし、ね。」

「キューィ!」


 リーシャの顔も、少し明るくなったように見える。

 そう、暗い場所で暗くなっていたって、しょうがないのだ。


 二人は乗っていた丸い台を降り、目の前にある扉に向かって歩き出した。

 この部屋にはその一つしか扉がないので、まずはこの部屋を出て、外がどうなってるのかを調べる必要がある。

 幸いにも扉は半分開いているので、部屋を出るのは簡単そうだ。前に来た人がこじ開けていったのかもしれない。


「……ん?」

「どうかした? エト。」

「あ、ううん、足に何か……」

「足?」


 それは、扉の直前まで来たときだった。

 足に大きめの石か何かが当たったのだが、なんとなく不思議な感じがしたので、つい足を止めてしまったのだ。


 リーシャが足元に火の玉を向けると、それが何かはすぐに分かった。


「え……! これ、魔石……?」

「嘘、こんな大きいの、見たこと無いわよ……。」


 剣を置き、両手で拾い上げると、それは紛れもなく魔石だった。

 この前のブラッドグリズリーのものと比べても、三倍はあるだろうか。明らかに異常な大きさだった。


「エト……これ……!」


 さらにリーシャが床を照らす。

 そこには、同じような魔石が、ごろごろと大量に転がっていた。



『ヒカリゴケは、探索が終わった目印として、冒険者が置いていくんだ。』


 ロルフの言葉が、脳裏に蘇る。

 そう、この遺跡は、


「リーシャちゃん……まさか、ここって、未探索の――」


 不安と期待に、胸が高鳴る。

 だが、その感情は、長くは続かなかった。


「?! エト、後ろ!!」

「……え?」


 振り向くと同時に、自分の体が何かに弾き飛ばされる感覚。

 次の瞬間には、エトの体は宙に浮いていた。


「か……はっ。」


 そのまま、中央の台座の上に叩きつけられる。

 体中に激痛が走る。リーシャが何かを叫んでいるようだが、うまく聞き取れない。


 霞んだ視界の先に、扉の横にあった鉄の像が、腕を振るう姿が映った。

 どうして、あんなものが。どうやって。

 まるで考えが追いつかない。


 巨像はその体躯に見合わない速度で動き、こちらに向かって跳躍した。


「――――!!」


 リーシャの叫び声が聞こえる。

 まるで、時間がゆっくりになったように、全ての動きが遅く見える。


 でも、体は動かない。

 意識も朦朧としている。



 目の前に、小さな竜が飛び出した。

 それは大きく翼を広げ、まるで何かを護るかのように、立ちはだかった。


 次の瞬間。

 轟音とともに、巨像を貫く、黒い巨大な稲妻。

 大きく揺れる、視界。


 その端で、小さな竜の体が、ゆっくりと落下していく。


 何が起こったのか理解ができないまま、エトの意識は、鈍く沈んでいった。

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