第165話 浅草寺のお化け屋敷にたぶらかされる(笑)




 7月17日(陽暦8月20日)巳の刻。

 連日の探索でさすがに疲れが出た涼馬夫妻は、寝過ぎたためにかえって重い肢体を持て余しながら、早くも日が高い表へと出て行った。


 本日の取材先は、猿耶からひそかに紹介された元大奥の御祐筆ごゆうひつ端渓たんけいである。

 路傍の読売売りに転じている端渓は、下谷の長屋に住んでいる。下谷は浅草の北側に当たるので、大川添いに上る道順は、坂城を訪問したときと、ほぼ同様だった。


 道々、夫妻は例によって、銘々が知り得た情報を交換し合った。


「御祐筆は大奥で起きた出来事を日記に認めたり、城外への書状を司ったり、ご進物の点検をされたりするお役目だったわね。あたしらの探索も、いよいよ核心に迫って来た感じだね、おまえさん」清麿がきり出すと、涼馬も即座に応じる。「日記と申しても、どこまで真実を記したらよいものやら……まことに危ういお立場だのう」


「絵島さまのご一件も、後任の御祐筆の筆によって、事件の一部始終について、如何なる記述が成されたものやら。あれこれ想像すると、興味が尽きないよねえ」

「どうせ居残った者に都合のいい記述しか成されなかったろうが、後世の人たちは如何様に判断されるものか、できれば百年後、二百年後の世界を覗いてみたいものさ」

 息の合った夫婦の会話から、男女が入れ替わった違和感は完全に払拭されていた。


 本所吾妻橋の先に、浅草寺の雷門が見えて来た。

 先日は橋を渡る寸前に賊に取り囲まれ、思わぬ乱闘を繰り広げたが、本日は怪しい影は見当たらぬ。夫妻はのんびりと太鼓橋を渡り、浅草寺の境内に足を踏み入れた。


 祭りでもないのに、お面売りや金魚掬い、蕎麦屋、寿司屋、冷や水、いかがわしげな見世物小屋など、各種の露店が玩具のごとき軒を連ねていること、先述のとおり。


 なかでも涼馬夫妻が目を惹かれたのは、子どもじみたお化け屋敷だった。

 故郷への土産話にと入ってみたまではよかったが、壁に張り付く「蜘蛛男」、柳の木から蛇の如き首を伸ばす「轆轤首ろくろっくび」、目も鼻も口も耳もない蒟蒻こんにゃくの如き「つるりん面相」などに思うさまいたぶられ、文字どおり這う這うの体で逃げ出した。

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