第4話 幼馴染みの清太郎が浮世絵師・清麿に


  

 いつの間にか半纏はんてんがはだけ、剥き出しになっていた肩にかすかな人肌を感じた。

 ふり仰ぐと、はっとするほど美形の優男やさおとこだった。

 なんとも派手な浮世絵柄の、一見して素人らしからぬ綿入れ半纏を羽織っている。


「小梢殿、お久しぶりでござる。こたびの徹之助殿のこと、哀哭あいこくの至りにござる」


 ――はて、どなたであろう?


 思い当たる節がない小梢が戸惑っていると、夜陰に咲く婀娜花あだばなのように不可思議な魅力のある優男は、小刀で削いだような切れ長の目を、すうっと斜めに流した。


「お忘れなのも無理はない。それがしが江戸に修業に出たのは、ひと昔も前のことゆえ」


 舞台の女形役者のような節回しをしてみせる形のいい唇が遠い記憶とつながった。


「あっ、あなたは、神川清太郎さま!」


 小梢が思わず声を上ずらせたのは、闇夜に灯を得た思いからだった。

 しかし、あにはからんや、優男の態度は、にわかにれなくなった。


 牡丹を思わせる官能的な唇に、ぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべた優男は、

「おうっと、そいつはとんとむかしの名前だあな。今日ただいまは、浮世絵の清麿きよまろなんぞと、どこぞの場末の色街に出没する女衒ぜげんみてえな下世話な雅号を授けられた、しがねえ宮仕えの一介の絵師にござんすよ」

 蓮っ葉な言辞を吐き捨て、憎らしいほど通った鼻梁を、ぷいと横に背けた。


「あ、はい……」

 気を呑まれた小梢は、それ以上の返事ができない。


 どこからどう見ても、押しても押されもせぬ立派な色事師の清麿にとって、世慣れない小梢など、春の庭先に落ちた燕の雛鳥のように、純で、ひ弱な小娘だったろう。


初心うぶな娘さんの前で何だがよう。夕刻からの雪降りと来た今宵はまた、いちだんと冷えこむじゃあねえか、かような晩は肉布団に限るとばかりに、その……連れとな、いい具合にぬくとまっているときによう、竹馬の友の急を知ったってえ寸法さ。てめえ勝手に押しかけて来たんだ、礼なんざあ、無用だよ。そいじゃあ、おいらは行くぜ」


 言い捨てた清麿は、粋な仕草で徹之助の遺骸を拝むと、素気なく立ち去る。

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