(2)招き猫が店頭にある居酒屋

平日、仕事の昼休みに寄るコーヒーショップの、いつも座る窓際から見える向かいの居酒屋に、3匹の招き猫が置いてある。サイズは手のひら大で、白、黒、金色。3匹は玄関横の薄暗いショーケースの中にほこりをかぶって行儀よく座っている。いつもの場所でいつも視界の片隅にいる。


その居酒屋には仕事終わりに何度か入ったことがある。いかにもな大衆居酒屋で、のれんをくぐると木造の店内はややレトロな雰囲気だった。店の構えから「安い、うまい」を期待したとおり、その地域では比較的安価にうまいものが食べられた。


昼に寄るコーヒーショップのほうはというと、せまくるしい居酒屋とは反対に広々とした空間を提供していた。席の間隔は広くとってあり、天井はぶち抜きで高い。壁と天井はむき出しのコンクリートで固められていて、木のテーブルと椅子がコントラストになっている。Wi-Fi も完備しているためラップトップを持ち込んで作業している客が常時数人いる。


コーヒーショップと居酒屋のあいだにある道路は歩行者専用の狭い道である。商店街のはずれにあるそこは、商店街の中心ほどではないが近所に薬局やスーパーもあってか歩行者が多い。近所のおじいさんおばあさん、子連れのママたち、トリミングの決まっている犬を連れた女性などの散歩と買い物コースになっているようだ。


招き猫は目立たない。通り過ぎる人も目をとめない。ときおり子供が止まって招き猫を見るが、すぐに親に手を引かれてしまう。招き猫がいつからそこにあるのかも、居酒屋に本当に運勢を運んできてくれているのかも知らない。たぶん居酒屋の店主にも忘れられているだろう。


私はコーヒーを飲みながら数秒間招き猫を眺めて、手元のスマホに視界を戻し、ニュースサイトのチェックを再開した。招き猫を眺めた事実もすぐに忘れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る