探検の書
ぶちゃ丸
第1章 転生直後は罠だらけ
第1話 回想と言うか現実逃避
「あっ……そう言えば俺は……俺……かぁ……」
5歳の夏、俺は唐突に前世の記憶と言うものを思い出した。
俺の名前は、佐藤翔太。日本人男性で52歳の秋に、生涯を終えた。自分が何で死んだかは、若いときに糖尿病2型と診断を受けて数十年が経ち、合併症を発症してその生涯に幕を下ろした。
俺には、両親と2人の兄達がいたが、不仲だったために音信不通となった。現在、彼らが何を行い、どういう暮らしをしているかは知らない。
また、俺自身が未婚であったことや養子もいなかったために、今日、通院先の病院に行く前の自宅のアパートで倒れて、そのまま孤独死した。
俺の趣味は、週に2回の散歩と格闘技エクササイズ、アニメやゲーム、ライトノベルを読む事、食べる事、ナンパをする事だった。最近は、体調が悪いことが多かったために仕事以外では、あまり外に出ることも少なくなった。
俺の仕事先は、介護施設だった。若い時の就職活動中に起きたバブル崩壊やリーマンショックなどの不景気で俺は、お酒やたばこ、過食などストレスから、逃げる様に体に色々と無茶を強いた。
その結果が、不規則な生活による糖尿病2型と不採用の嵐だった。
不景気と言う社会情勢の中で、働ける所が限られ俺は、常に人手不足に陥っていた介護業界に20年近く所属していた。しかし、俺の最後は、不摂生と言う病から自業自得で死んだ。
それでも、割と全力で駆け抜け、周囲の人よりも短い人生だったが、個人的にはとても満足していた人生だった。
「(あれっ? ちょっと待てよ……夢? いやでも……俺って……死んだよな? 何で生きてんだ? 見た事がない建物だ。周囲には外国人っぽい人達もいる。
それに、俺の手足も短く幼い……ヤベェ、どうしよう……全然、状況に頭が追いつかねぇよ……)」
アパートで倒れて、感覚が1つずつ無くなり、死んだと思っていた俺自身は、何故か未だに感覚があるのか訳が分からなかった。そして、この状況を、走馬灯のような立ち位置の夢だと思いたかった。
「(やっぱり……ちょっと待って……前世の記憶を整理しても訳わかんなくなってきた……いや、まぁこの状況……きっとアレだよな……。
きっと、巷で流行りの異世界転生ってやつだよな! だって、じゃなきゃ俺がただ頭がおかしい奴じゃん)」
俺は、【異世界転生】と言う未知の体験が、自身に起きたと言う事実を現実だと、素直に受け入れることが出来なかった。
前世でも一般的には、死ねば地獄・天国・輪廻転生と言う宗教的な考えはあった。しかし、その多くはフィクションで用いられ、【こんな風であれば良いなあ】くらいの考えであったが、今まさに実際に自分の身に起きてしまった。
この場合、今巷で流行っている神様が絡んでいる異世界転生であれば、この瞬間に神様的な人物が登場して、俺に現状の説明を事細かくすることが、テンプレートの一つだ。
しかし、残念ながらここには、誰も俺の現状を説明してくれる人物は見当たらず、自分自身で解決していくしかない。
そのために、事実を受け止めきれない俺の精神は、冒頭のような現実逃避と評した過去の略歴を辿った。しかし、結果は、何一つ答えとなる記憶や手掛かりは見つからなかった。
それに加えて、この現状に追い打ちをする形で、今世の自身の記憶が、前世の記憶と統合しようと頭の中を必死に整理していた。
今世の俺が住んでいる場所は、迷宮王国アローゼンと言う名前の国家の王都イシュリナと言う場所だ。この国特有の習慣かどうかは定かでは無いが、毎年の様に神殿で5歳の子供に"ステータス"と言う祝福が与えられる。
神殿は、ギリシャにある様な見た目ではなく、とても大きな教会の中に修道院や治療施設、礼拝堂などがある。女神イシュリナの神殿は、木造建築であり日中は、窓から差し込む太陽光によりとても明るい。
俺の祝福の際は、若い金髪褐色肌の青年が、先頭に立ち2人の高齢男女が、その後ろに立ち祈りを捧げていた。俺の後ろの長椅子には、今世の両親をはじめとして少人数が祈りを捧げていた。
「("作家を目指そう"や"書け読め!"とか有名な小説サイトの異世界転生ものは神様に会うんだろ? お約束はどうしたんだよ……誰か説明してよ……ほんと、マジで)」
現在の俺は、【前世を思い出した】という状態である。創作上のように、違う体に突然、霊体である自身が憑依する転生ではなかった。
そのために、祝福前までの俺には、学問の知識や現代社会の建物や映像の記憶など、人格を決めつけない記憶を時折、夢で見ていた。
しかし、今回の祝福をきっかけに【前世の佐藤翔太】と言う人格を形成している記憶を思い出した。頭の中で、記憶がパズルを組み立て直している途中のように、整理している真っ最中だ。今は、佐藤翔太としての思考に性格が傾いている。
祝福を受けた時に、何も疑問に思わず、素直にこの状況を楽しめるくらいに思考停止している程、俺の精神は幼くなかった。
【佐藤翔太】と言う俺の影響か、祝福前の俺は、周囲の子供たちよりも精神が早熟していた。それでいて、無意識であるが【神様】や【祝福】、【ステータス】と言う言葉や概念に疑念や違和感を感じていた。この神殿の信者に話を聴いたのも、精神的嫌悪感の様な不快感を払拭しようとしていたからだ。
この神殿で祀られている女神イシュリナ様とは、安寧と豊穣を司っている女神様た。迷宮王国が、まだ荒れ果てた土地であった頃から根深い信仰を受けて祀られている。
また、この世界【エッグゼリア】におけるステータスは、RPGのステータス表示の事である。この世界での立ち位置は、主に身分証明書や履歴書として使われる。そのために、この祝福は、どこの国でも大切な行事として行われている。
「(じゃあ……最初は、身分証明書なら産まれた時にやるべきなんじゃねぇの? って思うじゃん……これが、無理らしいんだ。
でも……割と成長した今の俺が、祝福の時にこんなに取り乱しているんだから、赤ん坊の時に祝福を受けていたら、多分だけど脳への情報量の多さに廃人か死んでたんじゃね? なら、現状、結果オーライ……ってやつか?)」
現在の状況下で、支離滅裂と色々と分からない事だらけである。しかし、それでも、記憶の整理が着実に進む俺は、祝福直後よりも、大分落ち着きを取り戻した。
そして、右手で思いっきりガシガシと頭をかきながら、前世の記憶を思い出したタイミングが、万が一赤ん坊だった時の事を考え背筋がゾッとした。
その理由は、過去に出生後の直ぐに祝福を受けた赤ん坊が、その軽い負担に肉体が耐えられず、死んでしまったからだと言われている。
その為に、一般的にある程度の負荷に耐えられる年齢まで、身体を成長させる必要があり、アローゼンの法律で定めた5歳になった俺は祝福を受けたのだ。
「(俺って……一体どういう存在、なんだろうなあ……神様に会って転生させて貰った訳じゃない。かと言って、死んだら異世界に転生するという、世界の理の元で転生したのかも不明。でも、こんなの直ぐに受け入れられないよ。
取り合えず、今世の両親の手前では、子供っぽく振舞おうか……振舞えるかな……? そこから、少しずつ受け入れていこう……)」
前世と今世の記憶の整理を終えた俺は、如何しようも無い現実に、誰に言い訳をするわけでも無いが心の中で愚痴を呟いた。
そして、転生を自覚した当初の様な激しい困惑と未知の転生と言う恐怖心は、時間が経つごとに無くなり、清々しささえ感じる程度に冷静さを取り戻した。
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