第80話 交流大使ってなんですか篇2㉕ 反異世界同盟の悪あがきと黒幕の登場!

 *



「皆さん、まずは聞いてください、私たちのデビュー曲『スライト・ラブ』!」


 中央、銀色の髪をした魔法少女――のコスチュームに身を包んだ少女が勇ましく宣言する。


 すると、広場全体にポップな音楽が流れ始め、色とりどりのスポットライトがフラッシュの如く降り注ぐ。


 銀髪の少女、金髪の少女、そして赤髪の少女が、入れ替わり立ち替わり交差しながらステップを踏み、手を差し伸べ、イヤイヤと首を振り、そして微笑みと共にうなずく。


 ――ねえ、聞いて 地球のキミ 意地悪なキミ

 太陽(サンバル)はひとつ

 月(ムートゥ)はふたつな空から来た

 私の故郷の話を聞いて


 金髪の少女が歌い上げる。

 鈴の音を転がすようなクリスタルな声質。

 眉をハの字にしながら切なそうにシナを作り、そして乞い願うように手を差し出す。


 ――そこにはあなたと同じ

 でも少しだけ違うヒト

 ケモミミがあったり

 魔法があったり

 でも赤い血の流れる

 私とあなたは同じもの


 赤髪の少女が懸命に歌っている。

 ハッキリ言えば拙い。

 でもそのじれったさが、見るものを引きつけて止まない。

 最後の言葉は心からの想いを込めた一言だった。


 ――さあ、勇気を出して

 思いを伝えるのに

 地球も異世界もないの

 さあ、早く言葉にして

 私とあなたの気持ちは

 きっと同じはずだから

 ――スライト・ラブ!


 銀髪の少女の声に誰もが聞き惚れていた。

 その声は耳朶を打つというより心を直接打つようだった。


 最後の歌詞はこの曲のタイトルそのもの。

 三人が寄り集まり、観客に向けて手を伸ばしながら微笑む。


 そして声が重なる。

 ほんの少しの愛なのだと……。


 ――わッ!


 一番を歌い上げただけで大歓声と拍手が沸き起こった。

 観客たちはもちろん、このライブ配信を見ているすべての者たち――十王寺町界隈はもちろん、日本全国の交流大使復活を望んでいた、異世界交流推進派たちが歓喜に湧いていた。


 ライブの同時視聴者数は十万人を越え、各SNSのトップトレンドに『二代目誕生』や『新星交流大使』などの文字が踊った。


「ありがとう、ご声援ありがとうございます!」


 僅か数分足らずのパフォーマンスに、どれだけの体力と精神力を使ったのか。

 銀髪の少女も、金髪の少女も、そして赤髪の少女も額に汗をかき、息が上がっている。


 だが実に満足そうな、一つのことを成し遂げた、いい表情かおをしているのだった。


「みなさん、本日は夜分にも関わらず、私たち二代目交流大使、通称『マクマティカーズ』の結成ライブにようこそおいでくださいました!」


 ――わッ!


 再びの歓声。

 そして万雷の拍手。

 額の汗を拭いながら、銀髪の少女は自己紹介をする。


「皆さんに素敵なメンバーを紹介します。こちらアレスティア・エンペドクレスちゃん。私のお姉ちゃんで、エルフのクォーターです。だから耳もちょっとだけ尖ってるんですよ」


 チラっと、アレスティアの金色の髪をかきあげ、少しだけ耳を露出させる銀髪の少女。それだけで観客もそしてライブ動画の視聴者たちも『おおおおおおッ!』と地鳴りのような雄叫びを上げた。


「やめてよ、私のエルフ耳に触っていいのはタケ――お兄ちゃんだけなんだから」


「ブラコンねえ。まあ私もそれは同じだけど」


 その時、SNSのトレンドには『ツンデレキター』という投稿と、『ブラコン・エルフ』なる文言がトップに躍り出た。


「そしてこっちはルイス・ヴァレリアちゃん。獣人種で私のお友達。日本では黒森瑠依って名乗ってるの。実は最近出自が異世界だってわかった異世界難民なんです」


 ――おおお〜! 今度はため息交じりの歓声が上がった。

 今異世界難民という言葉は日本人にとても浸透している。


 何故なら有名な異世界難民、リサ・グレンデルの半生が映画化されることが決定しているからだ。


 幼くして地球という異世界に放り出された彼女の、苦悩と苦痛の日々を編纂したエッセイは涙なしでは読めないと評判だった。


「あ、いえ、私はその、地球のヒトにいっぱい助けてもらったので、えっと、地球のヒトが大好きなので、少しでも恩返しができたらって、そ、そんな感じで……えへへ」


 つっかえながらも、懸命に話す瑠依の言葉に、誰もが聞き入っていた。

 そして最後の照れたようなはにかんだ笑いに心を完全に射抜かれてしまう。


 このとき、SNSのトレンドには『猫耳少女』『健気で可愛い』などの文言が……以下略。


「そして私はエウローラ・エンペドクレス。三人揃って異世界娘、交流大使のマクマティカーズでーす!」


 ――わああああああああッ!


 歓声、拍手、口笛、足踏みと。

 観客たちは全身を使って彼女たちマクマティカーズの結成を祝福していた。


 交流大使不在に飽いたサイレントマジョリティたちが今一斉に己の意思を表明する。それは歓迎。歌の歌詞に込められたとおり、私とあなたは同じものなのだと彼らは受け入れていた。


 そして――それが受け入れられない者も確かにここにいた。


「ふざけるんじゃないわよぉぉぉぉッッ――!」


 エウローラたちのライブを誰よりも特等席で見せつけられることとなった反異世界同盟のリーダー――反町純礼だった。


 リーダーである純礼を除く全員が男性であり、そして目の前で行われた瑞々しい美少女たちによる圧巻のパフォーマンスに、中には骨抜きにされるもの、実は心の中で密かに宗旨変えをするものまでいた。


 そんなメンバーたちの雰囲気を敏感に察知したのが純礼であり、男の心変わりには人一倍神経質な彼女は、とうとう我慢の限界を迎えてしまった。


「何が交流大使よ! 何がマクマティカーズよ! 私とあなたは同じものですって!? そんなわけないでしょ! あなた達は異世界人! 私たち日本人の土地を土足で汚す異邦人でしょう!」


 純礼は自分の発言がすべてライブストリームで流れていることを自覚しつつも、己の感情を爆発させた。自分に付き従っていた愚かな男たちの心が離れ、こんな少女たちに奪われた事実に耐えられなかった。


「そう、このライブを視聴している皆さん、聞いてください! 私はここにいる少女たちに、魔法による攻撃を受けました! 十王寺町は交流特区とはいえ、異世界人が日本人を攻撃したんです! これって大問題ですよねえ、ねえ!?」


 ざわざわと、観客がざわめき出す。

 ライブ配信を見ている視聴者たちも『マ?』『そーなん?』『それが本当ならやべーべ』などなど、疑いの目でマクマティカーズの少女たちを見始める。


 来た。まだ流れは取り戻せる。

 いくら異世界人とはいえ、所詮はケツの青い小娘たち。


 きちんとした社会的地位を持つ自分が切々と訴えれば、どちらの言葉が正しいのか、常識ある日本国民なら理解してもらえるはず。


 純礼は己の勝ちを確信し、いよいよ悲劇のヒロインになろうと、嘘泣きさえしようと覚悟を決める。


 その時だった――


「それは聞き捨てなりませんわね」


 魔法少女たちの後ろから、美しい声が響いた。

 艶のある大人の女性の声。それでいて聞くものの心を鷲掴みにして離さない、そんなカリスマ性に溢れた声音。


 コツコツとヒールを鳴らして現れたのは、長身のユニバース級の美少女。

 圧倒的な美貌と類まれなる商才を持った、現代に蘇った才女。


「ど、どうして、あなたみたいなヒトがここに……!?」


 彼女こそ、この世すべての美しい女性を憎む純礼にとって、抹殺したい女性ナンバーワンの存在。まだ十代でありながら、日本が世界に誇る大企業、カーネーショングループの四代目会長へと就任したその名も――


「カーミラ・カーネーション……!」


 憎悪も顕に、純礼はその名前を吐き捨てるのだった。

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