異世界に召喚されて女だと残念がられて男装させられて、ちょっと理不尽じゃないですか?

音無音杏

第1章ㅤ約束と秘密の共有

 「勇者」それはこの世を救う一つの奇跡。

 戦いの絶えない世界では勇者の存在が必要とされていた。この世を知らず、この世を客観的に見、正しい道を突き進むことのできる、この世と異なる存在ーー。




「私に、何か用ですか……?」


 目の前に揃う者たちに少女は尋ねてみた。


「貴様など必要としてはおらん! 女、なぜ女が出てきた!?」


 亜麻色の髪をしたおじさんが驚いた顔して少女を邪険にする。その手には茶色の杖、頭には金の冠、背中には緑色のマント。おかしな服装。


 足元に描かれた魔法陣っぽいもの。

 ここにいること自体理解できていないことを伝えると、なぜか鎧を着せられたのであった。


「何ですか、この鎧。すごく動きづらいんですけど」


 少し動いただけでがしゃがしゃと音がする。


「文句を言うな。文句を言いたいのはこちらの方だ、勇者を召喚できたと思ったら華奢な女でもう一度召喚を試みたら何も反応がなかったどういうことだ」


 おじさんが不満を抱えているのはよくわかった、すごい早口だ。こちらが謝ってしまいそうになるほど気持ちが伝わってくる。だがしかし、こちらにだって不満や不可解さはある。


「これからお前には勇者として、この世を良くしてもらう」


 これをかぶれと言われ鎧が完成させられていて視界がだいぶ狭まっている。おじさんの顔もまともに見られない。


「いや、意味がわからないんですけど」


 勇者としてこの世を良くする?


「仕方ないだろう。新しい勇者が喚べんのだから」

「……そうなんですか」

「そもそもは貴様のせいだ、喚ぶのは男のはずだった、なのに貴様が現れた。女には微塵も興味がない、だが仕方ないだろう新しい勇者が喚べんのだから。わかったか?」

「そうみたいですね」

「お前他人事だな」


 なぜか一度口にした台詞に戻ったが違和感なく話はまとまっているようだ。勇者が喚べない、というところを強調しているのだろう。


「これってもしかして男装ってことになりますか?」

「ああ、勇者が女だと知れたらお前に従える者たちがやる気をなくすだろうから、お前には男を装ってもらう」



 ーーなんですかその理不尽。






 がしゃがしゃがしゃ。


 鎧の音が鳴り響く。


 勇者として召喚された少女は戦争を終わらせるため地方を回ることになった。率先してその役割を負ったわけではない、仕方がなくだ。


「勇者ってどこからきたの?」


 がしゃ、っとぎこちなく動きが止まる。


 鎧の中の少女が冷や汗をかく。


 勇者として召喚されるはずだったのは男。それなのに成人にもならない小娘がなんの縁があってかこの異世界に飛ばされた。


「ランス、失礼じゃないか。勇者に出身地や年齢を聞くのはタブーだ」


 視界が狭まった状態で最初に声をかけてきた男と、さりげなく助け舟を出してくれた男を見る。どちらも精悍(せいかん)な顔立ちをしている。勇者の護衛として選ばれるには実力がなくてはいけないのだろう。その有り余った実力が顔に出ているのか。


「そうだけど、気になるじゃん。名前は?」


 召喚されてしまった少女は、失敗した召喚の代償として男装をしこの世界を救わねばならなくなった。


 どういうことだと普通の人なら思うだろう。失敗したのはこちら側ではないのだから謝るべきなのは失敗した方で、失敗して現れてしまった者にお詫びか何かするものではないのだろうかと。


 異世界に来てしまった、完全なる孤立した状態となった異世界人に何を求めているというのか。


 深く考え込んでから屈み込み、鎧の指先で地面に書いた。〝ユーシャ〟と。


「ユーシャって、そのまんまじゃん」


 単純な発想をするランスの隣で、先ほど助け舟を出したクラウディオは難しい顔をした。


「ユーシャ……。なんか女の子の香りがする」


 地面に書かれた文字を確認するため隣に屈んだ男がふと横を向き、鎧の中の少女は血の気が引く。

 男装を強要されるどころか、女と表明することさえ許されなくなった。


『もしバレたりしたら……殺すぞ』

『えっ』


 最初に出会った元凶であるおじさんの一言。

 冗談ぽかったが本気さも微かに感じられた。女と発覚すれば容赦されないことは確か。


「ここには女の子なんていねーぞ?」

「そこの犬が雌(めす)なら別だが」

「でもーー」


 今だとばかりに即座に立ち、必死に体を動かす。


「先へ行こうってさ」


 おかしな動きのジェスチャーをクラウディオは読みとってくれた。ほー、っと納得するランスだがあることに気づいたようだ。


「ユーシャって喋れねーの? なんで?」

「事情があるんだろ」


 それは女だとバレるからだ。


「やあ。ユーシャ初めまして、俺はユリクって言います。勇者に出会えるなんて光栄です」


 歩き始めたとき、ある一人の男がユーシャの前に回りこみ胸元に手を当て自己紹介をする。


 先ほどまで何も喋らなかったというのに。それどころか睨みにも似た視線を感じていたのだが。


 この微かな笑みはなんだろうか。


 差し出された手を見て、とりあえず握手をした。


「俺はランスな」

「俺はクラウディオ。なんだかんだ自己紹介せずにすみません」

「僕は……ウィクリフ」

「自己紹介はちゃんとしないとね。ユーシャだってちゃんとしてくれたんだから」


 ユリクの含みのある言い方が少し気になるが、些細なことを深く考えるのはやめることにした。異世界に召喚されてしまったうえ男装を強制させられもうこれ以上に最悪なことはおきないだろう。




 ずっと気になっている。足下のそばで歩く犬の存在を。理不尽な理由で城から出発する時からすでにいた。

 あのおじさんの遣いだろうか、それにしては弱そうだ。見かけはそう見せといて実は巨大な力を秘めているとか。だとしてもなぜ犬。ドラゴンとかいないの。見かけも強そうなの召喚してよ、できるなら。


 異世界へ召喚されてしまった少女ユーシャは、理不尽なことが重なりすぎてひねくれ者になりつつある。


 ユーシャという名は仮の名だ。本名は#花音__カノン__#。ちゃんと女の子らしい名だ。


 この犬はなんだと聞こうにも女だとはバレてはいけないため、声も発せられない。こんな地獄あるだろうか。いつか本当に喋れなくなってしまう。

 犬の事について一つ分かることは、この犬はメスではなくオスだということだ。さっきランスというちょっと性格が乱暴そうな彼が言っていた。


 クラウディオは優しそうな人で、女の子の香りがするとおかしなびっくり発言をしたのがウィクリフ。そして魅惑的な男、ユリク。


(犬の名前はなんだろうか)


 犬のことばかり考えてしまう。戦闘に犬を連れて歩くなんておかしいだろう。




 初めて魔物と遭遇したカノンは何も出来ず、ランスたちにはユーシャは無駄な戦闘をしないと認識され。何度も魔物に会いそれでもカノンは挙動不審になるため、ユーシャは戦闘ができないと再認識された。




 夜になり、焚き火を囲む。いわゆる野宿をすることとなった。

 野宿なんてカノンは初めてで、男所帯のようなところで安心して眠る自信はなく、もし気を緩めている間に女だとバレたらという恐怖もありユーシャだけ離れたところで眠ることになった。

 ユーシャカノンの、遠くで寝るというジェスチャーを即理解してくれたのはやはりクラウディオで。勇者は凡人には明らかにしてはならない、何か隠さなくてはいけないことがあるのだろうと勝手に思い込んでいるクラウディオはカノンの心を汲んでくれている。




(ここどこ……顔洗わなくちゃ)


 朝、目覚めたカノンは寝ぼけていた。木に寄りかかり、眠っていたカノンは自分の顔に触れる。


(ん? 硬い……え?)


 混乱したところで視界に犬が映った。あの犬だ。ああ、と思い出す。自分が異世界へ来てしまったことを、男装として鎧を着ていることを。


「わんちゃん、あなたのお名前はなんていうの?」


 自分の声が、最初あたり少し枯れているように聞こえた。

 クラウディオたちの前では声を発してはならないから、ちゃんと辺りを確認してから前に座る犬に話しかけた。もちろん返事がくるなんて思っていない。少しだけ異世界の犬なのだからと期待していたが。

 異世界では誰とも話ができない……許されていないから、ただ話しかけるだけでもできるときにしたかった。


「私の本当の名前はね、#花音__カノン__#なんだよ」


 誰も知らない本来の自分の名前。


「『わん』くらい言ってよ」


 少しの沈黙後、犬は仕方がなさそうに『わふ……』と言った。

 気を遣われたのだろう。それでもカノンは満足した。




 クラウディオたちと集い、国へ向かう旅が再開された。今のところ歩いて歩いて魔物と会って退治しての繰り返しである。カノンは一度も魔物を攻撃していない、クラウディオたちに任せっきりだ。少しだけおじさんから剣の鍛錬を受けたが、実戦なんてできるわけがない。




 旅をして数日のこと。休憩時にクラウディオたちと離れ、犬に独り言をすることがカノンの癒しになりつつある頃。カノンは打ち明けた。


「私ね、実は女なんだ。勇者は男じゃなくちゃいけないんだって、周りの者のやる気を削ぐからって。だからって男装させる? 『間違えて召喚してしまった悪いなフッ』て、一瞬で元の世界に帰してくれれば良かったのに。なんなんだろうね、魔法使いってなんでもできるわけじゃないんだね。……元の世界に帰りたいよ」


 それまでは魔物の恐ろしさや、あんなの戦えるわけがないと嘆いたり、戦闘時にランスに馬鹿にされたと愚痴ったり、ウィクリフのあのふわふわした雰囲気がよくわからないと相談したりしていた。


「私の素顔見る?」


 声で女だと、犬でもわかっていたかもしれない。


「私の素顔見たの、あなたが初めてだよ」


 顔の部分の鎧を持ち上げ、顔を見せる。なぜか嬉しくてカノンはにこっと笑う。


「内緒だよ、クラウディオたちには。って言っても永遠に言われる心配はないね」


 犬だから。人間の言葉など喋られないから。

 でも喋れたらな……とカノンは思った。




 馬車が走っている。カノンは初めて見た。

 馬車があるなら馬車に乗って国を渡り行けばいいものを、おじさんが言うにはそれでは駄目らしい。「自らの足で旅をし平和を手に入れなければそれは永遠のものとはならない」とユーシャにはよくわからない言うなれば、どうでもいい話である。冷たいかもしれないが、この世界の住人ではない者からすれば知ったことではない。それより生きて元の世界へ帰れるかが重要だ。


 馬車が膨大に倒れた。驚くのもつかの間、それをやった原因を見てカノンは絶句した。何体もの見たこともない生き物が馬車目がけ攻撃しているのである。


 ひっくり返ってしまった馬車から一人出てきた。遠目からしたらそんなことしかわからない。


「助けにいくぞ」

「人一人助けられないで平和を手に入れられるか、か」


 ランスは面倒そうにしながらもクラウディオの言うことを聞き入れる態度で、ウィクリフもまた無言で受け入れた。


 走った彼らに焦ってついて行く。鎧の音をたてながら。


「ユーシャ、お前は来んなよ!」


 振り返ったランスが、カノンのことを見て一瞬驚き被害地に向かいながらも言った。

 カノンはというと。


(ええーー)


 そう言われたことにびっくりである。


「ユーシャ、驚くほど戦えないから」

「……こわいの?」


 涼しい顔をしてよく言える、ユリク。ウィクリフも。勇者に対してそのようなことを言えるとは……。


「戦えないんじゃなくて戦わない、のかもしれないけど、ユーシャは安全なところにいてもらわないと」


 クラウディオにそう言われたんじゃ仕方がない。だけど、人として見過ごすのはどうかと思う。彼らが助けてくれるだろうけど。


 首をふるふると横に振る。そしてランスを指差す。


 今までジェスチャーを解釈してくれていたクラウディオはランスを見、口にする。


「人一人助けられないで平和を手に入れられる、か……?」


 こくこくと頷くと無表情で少しの間見られた。


 被害地へ近づくとユーシャどころではない。


「クレイモアのコーラス殿下……!?」


 クラウディオの言葉に金髪の男の人が振り向く。


「君たちは?」

「殿下が、なんでこんなところに?」

「はあー? くしゃくー? まじか。護衛もなしになに魔物に狙われてんだ」


 ウィクリフは普通だが、ランスの口調がおかしい。

 コーラス殿下の焦りの顔に汗が流れているのがわかる。


(この場で亡くなるとでも思ったのだろう。そりゃ思うよね、こんな魔物たちに囲まれて……。囲まれて!?)


 いつの間にか魔物たちに囲われていた。


「全滅を図る」


 クラウディオたちは戦闘モードだがカノンはそれどころではない。鎧の下で焦るカノンの空気に気がついたのか、ユリクが目を向ける。


「ユーシャはコーラス殿下を安全な所へ連れてってくれ」


 了解、とカノンはコーラス伯爵の手を引き、つくられた道を進んだ。


「ユーシャ……! 僕は戦える。だから彼らのもとに……」


 コーラス殿下ぎ何かを言っていたがカノンの耳には入らなかった。

 カノンに戦闘ができないことを、クラウディオたちは知っていた。ここに来るまで出現した魔物相手に勇者であるカノンは慌てることしかできなかったのだ。そんなカノンにできることはこんなことくらいしかない。


 必死に走って走って、物陰に隠れようと曲がったところ、カノンは大きな石に躓いた。それはそれは激しく転んだ。


「え……」


 カランカランと音をたて前方に転がっていったのは。


「女の子ーー?」


 カノンの大事な大事な顔の部分である鎧だった。


(え……、顔取れた!?)


 転んだ衝撃を忘れるほどに儚くも鎧の頭は前方に綺麗に転がっていった。

 後ろにいるコーラス殿下の反応がこわくて固まっていたカノンはおそるおそる立ち上がり、数歩前へ行き鎧の頭を拾うと何事もなかったかのようにそれを被った。

 振り返るとコーラス殿下は少々驚いたような顔をしていた。


 これはごまかせそうにない。


 カノンは最終手段にでた。


「殿下! 今のことは見なかったことにしていただきたい! 私、女だとバレると殺されちゃうんです!」


 頭の鎧を自ら取り、コーラス殿下の目の前で誠意込めて言う。

 おじさんの言ったことが本当かどうかわからないけど、クラウディオたちに女だとバレたら見捨てられそうだ。


「あ、ああ……」


 コーラス殿下はよくわからなそうにしながらも理解してくれたようだ。

 少ししてからランスたちの呼ぶ声が聞こえ、集った。




「その者があの伝説の勇者なのか」


 伝説なんて大層な。

 壊れてしまった馬車に乗ることは叶わず、それまで馬車を引いていた馬に乗ったコーラス殿下は自国であるクレイモアに戻るらしい。その国へ行くことが目的なカノンたちも同行することになった。


「勇者は女であったりするのか?」


 ドキッーー!

 心臓が跳ね、カノンの体から変な汗が出る。


「勇者が女なわけねえだろ」

「そうか……」


 どうやらコーラス殿下に何も言われずにすみそうだ。


「ランス、コーラス殿下にそんな口の利き方はよせ」

「いやいいんだ、普通にしていてくれ。君たちはただの兵士ではないようだし、僕の恩人だからな」

「じゃあ敬語なしでいいんだな。あんたはこんなところで、ただ一人で魔物に襲われて何がしたかったんだ?」


 どこまでもランスの失礼な態度にクラウディオは滅入っている。


「ああそれはその……旅をしようとしてな」

「旅?」

「戦争を終わらせられないものかと」


 殿下じきじき戦争を終わらせたいがために旅に出るなんて。

 本物であろうとなかろうと勇者として現れたのだから戦争を終わらせろ、なんておじさんから理不尽な役目を負ったカノン。コーラス殿下の自分にはない気持ちの大きさが見えた。


「コーラス殿下、失礼かと思いますが……殿下一人で旅に出るなんて無謀です。それにコーラス殿下の身に何かあったら、他の国の者から危害が加えられればそれこそ戦争は酷くなるばかり」

「そう、だな……。よく考えてみなくてもそうだったのだがな」


 クラウディオに真実を語られてコーラス殿下は落ち込んだ。


「勇者が女の子だったら嬉しいんだけどな」


 今までの話を聞いていなかったのか、全員に聞こえる声の大きさでユリクがそんなことを呟いた。


「ユリク、皆の話聞いてた?」

「ウィクリフこそどうなんだ?」

「なんとなく」




 コーラス殿下の自国であるクレイモアに着いた。


「王宮に来てくれないか。お礼をしたい」

「コーラス殿下が一人外へ出ていたなんて知れたら大事になります。しかも俺たちが、コーラス殿下が魔物を襲われているところ出会ったなんて伝えたら監禁に近いものをされるかもしれません」

「そうか……。でもお礼がしたいのだがな」

「王宮に伺ったとき、お礼してよ」


 コーラス殿下とクラウディオの話の間に珍しくウィクリフが入り、わかったというコーラス殿下の返事でその話は終わり別れることとなった。

 が、カノンたちは王宮へと向かった。

 国を訪れるだけが目的ではない。『和平を結ぶ』ーーそれがおじさんからカノンが任されたことなのだ。


 なんとか王宮に入ることを許可され王と対面した。


 「アトリシアの五大伯爵がそろって何のようじゃ? ……ん? いや、四人か」


 クレイモアの皇帝は、目の前に立つ彼らを端から見て最後に犬を見てた。順番に顔を見ていき、一人視界に入らないと思い視線を下げてみたらなぜかそこに犬がいたのだ。なぜ犬なのだ。なぜ犬ごとき低級が王宮に入っている、という不服そうな顔をしている。


 勇者であるカノンは驚きを隠せずにいた。


 彼らが伯爵であることに驚いたのだ。鎧を着ているおかげで全ての反応を隠し通せていて、クールを装っていられる。


「不戦の条約をしたく訪ねました」

「そんなもの私がすると思うか」

「王様、してもらわなければ困ります。そこにいる鎧を着ている方は我が国の勇者です。意味がわかられますか?」


 クラウディオの言葉を助力するように、ユリクは得意げに王を見据えた。

 王は黙り、鎧をじっと見ると息を吐いた。


「……なるほどな、そういうことか。あやつはそんなものに頼るほど余裕がないのだな」


 勇者は異世界の者。この世界では、異世界の者を殺しては災いが起こるとされている。殺さなくとも、異世界の者の涙は全ての破滅を招くーーそして異世界の者に逆らえば死が与えられると。


 しかし、勇者直々頼まなかったため、保留ということになった。




 勇者には強要もしてはならない。


 宿屋に泊まることとなった五人と犬一匹は、宿屋で食事をとり、夜までそれぞれ自由行動をすることとなった。カノンは街を見回った。知らない世界、知らない街、知らない敵国であることに恐れつつも気分転換にと歩いたのだ。犬もついてきていたからそれほど怖くなかったのかもしれない。


 夜になり、ベッド四つの一室に五人、ついでに犬が集う。四つのベッドが左上、左下、右上、右下ーー正方形に並べられている。


「ユーシャは俺のベッド使っていいよ」


 それまで右下のベッドに座っていたユリクが立つ。カノンはその言葉を理解してから手を振った。別にいいと。


 街を見回るのも疲れ最初に室内に居たのはカノンだ。ついでに犬も。ベッドの数が四つしかないことに気づき、自分は使えないと思い窓際に座り壁に寄りかかっていた。一人でいるときは色々考えていて時間が過ぎるのは早かった。

 最初に室内に入ってきたのはクラウディオだった。それからランスやウィクリフがやってきて、最後にやってきたユリクはなんとなく空いているベッドに座ったのだ。それから右上のベッドの近くで壁に寄りかかり座っているクラウディオのことを見て、ベッドの数に気づいたらしくすぐに申し出てきた。

 カノンにとって意外だった。


「どうして?」

(……どうして?)


 考えて、カノンは剣を振るジェスチャーをし、それから自分を指し、首を横に振りながら両手バイバイする。つまり、魔物と自分は戦っていない……だから疲れてないない休むべきは貴方たちだと言いたいのだ。


「そこのベッドを使えばいい」


 カノンの次に室内に来てベッドに座ろうともせず、床に座り壁に寄りかかっていたクラウディオは最初からそうしようとしていたのだろう。だがカノンは断る。自分の位置を指して、両手でハートをつくる。つまり……ここ、ラブ。ここが好きなのだと言っている。

 そんな馬鹿馬鹿しいことを信じるわけないが、勇者に強要することはあまりしないようにしているためそれ以上何も言わなかった。


 ウィクリフとランスはというと、もうとっくに眠ってしまっていた。室内に入ってすぐ左上のベッドで意識を手放したのはウィクリフ、もう泥沼のように眠ってしまった。ランスは左下のベッドで仰向けになりながらウィクリフやクラウディオに話しかけていたが、知らぬ間に眠ってしまった。


 起きていたのはクラウディオとカノンとついでに犬だけ。そこへユリクがやってきたというところだ。


 やはりここまで来る旅で皆疲れていたのか、クラウディオとユリクもすぐに寝てしまった。カノンは少し安心する。


 男の人しかいない空間でベッドの上で寝るなど、安心して眠れる自信がなかった。その男の人は全員眠った。自分も寝ようと、唯一起きている犬の頭をポンっと撫でた。『おやすみ』という意味でやったのだが、カノンもやはり異常に疲れていたのか、それをやってから一瞬で眠りについた。




 カノンが起きたときに、目の前には犬が眠っていた。まるでカノンを囲うように、男たちから守るように眠られていたため、カノンは偶然かなと思ったがそれが可愛く思えた。


「まあ、そううまくいくことってないよね」


 カノンを召喚したおじさんのいる国、アトリシアに戻る途中、ウィクリフが呟いた。

 『王宮に伺ったとき、お礼してよ』とコーラス殿下に言ったウィクリフは期待していたのだ。コーラス殿下が王に、自分たちと不戦の条約をするよう頼んでくれると。しかし、あの時はコーラス殿下がいなかったため、不戦の条約をしに来たことも、ウィクリフたちがアトリシアの伯爵だということも知ってもらえていないままだ。


「また行けばいい。とりあえず戻ってセナ王に伝えて……また別の国に行くのか、もう一度頼み込むのかはそれからだ」

「セナ王の予知能力では、今回は『勇者を連れてクレイモアに行き、不戦の条約を申し入れ、駄目なら素直にアトリシアに戻る』だもんな」

「本当、面倒なことちまちまやるよな。予知できるなら平和に解決できるやつ一択を選ばゃいいのに」

「予知できるといっても、予知できるのは少し先のことまでだ。好きなように未来を見通せる力ではない。だからこそ、ちまちまに見える作業をしなければいけない」


 あのおじさんに予知能力があったということにカノンは驚いた。ユリクが当然のように予知能力なんて言うから、クラウディオとランスの会話は付加説明だ。


 近くの店でなぜか#絨毯__じゅうたん__#を買い、ウィクリフは前に座った。クラウディオたちも続いて座って。


「ユーシャ、座って。落ちるよ」


 よくわからないままもウィクリフに言われたまま座ると、微かに絨毯が浮いた気がした。じょじょに上昇し、人一人分の身長以上地と離れ空中を移動した。

 これは空飛ぶ絨毯か。空飛ぶ絨毯が店に売っているなんてファンタジーすぎる。


 落ちないかこわくなりながらも、犬を懐に入れなんとかカノンは耐えていた。


「ウィクリフの能力はほんと便利だよね」

「なんでここに来るときは歩いてこなきゃ駄目だったんだろうな」

「行きは全員歩き、帰りはどんな手段でも帰ってきていいっていうセナ王の告げは、コーラス殿下に会わせるためだと思う」


 クラウディオの見解は正しい。





 国に戻ると王に結果を伝えた。


「うむ。やはりそうか……まだーー」


 どうやら納得しているようだった。




 一任務終え、セナ王の部屋から出るとそれぞれ散ったらしい。


 話が終わって皆と同じように部屋を出ようとするとセナ王に呼び止められ、女だとバレていないかーーこのまま続けられそうかと言われ『正直、このままバレずにいられそうにないです』と答えると『なんだと!? ふざけるな。お前はーー』と、まあその先はカノンの言葉を全否定されてしまった。


 ふざけるな、はこっちのセリフなんだけどな……。と、しょげながら部屋の前から歩き出そうとすると足元に気配を感じ下を見る。そこには一緒に旅をした犬がいた。


 犬と言っては失礼か。


 彼はカノンの身を案じてか、男たちと同じ部屋で寝るとき男たちの壁になるようカノンの目の前で門番のように寝たり。魔物との戦闘時には安全な場所を確保してくれたりしていた。

 それはカノンが女だと打ち明けたからなのか、違う世界から来たと知ったからなのか。

 どちらかだとしたら、カノンは打ち明けて良かったと思った。

 彼は自分の味方になってくれている。


 歩くと彼はなぜかついてくる。

 セナ王が用意したらしい自分の部屋に向かおうとしていたカノンだが、このまま一緒に散歩したくなってしまう。


「まあ、滑稽な格好して」


 彼のことを見ていると、女性の声が聞こえ目線を上げる。なんというか一言で言うと胸の大きな女性だ。魅惑的な女性というのだろうか。カノンよりも背が高く、胸の大きさも倍ほどだ。


 素直に目の前の女性のことを美しいと思ったカノンだが、滑稽な格好ーーと言われたことに自分の姿を見下ろした。

 鎧。頭も顔も体も全身、鎧人間だ。

 確かに滑稽な格好なのだろう。


「犬の姿はどう? スウェン」


 女性はカノンの足元にいる犬のことを言ったらしい。反抗するように犬は、わんわん! と吠える。

 彼の名前はスウェンというのかとカノンは情報を得て、ん? と少し彼女の言葉に疑問を持つ。


「なによそんな興奮しちゃって。なんなら、三回回ってワンしたら元の姿に戻してあげてもいいわよ」


 犬は考えてから女性の前まで行き、いかつい顔をしながら言う通りに三回回ってワンした。「ワン……」と不機嫌かつ仕方なく言った感じだったが、女性はそれで満足したらしい。


「従順しちゃって、こっちも興奮しちゃうわ。元の姿でそうしてくれたらもっと興奮できるのに」


 頬を染めて、どこから出したのか小さな杖をしゅっと振るう。

 すると、犬だった姿の彼が男性の姿になった。


(ーーえ?)


 カノンは目を丸くする。これまで魔物とか目にして驚いたこともあったが、今回は真実を確かめるように凝視した。


「なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ」

「あらお仕置きよ、お仕置き」


 人の姿ーー男の人ーー人間。

 お仕置きという彼女の言葉に、彼の本当の姿は人間なのだと確信してしまう。嘘ーーと未だ信じられない。


 ずっとこれまで犬だと思って旅をしてきた彼と、目が合ってしまう。目が合うといってもカノンは鎧をかぶっているためその瞳は見られていない。

 だから、カノンがどんな表情をしているのかもわからないだろう。


 だからか彼は、彼女へのイラつきの表情と確かめるような視線でじっと見てくる。


「……」


 そんなに見ないで、とカノンは視線を下げる。それでもなお見つめてくる。

 そんなとき、彼女の声が響く。


「私を無視して鎧人間を見つめるなんて、また犬にするわよ」

「ふざけるな! お断りだそんなの」


 今だ。

 逃げるなら今だ。


 ーーと、カノンは彼らの横を通り過ぎ廊下をかけた。


 その動揺したような様子に女性はふと思う。


「もしかしてスウェンが人間だってこと知らなかったのかしら?」

「そもそも、俺が犬にされたってこと誰も知らないし、ましてや犬だった俺と初めましての勇者が知るわけないだろ」


 彼は何かを考えているような顔で、カノンの走り去った方を見ていた。





 一緒に旅をしていた、犬だと思っていた彼がまさか人間だったなんてとカノンは、夜になるまで頭を悩ましていた。


 ノック音がし、慌てて脱いでいた鎧を着て万全の格好で扉を開けると、そこにはあの彼が立っていた。

 居留守をしたかったが、中から鍵をかけられるこの部屋は、鍵がかかっている時点でここにいるよと言っているようなもので、出るしかなかった。


 のだが、出なければ良かったと心底思った。合わせる顔などない。

 カノンがかたまっていると、彼ーースウェンが口を開く。

 

「少しいいか」


 中に入れなくてはいけない空気に、カノンは頷き中招き入れた。

 重たい空気にスウェンは振り返る。


「その鎧、着なくてもいいんじゃないかーー俺の前では。バレてるし」

「……そう、ですね」


 頭の鎧を取る。

 犬の姿であった彼に全て話してしまった。自分が女であること、間違えて召喚されてしまったこと、別世界から来てしまったこと、全て。ーーそして名前も。

 カノンは周りの人間にユーシャと名乗ったが、そんな名前ではない。本名ではないこと、何人かは感じ取っていると思うが。


「皆にバラしますか?」


 静かに見つめると、沈黙する。


「バラすわけないだろ。俺に得ある?」


 少し視線を外して言ったため、彼の言うことが信じられない。そんなカノンの心情が伝わったのか。


「バラしたところでオドオドするやつとベタベタするやつしかいないだろうし。勇者って男だと思っていたけどよく考えてみれば女でも変わらないというか、性別なんて関係ないんじゃないかって思うようになった」


 ーーどうせ戦いは終わらない。


 赤裸々に語ったスウェンの心の声は、カノンが何度か不安に思ったことだった。

 本当に戦いなんて終わらせることができるのか。自分でない召喚されるべきだった男の人にもそんなことを成し遂げることができたのか。

 召喚されるべきではない自分にそんなことが……。


「戦いを終わらせればこの男装もしなくてすむんです。一緒に戦いを終わらせる方法を考えてくれませんか?」

「……無理だろ」


 まるで本音が滑ったようだった。スウェンは言ってから自らの口に手を当てている。

 カノンを絶望させる言葉だと悟ったからか。


「無理なのは承知で。……このまま嘘をついたまま戦闘中に亡くなったりするのは嫌なんです」


 一人飢え死にするのはまだいい、皆を騙して亡くなった後にその嘘があらわにされるのは一番の恐怖だった。

 懇願すると、スウェンはわかったと頷いた。


「ありがとうございます。なんだか少し安心しました、ずっと一人のようで不安だったので」


 緊張が解けたように笑う。

 今まで一人のようだった。自分のことを気遣ってくれる犬はいたがやはり犬は犬で。でもその犬が人であるスウェンで、それが原因でいろいろパニクったりしたが、それでも彼が人間で良かったのかもしれないと思ったカノンだった。

 その逆もまた然り。


「スウェンさんが犬で良かった」

「俺は犬じゃない」

「犬だったって意味です……」


 ちょっとした失言にカノンは気まずそうにするが「ありがとうございます」ともう一度、小さな声で気が抜けたように言った。


 初めて会った時、彼が人の姿であれば、自分が女であることと違う世界から来たことを打ち明けはしなかっただろう。彼が犬であったから言えた。

 マクウェル王は女だとバレないよう言われたが、彼がそのことを広めない限り大丈夫だろう。バラさないでくれるとはっきり言ってくれたのだから。


 気が抜けたついでにカノンのお腹が鳴る。


「そういえば、夕飯のときにいなかったよな。ここで食べてるもんだと思ってた」

「皆、一緒に食べているんですか?」

「まあ、そうだな」


 セナ王にはあまり外に出ないようにと言われている。


「お前は、鎧着たまんま食べるってわけにもいかないし、ここで食べるしかないだろ」


 確かにそうだ。


「持ってくるか」

「い、いえ、大丈夫です」

「ご飯あるとこ知らないだろ」


 言葉に詰まったカノンを見てスウェンは扉に向かおうとした。そこでカノンは口を開く。


「一緒について行ってもいいですか? 次からはちゃんと自分で持ってこられるように」

「ああ、その鎧をかぶってからな」


 スウェンの言う通りにカノンは頭の鎧をかぶった。

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