外部生のおおおじさん

 さて、マルタが通う学校にはご多分にもれず、生徒は『寮生』と自分の居候先や家から通ういわゆる『外部生』に分けられる。

 保科まつりもその中の1人で、カソーボン氏のとなりに住むおおおじにあたる保科秀之の家から通っている。

 保科家は帝国を中心で宮廷魔術師という陰陽師と予言者をあわせたような地位にいた家系なのだが、秀之は伝来の稼業を継がず、ニューラグーン警察や秋月国の諜報機関に勤めたのち、ここミドルマーチに隠居していた。そして、その隠居先に学校に進学したまつりが居候することになる。

 ここでかれは、亡き友人が書いたアルダン事件の回想を当事者の1人として清書や必要があれば追記するといった作業をしたり、散歩やガーデニング等、趣味や健康のための運動をしたり、悠々自適の日々だ。

 まつりはいにしえの歌劇の姫にあこがれ、所作やマナーを一生懸命に学んだけっか、なぜか学校の王子さまとあだ名されることになった。当人はそう言う立場になったことについて

「なんでこんなことになったんだろうね?」

と、ふかく嘆息したこともあった。

「あの凛々しい人、だれにゃろ?」

「ああ、オージのことかい?」

「わあ、びっくりした!!!」

 食堂にて、マルタの疑問にいきなりでて答えたのは、青雲バニイという情報通。

「へえ、そうなんだ、キキョウちゃん知ってた?」

と、マルタはとなりにいたキキョウに訊く。

「うん、演劇部の客演とかで、公演見たことある……」

「ふうん」

「たしか、シェイクスピアの劇で……」

 ロビン・グッドフェローを除いて全員退場した後

―わたしたちはただの影法師ございにゃすれば、もしもこのお芝居がお気にめさないとにゃれば、みなさまはここでねていたと思いにゃされ。すべては束の間の夢でございにゃすれば。まことにはかなくも頼りにゃきこの芝居、夢の夢にゃる1場の夢芝居、なりとぞ夢幻と笑ってお許しくださいにゃされば、一同ありがたいですにゃ。わたくしめも正直者パック、今回の好意は身に余るしあわせとこころえ、一座一同一生懸命に精進し、ごひいきさまのお叱りをもらうなどゆめゆめあるまじく、このお約束をただえましょうにゃらこの身はまさしく噓八百のパック。それではみなさまごきげんよう。なにとぞ今後の精進をご期待くだにゃり、みなさまお手を拝借

 拍手とともに退場

「ていう感じですごかったの」

「へえ、つうか、キキョウちゃんもスゴイね、迫力あったよ」

と、マルタにそう言われたキキョウは恥ずかしそうに紅くなった。

 バニイは話を続ける。

「そうそう、演劇部は人少ないから、1名で複数役を演じるんだけど、オージはオチ担当になのことがおおいのね。例えば、チェーホフのお芝居で……」

 ドアに近づいて、取っ手にさわるフィールズ。あかない

―錠がおりているにゃ。行っちまったんだにゃ。

 ソファに腰をおろす

―わしのこと忘れてったにゃ。にゃあに、いいさ、こうして座っていよう。だが、旦那さまは、暖かい方じゃなく、普通の外套でいったらしいにゃ。

 心配そうなタメ息をつく

―わしの眼が届かにゃかったもんでなあ。ほんとに若けぇお人というのは……

 何やらぶつぶついえが、聞こえない

―一生が過ぎたにゃ、まるで生きた覚えがにゃいくらいにゃ。

ソファで横になる

―どれ、横に……、ええい、にゃんてざまだ、精も根もありゃしにゃい、もぬけの殻だ。ええい、このできそこにゃいが!

 横になったまま、動かない

 はるか遠くで弦の切れたおとが天から哀しげに響いて、消える

 あとは、庭の方で。木の切る音だけが聞こえる

「……て感じで、お芝居のオチが印象的なんだよねえ」

「へえ、そうなんだ」


 そのころ、秀之のもとに訪問者が来ていた。

「法原林五郎といいます」

「わざわざありがとうございます。ご用件は?」

「むかし、あなたの下にいたスパイについて、訊きたいことがありましてね」

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