2
市立体育館は学校から2キロメートルくらい離れた場所にある。自転車ならあっという間だ。放課後、僕は愛車 ARAYA マディフォックス
「あ、来た来た」
体育館の玄関でジャージ姿の佐藤さんが手を振っていた。僕も一応手を振り返し、駐輪場で降りて愛車にチェーンロックを掛け、彼女の下に向かう。
「なんか、高そうなチャリに乗ってんだね。マウンテンバイクってヤツ?」佐藤さんが駐輪場の方を見ながら言う。
「いや、クロスバイク。マウンテンよりも街乗り向きだけど、一応悪路も走れる。それに、これそんなに高くないし」
あご紐を外し、頭から愛用のヘルメットを降ろしながら僕は応える。僕のヘルメットはよくあるベンチレーションホールが沢山空いた、流線型でスタイリッシュなヤツじゃなく、ツバのついた地味なデザインのものだ。
「ふうん、いくらなの?」
「7万くらいだよ。入学祝いに買ってもらった」
「えー! それ、十分高いと思うけどなぁ。あたしのママチャリの3倍近くだもん」
おっ金持ちぃ、と冷やかすような口調で、佐藤さんが付け加える。
だけど実際のところ、7万円はクロスバイクとしては決して高くない。そりゃママチャリと比べたら高いかもしれないけど……毎日通学で乗るからすぐ壊れるようでは困るし、通学路は結構上り坂もあるから、ってことで両親がそれなりのものを買ってくれたのだ。でも……それを全部佐藤さんに説明するのも、なんだか気が引けた。
「いや、別に金持ちってわけじゃないけど……」
「でも自分のカメラも持ってんでしょ? それも一眼レフの」
「それは叔父さんのお下がりだって。しかも十年くらい前のだから、めちゃ古いよ。そんなことはいいから、部活はどこでやってんの?」
これ以上佐藤さんにとやかく言われたくなかった僕は、無理矢理話を本題に戻す。
「ああ、こっちよ」
彼女に案内されて、僕は来客用スリッパに履き替え体育館の中に入る。途端にバスケットボールが床を打つ低い断続音が、雪崩のように鼓膜に襲いかかってきた。それとは対照的に甲高い、ホイッスルの音色が館内の空気を切り裂く。
アリーナではどこかの男子バスケチームが練習をしているようだった。佐藤さんはその様子には目もくれず、アリーナの端を早足で通り抜けて隣の建物への渡り廊下に入る。その向こうのドアの横には、縦書きでこう書かれた看板があった。
体操練習場
佐藤さんがドアを開ける。僕も彼女に続いて中に入る。
そこはアリーナの半分くらいの広さの空間。平均台や吊り輪、平行棒、跳馬などが詰め込まれていたが、それらを使っている人は誰もいなかった。だが、床運動用のマットが敷かれた十五メートル四方くらいの空間に、五人くらいのジャージ姿の女子がいて、思い思いに柔軟運動をやっていた。
「令佳先輩!」
佐藤さんが声を上げると、その中の一人が振り向く。
「ああ、茉奈ちゃん」
言うなり、その人物がこちらに向かって小走りに駆けてくる。
「!」
その姿を見た瞬間、僕は息を飲んだ。
髪を後ろにまとめて縛っているが、間違いない。
それは、僕が一目惚れした、女神さま。
生徒会副会長、佐藤 令佳先輩だった……
「君が
僕を真っ直ぐに見つめながら、あの美しいアルトの声でそう言うと、僕の目の前で女神は魅力的な笑顔を見せた。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます