第2話 鉱山のあった頃(後編)
五郎はこの近くの炭住の跡地を見ていた。炭住はまるで都会の住宅地のように広く立ち並んでいる。だが、朽ち果てて、今にも崩れそうな状況だ。何年も人が住んでないようだ。
そこに、悟がやってきた。日中で、全く列車が来ないので、暇を持て余していた。
「賑わってたんだね」
「そうなんだよ。ここには鉱山の関係者が多く住んでたんだ」
悟は寂しそうにその様子を見ていた。ここに住んでいた人が駅の周辺を歩いていた。でも、閉山で多くの人がこの町を去ると、誰もいなくなった。炭住はここに多くの人が住んでいたことを語っているようだ。
「でも誰も住んでないんだね」
「昔は5000人ぐらいも住んでたんだけどね。海外から安い石炭が手に入るし、エネルギー革命が起こって、鉱山は閉山して、こんなに人が減ってしまったんだ」
五郎は驚いた。こんなにも多くの人が住んでいたとは。まるで都会のようだ。北海道のこんな田舎にこんな都会のような町があったなんて。
「そうなんだ」
「でも、ここにこれだけの人が住んでたって事、いつまでも忘れないでほしいな」
悟は町を去った人々のことを思い出した。彼らはこの町のことを忘れないでいるだろうか。今でも町の人々と仲良くしているだろうか。悟は気がかりになっていた。
「そうだね」
「近々この炭住も取り壊すんだよ。誰かが入って崩れたら大変だもん」
五郎は仕方がないことだと思っていた。でも、賑わっていた町の面影が消えていくのは、自分の家が取り壊されるのはつらいだろうな。これは、致し方ないことなんだろうか。
「取り壊すのは残念だけど、危ないから仕方ないんだね」
「ここにどれぐらいの人の営みがあったんだろう」
五郎がその向こうを見ると、マンションが建っている。そのマンションも誰も住んでいないみたいだ。おそらく高度成長期に建てられたんだろうか。
「マンションもあったんだ」
「これは昭和30年代中ごろに建てられたんだ。でも、その頃から石炭産業は斜陽化し始めたんだよ」
悟はこの建物を見る度に、本当に立ててよかったんだろうかと思ってしまう。もう斜陽化している中でこんなの立ててもほとんど使われずにすぐに使われなくなってしまう。もったいないだろうと思っていた。
「ここにも誰も住んでないの?」
「うん」
悟は寂しそうな表情だった。このころがこの住宅地の最も賑わっていた頃だった。まるで東京の住宅団地のようで、多くの子供たちの歓声であふれていた。あの時が懐かしいな。
「なんだかもったいないね。何年でいなくなったの?」
「昭和45年だよ」
五郎は驚いた。こんなにすぐにいなくなってしまうとは。鉱山が閉山になるだけでこんなことになるとは。この町がいかに鉱山によって成り立っていたかがわかる。
「たった10年前後しか使われずに廃墟になったなんて。もったいないね」
「そうだよ。俺もこれはもったいないと思ってるんだ。でも、仕方がないよ」
悟は昔を懐かしんでいた。あの頃に戻りたい。だがもう戻ってこない。やがてこれらは取り壊され、残るのはただっぴろい荒野だけだろう。
見渡していると、草が生い茂った場所を見つけた。そこには所々が赤錆びたブランコやジャングルジム、鉄棒がある。どうやらここは公園だったようだ。どれぐらいの子供たちが遊んだんだろう。その子供たちは今どこでどんな生活をしているんだろう。
「ここは?」
「公園だよ」
悟は寂しそうな表情だ。子供の頃、華子とここで遊んだ。その頃はブランコ等は赤錆びておらず、草が生い茂っていなかった。整備が行き届いていた。
「こんなに草が生い茂ってるなんて」
五郎は衝撃を受けた。東京の公園とは全く違う。誰もいなくなると公園ってこうなってしまうんだ。
「子どもがいなくなって、誰もいなくなるとこうなるんだよ。多くの子供たちがこの公園で遊んだんだ。今は雑草が生い茂っているけど」
「全然感じないけど、誰もいなくなると公園ってこうなっちゃうんだね」
五郎は信じられなかった。誰もいなくなると公園ってこうなるなんて。東京は整備が行き届いていいけど、整備が行き届いていないとこんなことになるなんて。
「そうなんだよ」
そこに、老婆がやってきた。その老婆の夫は鉱山の従業員で、去年亡くなった。現在は神威別に1人で住んでいて、今日は久々にここにやってきた。
「どうしたの? 坊や」
「家を見に来たんだ」
「ここ、寂れてるでしょ?」
老婆は寂しそうな表情だ。夫と過ごした家が朽ち果てていくのが残念でしょうがない。神威別の家よりも、やっぱりこの住み慣れた家がいいな。
「うん」
「ここは鉱山で働いていた人の建物なんだよ。今はもう閉山して、ほとんど住んでる人はいないけど」
老婆は鉱山で働いていた夫との日々を思い出していた。子どもたちと肩を寄せ合って生活した。小さかったけど、一家団欒で温かかった。でも、子どもたちはみんなこの町を離れた。閉山する頃にはみんな町を出ていた。
「おばあちゃんは、ここに残ってるんですか?」
「いや、今は神威別に住んでるんだよ」
老婆は悲しそうな表情だ。今住んでいる家よりも、ここの方がいい。住み慣れているからだ。
「そうなんですね」
「でも、もうすぐ取り壊すんだって。老朽化だよ」
「残念ですね」
五郎は老婆の気持ちがわかった。生まれ育った町を離れるのは自分も寂しい。でも、いつか自分も経験するかもしれないことだ。それはいつになるんだろう。まだわからない。
「でも、そろそろ息子夫婦のいる札幌に引っ越すんだよ」
老婆は長男夫婦の住む札幌に引っ越そうと考えていた。去年、夫を亡くし、孤独を感じていた。誰かの温もりを求めて、息子夫婦に居候することにした。
「神威別を離れるの寂しいの?」
「うん」
老婆は残念だった。夫と最後の時を過ごした思い出の場所だからだ。夫が亡くなり、そして炭住も解体されようとしている。まるで自分の心に隙間が空きそうだ。
五郎は心配そうな表情で老婆を見ていた。この町が炭鉱で栄えた記憶が徐々に消えていくことがどんなに辛いことか。そのことも自由研究に書き留めないと。
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