第144話 高度な精神攻撃
「なんていうか……彼、私に似ていないかな?」
「え?」
休日。
遊びに来たリリアとサロンでお茶をしながら、私は頭を抱えていた。
「ヨウの話。こう、君のことを落とそうとしている時の私、彼ほどではないけど、なんというか延長線上にいるというか、大枠のジャンルは同じというか……あんな感じじゃなかった?」
「あー……いや、えーと」
私の問いかけに、リリアが口ごもる。
そう。言っては何だがちょっと、方向性が被っているのである。
私自身、リリアに限らず女性に対しては、甘い言葉や芝居がかった態度を取っている自覚がある。
私がナンパ系なのに対して彼は一途系――いや、そんな系があるのかは知らないが――という違いはあれど、これと決めた対象に必要以上のスキンシップを計ったり優しくしたり褒めそやしたり、その辺りは共通している。
「ごめん、やられる側がこんなに面倒くさく感じるとは思っていなかったんだ。そこそこ地獄だな、これは」
「い、いえ! わたしは、その、エリ様のこと好きなので、むしろご褒美というか、天国でしたけど」
リリアはそう言ってくれるが、たまたま彼女が良い方向に捉えたと言うだけで本質は変わらない。陳謝するばかりである。
最近それに気づいてからというもの、ヨウを見るたび共感性羞恥で胸が痛い。
もしかしてこれ、私を狙った高度な精神攻撃なんじゃないだろうか? だとしたらなかなか成功している。
「この前なんて訓練場にまで押しかけて来た。ぶちのめせたのはまぁ、ストレスの解消にはなったけど」
「いいなぁ、わたしもまだ行ったことないのに」
「……リリアは来なくていいよ」
唇を尖らせるリリアに、一瞬考えてからそう返事をした。途端にリリアの表情がますます不満げなものになる。
「どうしてですか~!?」
「いや、来てもいいけど。私ちょっと事情があって鬼軍曹をやっているから、きっとびっくりするぞ」
「そ、それは……どんな事情で……?」
「話すと長い」
説明が面倒なので、適当にお茶を濁しておいた。
鬼軍曹姿を見て幻滅してくれるならいくらでも見に来てくれていいのだが、どうなのだろう。
塩対応にもめげてくれないので、だいぶあばたもえくぼ状態になっている気がする。
「エリ様は、訓練場で特訓して強くなったんですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな。訓練場には最初から教官として通っているけど、他の教官たちにいろいろと教わって強くなったのは事実だし」
「もとから強かったんですねぇ」
「どうだろう。鍛錬の成果だとは思うけど……でも、才能はあったんじゃないかな。原作そのままのエリザベス・バートンだったら、一生知ることはなかった才能かもしれないね」
ゲームのエリザベス・バートンはごく普通の――と言えるほどゲームに出てきていないので、詳しいことは分からないが――少なくとも今の私よりは模範的な公爵令嬢だったはずだ。
もしかしたら護身術の授業でいい評価を得ていたかもしれないが、その程度だろう。
「あの、わたし思ったんですけど」
「何かな?」
「エリ様って本当は、『忍ブレド』に転生するはずだったんじゃないでしょうか?」
「え?」
「だから、エリ様が一番好きだった乙女ゲーの、『忍ブレド、恋モヨウ』ですよ」
リリアが繰り返す。そういえば、「忍ブレド」はCER○Cだったな、とふと思い出した。
「あれ、主人公もくノ一設定で強かったじゃないですか」
「そうだけど」
「エリ様、この世界に似つかわしくないくらい強いじゃないですか」
「それは、私がというか、エリザベス・バートンの体がたまたま……」
「本当にそうでしょうか?」
私の言葉を遮って、彼女が疑問を呈する。
人差し指を顎に当てながら、小首を傾げた。さらりと紅の髪が肩に落ちる。
仕草のひとつひとつまであざとく見えるほど、可愛らしい。
「前世で何かの本で読んだんです。人間は普段、本来肉体が出せるはずの20%とかしか使えてないって。身体を壊さないようにリミッターがかかっているって」
「ああ、火事場の馬鹿力的な話だろ? いざってときはリミッターが外れて、普段以上の力が出るっていう」
「そうです。そのリミッターって、肉体的な話じゃなくて、精神的な話なんじゃないかと」
「どうなんだろう。そういう面もあるのかな?」
「だからエリ様はきっと、そのリミッターが最初から外れた状態で、この世界に転生したんじゃないかと」
急に話が飛躍したように感じる。
そもそも精神と魂が同じなのか、とか、記憶と魂の関係はどうなのか、とか。そのあたりの議論や定義づけがすっ飛んでいるからだろう。
いや、知らんけど。
仮に説明されたところで、理解できるとも思っていないけれど。
「リミッターが外れてるとしたら、私の肉体が壊れてないとおかしいじゃないか」
「エリ様は、まず強靭な肉体づくりから始めちゃったんじゃないですか?」
「…………」
言われてみれば、辻褄が合うような気もする。
「強靭な肉体」の心当たりもなくはない。
だが、神様なるものがそんな、うっかり転生先の世界を間違えるようなことをするだろうか。神様だぞ?
神である以上、もうちょっと威厳のある、全知全能的な存在でいてほしいと思ってしまう。
うっかりものの神様が作っている世界は、生きていくのに少々不安が多すぎる。
そういったある種チート的なものではなく……単に私自身の努力と才能の成果であると思っておいた方が、まだ精神衛生上救いがある気がした。
「……まぁ、もし仮に、万が一そうだったとして。つまりこの世界の神様は、うっかり転生させたイレギュラーな存在であるところの私に、うっかりこの世界の筋書きを変えられてしまったことになるわけで。そうなると、私から言えることは1つだけだね」
「何ですか?」
リリアに向かって、私はにやりと口角を上げて見せる。
「『ざまぁみろ、乙女ゲーム』、だ」
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