こえていく

永瀬鞠

 


「さっきはごめん」

「何が?」

「女のコといいところなの邪魔して」

 そう言うと目の前の男は「はあーっ」と盛大なため息をつきながらその場に座りこんだ。

「おまえ何にもわかってない」

「なにが?」

「何にもわかってない」

「だから何が?ってきいてるでしょ」

 起き上がる気配も顔を上げる気配もないから、わたしもその場に座りこんでみた。いつもはずっと高い位置にある真山の栗色の髪の毛が目線のすぐ近くにあって新鮮だな、と思う。

 うっすらと雪が積もる大学内の広場の隅で座りこんだまま動かないわたしたちを、通りすがりの一人が不思議そうに視線を寄こしながら歩き去っていった。休日だから人はまばらで、音も少ない。とても静かだ。

「いいところじゃなかったの?」

「じゃない」

「だれ?」

「サークルの先輩」

「ふうん」

 お互いのつま先が向き合っていて、体も向き合っていて、だけど男の頭は自身の腕に半分埋もれながら下を向きつづけていて、わたしの目は目の前にある男の栗色の頭を眺めつづけている。

 かかわりあうようになってから半年以上が経つのにいまだに何を考えているのかわからない男。いつも無気力で、淡々としていて、だけどたまに感情をあらわにしては一人で持て余している。大人で子どもな真山。

「ねえ、真山」

「なに」

「雪降ってきたよ」

「ああそう」

「寒いよ。帰ろうよ」

 そう言うと真山はようやく顔を上げてわたしを見た。いつもの無表情で、でもなにか言いたげな顔でわたしを見るから首をかしげると、また「はあー」とため息をつきながら立ち上がった。

 それを見届けてからわたしもよっこらせと立ち上がる。無表情でわたしを見下ろした真山はおもむろにその長い腕を伸ばしてわたしの手をとった。

「つめてぇ」

「真山の手も冷たいよ」

「なんで手袋してねーの」

「家に忘れてきた」

 言葉を交わしている間も真山はわたしの手を離さずに握ったり指先で遊んだりをくりかえす。そのうちわたしの手を掴んだまま歩き始めた。つながった手に導かれるままその後を追う。

 広い背中。長い足をしているくせに真山はわたしと同じ歩幅で歩く。ときどき振り返ってはわたしの足元を気にして、自分の手も冷えているくせに冷たいわたしの手を包むように握る。

「ぶふっ」

「なに笑ってんの?」

「真山だなあって思って」

「はあ?」

 振り返った真山は意味不明と言いたげな表情をする。

 何を考えているのかはわからなくても、にじみ出ているものもある。透けて見えることもある。自分の感情も、そうだ。

 ときどき心を隠して、ときどき心を隠せないで、オトナでコドモなわたしたち。

「ねえ、真山」

「なに」

「好きだよ」

 真山の足が止まる。呆気にとられたように固まる男の顔を見て、笑ってやった。


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