7歳、弟と仲良くなりました

この世界を存分に楽しもう! と決めてからの行動は早かった。


まずやる事は……っと。


この世界の事も知りたいけど、住んでいるお屋敷の事も知らなくては……。

そう思った私はサラにお屋敷の中を案内してもらい、働いている人を紹介してもらった。

“記憶喪失”という事になっているから(まぁ、ある意味当たっているけど)、何でも聞きやすいのは助かった。


両親には魔法、特に私が使える可能性がある《水の魔法》について、勉強がしたいと伝えた。

さすがに昨日の今日だったので、両親は驚いていたけど、家庭教師を探してくれると言ってくれた。

会話をしていて思ったけど、物腰の柔らかい優しい両親のようだ。


それから、弟の“エレ”を紹介された。

エレの第一印象は、天使のような可愛さ。

姉弟で、こんなに差が生まれるのはどうしてだろう? と疑問に思うくらいの可愛さだ。

お父様の説明だと「エレは引っ込み思案なので、アリアに限らず、他の人ともあまり話さないんだ」と言っていた。

実際に初めて話した時「エレです」と一言だけ言って終わった。


「エレ、よろしくね。お父様とお母様から聞いてるかもしれないけど、記憶がなくなっていて、何も分からないの。色々と教えてね」


エレはうなずいた後、すぐにその場を去ろうとしたので、私はエレの腕をガッと掴んで引き止めた。


私は元々一人っ子だったという事もあり、天使のように可愛い弟と仲良くなって、存分に可愛いがりたい! という強い思いが、行動に出てしまった……。

とっさに腕を掴んでしまったけど……どうしよう。



うーん、そうだ!


「エレ、ちょっとお話をしましょう」


エレは驚いた顔をしていたが、黙ってうなずいた。

とりあえず、嫌な顔をされなくて良かった。



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2人で庭を散歩しながら、いろいろと話をした。

……といっても、私が一方的に「普段はどんな事をしているの?」、「好きな食べ物は?」など、質問攻めをしただけだったけど……。


エレは魔法の勉強はしているのかな?

もしまだ勉強をしていないなら、一緒に勉強するのもいいかもしれない。


「来週から魔法、主に《水の魔法》の勉強をするんだけど、エレも一緒に勉強する?」


エレはしばらく黙ってから答えた。


「僕は《水の魔法》は使えないので……」


そうなんだ。

《水の魔法》が使える家系でも、エレみたく使えない人もいるんだ。

私も魔法が使えない可能性があるのかな?

魔法を使うのを楽しみにしていたから、使えなかったら残念だな。


──だけど


「魔法が使えなかったとしても勉強するだけでも面白いと思うよ。もし勉強がしたくなったら一緒に頑張りましょう」


お姉さんらしく(私の勝手なお姉さんのイメージだけど)微笑んでみた。


エレは少し驚いた顔で、私に初めて質問をした。


「僕が《水の魔法》を使えないのは気にならないのですか?」


気にならなきゃいけない事なのかな……?

それすら、魔法が使えない世界にいた私には分からない。


「えーと、うん、特に気にならないかな。(私の世界は魔法自体ないから)使えたって、使えなくたって、特に変わる事はないかな」


エレは驚いた顔から、一変、さぐるような顔つきになった。


「本当に? 例えば、僕が水以外の魔法を使えたとしても?」


水以外の魔法が使える?

魔法が使えないわけではない??


魔法を使える事自体、すごいと思うけど……。

この世界では普通の事なのか、普通ではない事なのかすら分からない。

何が正しいのか分からないなら、ここは自分の正直な気持ちを伝えよう。


「魔法を使える事自体すごいじゃない」


エレはまた少し驚いた顔をしたが「そうですか」と初めてほんの少しだけ笑った(ような気がする)。


それからというもの、私は毎日のようにエレを誘い、庭を歩いて何気ない会話をしたり、一緒に遊んだりした。

いつの間にか、私に対してエレの敬語がとれるくらいまで打ち解けていた。


「お父様、僕もアリアと一緒に勉強がしたいです」


初めてエレからお父様に話しかけた日、お父様とお母様は感動のあまり“お姉様”ではなく“アリア”と呼び捨てだった事を気にもしていなかった。


ちなみに“お姉様”呼びにあこがれていた私は『お姉様じゃないのかーい!』って、思ったよね。

ちょっと楽しみにしていたんだけどな。



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“アリア”になって3ヶ月ほど経ったある日、お父様に呼ばれた。


「そろそろアリアが今の生活に慣れてきたようだから、エレについて話をしようと思う」


エレについて話す?

私と違って、顔も中身も天使のように可愛い理由かな??


のん気にそんな事を思っていると、お父様はエレの生い立ちについて話し始めた。


縁があって、エレを養子に迎えたこと

エレは《水の魔法》ではなく《闇の魔法》が使えるということ


お父様は子供の私でも分かるように丁寧に説明をしてくれた。


どんな経緯でエレを養子にしたんだろう?

私がまだ7歳だから、細かい説明をしなかったのかもしれないな。

精神的には大学生だから、話してくれても構わないんだけど……。


聞きたいと思ったけど……その答えを聞いたとしても、私とエレの付き合い方は今後も変わらないような?

うん、変わらない! 何も変わらないなら、聞かなくていいのかもしれない。


お父様は最後に自分の気持ちを伝えてくれた。


「私はね、アリアと同じくらいエレが可愛いんだ。だから、今の話を聞いてもエレとは変わらずに接して欲しい。アリアに話すかどうか迷ったけど、今のアリアを見ていると話しても大丈夫な気がしてね。それで他の人から“エレの事”を聞くよりは、私の口から話そうと思ったんだよ」


……そっか。

だから前にエレは「《水の魔法》が使えない。他の魔法が使えたらどうする?」って私に聞いたんだ。


……と言う事は、エレは自分が養子だって事を知っているんだ!

養子だから《水の魔法》が使えない事を気にしていたのかな。そうだとすると、私は「エレが養子だって何も変わらないよ」って伝えたい!


よし! そうと決まれば──


「お父様! これからエレと散歩をする約束をしているので、これで失礼しますね!」


私は急いで部屋を出ようとした。


お父様は『えっ! それだけ??』と言わんばかりの驚いた顔をしていた。

……というか「えっ!」の部分は口にも出していた。


「驚きましたけど、私にとっては知っていたとしても、知らなかったとしても、エレはエレですから。私の可愛い弟に変わりはないです!」


お父様は「そうか」と安堵の笑みを浮かべた。



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お父様から話を聞いた後、エレと庭を歩きながら、いつも通りのたわいもない話をした。


本当は「エレが養子だって何も変わらないよ」って、すぐに伝えるつもりだったけど、エレが“今日のお父様と私のやり取り”を知らない可能性もある。

知らないとしたら、わざわざ伝えるのも変かな? という迷いがあり、言うタイミングをすっかり逃していた。


それに気のせいじゃなければ、エレがいつもより暗いような……?


「エレ、何かあった?」

「……今日、お父様から聞いたよね?」


エレは不安げな表情で私に聞いた。


聞いたよね? って多分、養子の事だよね。

私はゆっくりと頷いた。


「養子だって聞いて驚いたけど……エレが私の可愛い弟だって事は何も変わらないよ!」


やっと、伝えられた!


……あれ? 反応がない。

エレの表情を見ると驚いた顔をしている。

なんでだろう? と思っていたら、再び、不安げな表情に変わった。


「ありがとう。その、魔法の事も聞いたよね?」


魔法? 魔法ね、魔法……


「あぁ、《闇の魔法》が使えるって事ね。聞いた、聞いた。私もまだ魔法が使えないのに、エレはもう魔法が使えるなんてすごいね!」


思った事をそのまま伝えたら、エレがぽかんとしている。


「《闇の魔法》はあまりいい事を言われていないから……アリアは怖くない?」


なるほど。私が怖がっていると思ってるんだ。


《闇の魔法》について勉強をした時、人の妬みや嫉みといった“負の心”を操れるって習ったな。

“負の心”を操る魔法は《禁断の魔法》だから使う人はいないとも家庭教師の先生は言っていた。


《闇の魔法》は他の魔法に比べて、いいイメージの魔法は少なかったような気がする。

……それでも先生から《闇の魔法》を習った時、なぜか怖くなかったんだよなぁ。


どちらかというと──


「《闇の魔法》は安らぎをもたらしてくれる魔法があるって、先生が話してたじゃない?なんてステキな魔法なんだろうって思ったから、怖くはなかったかな。エレが言った“いい事を言われていない魔法”は、《闇の魔法》に限らず、他の魔法もそうだと思うの。他の魔法だって使い方次第、いえ、使う人次第では怖い魔法だと思うの。私はエレが優しい子だって知っているから、怖い魔法だとは思わないわ」


「初めてそんな事、言われた」


エレは少し涙ぐんだが、涙を見られたくなかったのか、私にぎゅっと抱きついた。


私はエレの頭をなでると、照れ臭そうに初めて見せる笑顔で私の顔を見た。

今まで少しずつ仲良くなってきてたけど、エレが本当の意味で心を開いてくれた瞬間だった。



「僕、アリアと……ずっと一緒にいたいな」


アリアには聞こえない小さい声でエレはつぶやいた。

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