第39話 女子と男子の違い

 渡辺先生の「ハニートラップ作戦」が成功して、ひとまず相手の情報を引き出すことには成功したが、まだ俺には心配事が残っていた。

 というより、払拭ふっしょくできずにいた。


 そのため、さらに翌日の放課後の部活前。

「今日は伊東に任せていいか?」

 そう告げて、俺はさっさと第二グラウンドを後にしていた。


「先生、最近、全然練習見てくれないんですね」

「カントクー。私たちを見捨てるつもり?」

 伊東や羽生田から、非難の声が上がり、それを背に受けていながらも、俺は、


「そんなことはない。だが、今日はとにかく任せる」

 とだけ告げて、さっさとメインのグラウンドに向かった。


 そこでは、ちょうど我が校の男子硬式野球部が練習をしていた。

 メンバーは、たったの15名。

 元々、部活動が盛んではなく、強豪校でもない我が校の男子野球部は、はっきり言って弱い。今年の夏の県予選でも、かろうじて1回戦は突破したものの、2回戦に3-14でコールド負けしていた。


 そのため、本来ならば彼らの情報は、役に立たないかもしれない。

 だが、俺は一縷いちるの望みを託すように、彼らに近づいた。


 しばらくは遠巻きに眺めていた。練習の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。

 遠目に見ていても、お世辞にも「上手い」野球ではなかった。どちらかというと、仲間内で「楽しんで」いる野球に近い。


 強豪校のような、激しいレギュラー争いがないから、ある意味、仕方がないのかもしれないが。


「お疲れ」

 丁度、練習が一段落した頃合いを見計らって、ベンチ前にいる彼らに声をかけると、


「森先生。お疲れ様です!」

「森監督。お疲れっす!」


 それでも、気のいい連中なのか、笑顔で元気のいい声を出して迎えてくれた。


「聞きましたよ。女子野球部が、秩父第一の連中と、廃校を賭けて戦うそうですね」

 そう声をかけてきた男子生徒の顔は、見覚えがあった。

 確か、練習試合や夏の甲子園の予選でもいつも見にきてくれた男子硬式野球部員の一人だったと記憶している。


 特徴的ないがぐり頭、というか完全な坊主頭に見覚えがあり、身長は175センチくらい。

「ああ」

「がんばって下さい。俺らも同じ高校の仲間として、応援してますので」

 ベンチに腰かけて、改めて対面で彼らと話をする。


 実際、こういうのは、男同士の方が話がしやすいのだ。女子部員には悪いが。

 その特徴的ないがぐり頭の生徒は、安部智和あべともかずと名乗った。彼は2年生で、主将だという。


 それに加えて、

「2年、センターの広橋達央ひろはしたつひさっす!」

 スポーツ刈りが特徴的な、165センチくらいの元気のいい生徒が応じる。明るい表情を浮かべる生徒で、性格的にはウチの羽生田に似ているかもしれない。


「1年、ピッチャーの松沼潤まつぬまじゅんです」

 五分刈り頭の、目が細い、身長170センチくらいの細身の生徒が静かに口を開く。


 この3人が主に話を聞いてくれることになった。


 そこで、尋ねたのがこの議題だ。

「野球で女子が男子に勝つにはどうしたらいい?」


 考え込む3人。彼らは、決して野球部としては「強く」はないが、それでも真剣に野球をやっていた。

 その「野球が好き」という気持ちに賭けてみたのだ。


 すると、面白い回答が彼らから聞こえてきた。

「女子が男子にってことは、要するに非力な奴が強力な奴に勝つってことですよね? それならまともにやり合っても勝ち目はありません」

 主将の安部だった。

 その意見には、俺も賛同するが、かと言って、ではどうすればいいのか、という具体案がない。


 すると、

「女子が140キロを超える球に当てるのは、無理じゃないっすか?」

 元気のいい、広橋という生徒だった。


「だよなあ。だから困ってるんだ」

「ですから、『振らなければ』いいんじゃないっすか?」

 一瞬、何を言っているのか、と思っていたが。


「つまり、野球ってのは、結局、塁に出て、ランナーを還せば点になるわけっすよね。なら、四球でもバントでも塁に出てしまえばいいわけっす」

 なるほど。一理あると思った。


 どうせ当てることすら難しいなら、最初から無理に振らなければいい。

 だが、それでは常に四球狙いか、バントをしなければならない。

 理論的には正しいが、現実的には難しそうだ。


 それでも、「参考意見」としては、非常に面白いと思った。

 それに、塁に出れば、盗塁やエンドラン、バントと選択肢は増えるし、得点のチャンスはある。


「じゃあ、投球はどうすればいいと思う?」

 男子のスイングスピードは、もちろん女子に比べてパワーがあるから、速い。


 潮崎の遅い球など簡単に打たれそうにも見える。

 だが、

「そっちはあまり心配ないんじゃないですか」

 今度は、五分刈りの松沼という1年生だった。


「なんでだ?」

「だって、男子は常に120~140キロくらいの球を打ってるわけですよ。潮崎さんの球は遅いので、逆に男子はタイミング取りづらくなると思いますよ」

 これもまた貴重な意見だった。

 一見すると、不利に見える部分が、有利になる、というのは面白い意見だ。

 それに加えて、潮崎には鋭い変化球がある。


「それに彼女、コントロールが抜群にいいじゃないですか。低めに投げて、打たせて取るピッチングをすれば、そうそう打たれないような気がします」

 主将の安部も同調していた。


「ありがとう。参考になったよ」

 礼を言って、ベンチから立ち上がろうとすると、


「にしても、笘篠さん、可愛いっすよねえ」

 不意に広橋が明るい声を上げていた。


「先輩は、笘篠さん、好きですね。僕はああいうタイプはダメです。むしろ吉竹さんがいい」

 松沼だった。


 早速、二人でどこが可愛い、可愛くないと盛り上がっていた。

 こういうのは、いつの時代も、男子生徒は変わらない。ある意味、こういうのが「青春」っぽいとも思う。俺はもうはるか前に思える、懐かしい高校時代を思い出して、ほくそ笑んでいた。


 同時に、

こくるのは、試合の後にしてくれよ。彼女たちのメンタルに関わるからな」

 と、一応は釘を刺しておいたが。


「わかりましたっす!」

「告白なんてしませんよ」

 それぞれ、広橋と松沼が対照的な声を上げていた。


 本気で告白して付き合いたいと思っているのか、わからなかったが、やはり男子の目から見ても、笘篠と吉竹は、共に可愛いと綺麗の二大巨頭に入るようだった。


 俺の目から見ても、笘篠はそこらのアイドルみたいに可愛いと感じることもあるし、一方で吉竹はどちらかというと、女優のように綺麗に見える。将来的に女優になったら売れるかもしれない。


 ともかく、これで対策としては、だいぶ固まってきた。



 残りの数日は、部員たちに、渡辺先生から得てきた情報を元に対策を練り、同時に145キロの球をどう攻略するか、対策会議を何度も重ね、実際にバッティングセンターや、男子野球部が使っている、速いスピードの出るバッティングマシーンを借りてきて、イメージトレーニングを重ねた。


 さらに、「守備」に関しては、男子の打つ速い打球に対応できるようになるため、男子硬式野球部員に、ノックを手伝ってもらったり、実際に男子との対決を想定して、彼らと練習試合をさせて、経験を積ませた。


 廃校阻止に向けて、あらゆる対策を講じて、徹底的に準備をする。


 試合が迫る中、最後に、俺は彼女たちには内緒で、とある筋に「応援」を頼むというメールを送っていた。


 それは、少しでも彼女たちの助けになればいいと思ってのことだった。


 そして、いよいよ「運命」を決める試合が始まる。

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