第24話 ホームランの秘訣
「ありがとうございました!」
整列するナイン。
試合終了のサイレンが鳴る中、浦山学院の3年生ナインの何人かが泣いていた。
特に3年生のレギュラー、西村が悔し涙を浮かべているのが印象的だった。
誰かが笑う裏には、誰かが泣いている。それが高校野球。トーナメントとは実に残酷なシステムで、3年生の夏がこれで終わってしまう。
試合後、相手ベンチに挨拶に行くと。
「さすがですね。私が見込んだチームだけのことはあります」
村上監督がそんなことを言って、笑顔で迎えてくれたが、浦山学院のナインの何人かがやはりまだ泣いていた。
「いえ、たまたまです。さすがに
謙遜ではなく、素直にそう思った。
グラウンドの端では、選手たちが互いを健闘し合うようにして、声をかけており、潮崎が阿波野と会話をしていた。
「潮崎さん。悔しいですけど、いい試合でした。今回は私の負けですが、次は負けません」
「私もです。阿波野さん、ありがとうございます」
固い握手を交わし、健闘を称え合っていた。
なんだかんだで、阿波野は初めて外部の人間で、潮崎を認めていた選手だ。
礼儀正しい彼女は、潮崎のことを買っているのかもしれないし、潮崎もまた阿波野のことを尊敬しているように見えた。
それを横目に見ていると、
「阿波野も大島もまだ2年。また戦うこともあるでしょう」
村上監督に声をかけられた。
「がんばって下さい」
最後に、背中を押されるように彼女の励ましを受けた俺。
2回戦を無事に突破し、次の戦いへ向かうことになる。
だが、その前にどうしても聞いておきたくて、試合終了後に、石毛だけを個人的に呼び出した。
「なんだよ、カントク。石毛ちゃんに告白か?」
「女子高生に手、出しちゃダメだよ。捕まるよー」
「ちょっと先生! 一体、何をする気ですか?」
すでに勝利の余韻に浸って、気持ちが浮きまくっている、ナインがそう冷かしてくるのも構わずに、球場の外の自販機前に呼びだして、二人きりになった。
その石毛に飲み物のお茶を買ってやり、近くにあったベンチに座る。
「それで、お話とは?」
そのお茶を口に含んでから、彼女が目を向ける。
「ナイスバッティングだった」
と褒めてから、
「打席に立つ前に、辻に声をかけていたな。何を聞いていた?」
聞きたいことはたくさんあったが、まずはそれを聞いていた。
すると、石毛は思い出すようにして、
「阿波野さんのボールのスピードについてです」
と答えを返してきた。
「ボールのスピード?」
「ええ。普段打っているバッティングマシーンを100とした場合、どれくらいになるかを知りたかったのです」
「それで、わかったのか?」
「ええ」
辻に聞いたのは、彼女が経験者で、野球に詳しくて、ある程度ボールのスピードを理解していたからだろう。
「大体90くらいでした。そこから、剣道の間合いを生かして、面打ちをスイングに生かしました」
石毛曰く。剣道とは「間合い」のスポーツであるとのこと。相手との間合いを計り、それでリーチを捉えることで勝負をする。
この場合、マウンドからホームベースまでの距離が約18.44メートル。剣道で使う単位の古来の日本の距離単位「
そこから時間距離を算出し、タイミングを合わせる。
さらに、剣道の「面打ち」が生きたというのは、右打者ならスイングした時に右肩をやや下げる。
剣道の「面」の動きをすると、バットが可能な限り、最短距離を通過して、インパクトの瞬間を捉えることが出来るのだという。
そして、ボールをアッパースイングで、つまり下から上に捉えることができたため、それがホームランに繋がったという理屈だった。
(なるほど。理に
俺がそう思ったのは、理由があり、ボールを「点」ではなく「線」で捉えるようにするには、実はこのアッパースイングの方がいい。
マウンドから投げられたボールは、重力によって地面に近づきながら打者に近づくが、ボールを下から捉えることで、このボールを「線」として捕らえ、バットがボールに当たる確率を高くすることになる。
いつだったか、そんなことを聞いたことがあったことを思い出していた。
「そうか。とにかくすごいホームランだった。おめでとう」
そう声をかけると、彼女は照れ臭そうに笑いながらも、
「ありがとうございます。芯に当たったのは、まぐれに近いですけどね。ただ、タイミングは完璧でした」
自負するように言い放っていた。
こうして、公式戦初のヒットを、勝ち越しサヨナラホームランという衝撃的デビューで飾った石毛。
もし、彼女の「理論」が正しくて、それをこれからの実戦で生かせるなら、もしかすると清原以上のホームランバッターになれるかもしれない。そういう「期待」は持てる選手だった。
次からは、石毛の打順を上げてみよう、と俺は思うのであった。
次の3回戦は、運良く無名校とも言える、
だが。
埼玉県大会の様子を、ネット配信で見ていた、ナインから驚きの声が上がっていた。
「何、こいつのスイング。えげつねー!」
笘篠がいつもにも増して、男っぽい声を上げていた。
それは、3回戦の様子であり、
見たところ、浦山学院の4番、あの大島にも勝るとも劣らないような、強烈なスイングでホームランを打っているシーンが見えた。
「それにこのピッチャーの
お嬢様の吉竹が声を上げる。
それもまた、花崎実業の2年生のエースピッチャーで、今井という選手だった。
シュートとシンカーを中心に投球を組む、技巧派で、次々に相手選手をゴロに打ち取っていた。
「そうかなあ? すごいけど、潮崎ちゃんのシンカーほどじゃないじゃん」
羽生田が相変わらずの明るい声で、足を組みながら画面を見つめていた。
「いやー。それほどでも」
潮崎はいつものように、明るい表情のまま、照れていた。
花崎実業高校。埼玉県
男子野球部はこの年の春の選抜甲子園に出場して、2回戦まで進んでおり、女子野球部は去年の夏の甲子園の埼玉県予選では決勝まで進んでいる。
しかも、その高校が次の対戦相手に決まる。
花崎実業は、対戦相手を6-0で破って4回戦に進出。
まさに「強敵」が立ち塞がる。
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