第16話 宣告

「ふむ。やはり長丁場はまだ無理か」


 うじゃうじゃと湧いてくる悪魔共を魔力で適当に焼き払いながら、戦闘時における肉体の活動具合を確認する。……正直に言えばあまりよろしくはない。いや、無論ルドの肉体に文句があるわけではない。そもそも俺の魂を受け入れられることができるだけでも十分に規格外なのだ。ただ戦闘行為をするにはまだまだ慣らしが足りない。今はそんな状態だ。


「まぁ、悪魔如きを屠るのにこの程度のハンデ、何の支障もないがな。降り注げ裁きの雷『天雷』」


 島全体を覆う魔法陣を上空に展開。そこから降り注ぐ雷が地上にいる悪魔共を打ち払っていく。胸がすく思いだ。邪悪なる者達が滅びていく光景というのは。悪魔共が右往左往しながら何も出来ずに消え去るのを気分よく眺めていると、悪魔共は小癪なことに土地の力を使った大規模防御魔術を展開して、降り注ぐ雷を防いで見せた。


「ふん。我先にと相手をなぶろうと襲いかかり、相手が強いと分かると団結か。人間とは似て非なるもの。お前達のそういうところが虫唾が走るほどに忌々しいぞ。故に潰れろ、虫けらの如く。降り注げよ流星『天墜』」


 いくつもの魔法陣を宙に展開。光を放つそれが巨大な隕石を作り出しては、雷と共に落ちて悪魔共の結界に穴を開けた。


「この世全ての不浄を焼き清めろ『清炎』」


 空いた穴に炎を放つ。悪魔共はよく燃えてくれたが、その際に魔法陣の展開を一つミスった。魔力を通すのが魔法陣の展開よりコンマ数秒早かったのだ。ミスをしたのは『天堕』の魔法陣。途端、他の隕石とは比べ物にならない巨大な隕石が発生した。それは悪魔共の結界を完全に破壊したが、そのまま堕ちれば島を壊しかねないほどの大きさだった。


「チッ。神装召喚『グングニル』」


 召喚した槍を持って自分の生み出した隕石を砕いた。その際に神の槍に触れた右手がジュッと嫌な音を立てた。


「ふん。ルドほどの男の体を不浄と断ずるとは、やはり神装武装は好きにはなれないな」


 強力ではあるが、人も悪魔のように不浄と断ずるこの武器はあまり使う気にならない。ならないがーー


「ルドの脳を介するせいか、魔法陣の展開速度が遅い。もっと俺の力を薄めないと島どころかこの星を傷つけかねないな」


 愛する人間の住う土地を守るためならば好き嫌いは言ってられない。


 通常、魔法陣は魔術を増幅するために用いられる。それは一種の加速装置のようなもので、あらかじめ作り上げておいた術式に魔力を流すことで魔力を増幅、方向性を持った物理運動へと変換してくれる。俺はこの仕組みを利用して俺自身の力を魔法陣の力で極限まで薄めて放つ。そうしないと大陸どころか星そのものに影響を与えるほどの魔術が発動してしまうからだ。愛する者達が住う愛すべき星。だがこの場所は本来の俺からすればいささか小さすぎた。


「……仕方ない。石を使うか。あまりルドの体を改造したくはないのだが」


 虹色に輝く石を宙から取り出す。少しだけ躊躇。止めようかな、とかちょっと思うがこの状況下では我儘を言ってられない。俺は石を飲み込んだ。


「起動しろ、賢者の石」

(イエス、マスター。天に並ぶ者なし。十二の光り輝く明朝。偉大なる我が創造主よ。何なりとご命令を)

「今から俺の肉体の補助を行え。脳にこれ以上の負荷を与えたくない。魔術演算の半分をそちらに任せる。いいな」

(畏まりました。マスター、思想による行動方針の齟齬を防ぐために現代知識の取集の必要ありと判断します。マスターが使用している脳への同期を行ってもよろしいでしょうか?)

「許す。やれ」

(ありがとうございます……現代知識、倫理、マスターの思考との同期を確認。ルド様は自分をひっぱってくれるお姉さん好きのようですが、私もそのように振る舞いましょうか?)

「そうなのか? ふむ。ならシーラよりもベルザ派なのか。これはシーラには言えないことだな」


 異性関係で愛する妻に秘密を持つなんて……人間ぽくてちょっと感動するな。


(マスターが特殊な性癖を発揮しているところ大変恐縮ではありますが、私の推測するところルド様がベルザ様に抱く感情はアイドルに近いものと推測されます。その点シーラ様には一般的な男性が異性に向けるのと同じ感情を感知。私はシーラ派を推します)

「ほう。興味深い推測だな。だがアイドルとはいえ現実の女。実際に付き合えるようになった以上、やはりルドは……ブハッ!?」


 なんだ? 今の衝撃は?


(悪魔の砲撃です。マスター。話し込んでいる隙を突かれて被弾しました)


 そういえば戦闘中だった。愛しい人間の中でも特別なルドのこととなるとどうしても意識が削がれてしまう。しかしこちらが推しについて話している時を狙うとはーー


「悪魔共め、許さん」

(ルド様の趣味嗜好に関する議論はまた後に致しましょう)

「そうだな。まずはこの悪鬼共を地獄に叩き返すか」


 飛んでくる砲弾を魔術防壁で防ぐ。賢者の石を使用しているおかげで体への普段が随分と減った。


(マスター、マスターの力はルド様の肉体には大きすぎます。早急に戦闘行為を終わらせ治療に専念すべきです)

「分かってる。だがその前にやることがある」


 俺は空を穿つような悪魔共の塔を見下ろす。本当は一番最初にこれを壊す予定だったのだが、事情が変わって、まだ傷一つつけてはいない。


(霊脈の吸い上げ。犠牲魔術。風水を使った力のコントロール。他にもいくつもの術式を確認。大型複合魔法陣ですね)

「ああ。すぐに壊したいところだが」

(塔の中に千を超える数の人類を確認。彼らの救出を考えているのですね)


 そう、塔を一眼見た時、そこに囚われている人間達に気が付いた。本当ならすぐに助けるところなのだがーー


(マスター、囚われた者達は皆悪魔により心身に多大なダメージを負っています。果たして救出は彼らにとっての救いとなるのでしょうか?)


 賢者の石の言う通り、囚われた者達が正視に耐えぬ状況なのはすぐに分かった。俺なら彼らを苦しむことなく眠らせてやることが可能だ。可能なのだがーー


「やはり気に食わんな。こんな現実は。対象の時間移動を行う。現在生きている者達を一旦島に連れて来られる前まで戻し、そこで無傷の過去の方をこちらの時間に戻す。それで拷問された現実を、可能性としてはありえたが、存在しなかった未来へと変更する。サポートしろ」

(警告。過去改変は一人でも膨大なエネルギーのパラドックスが生じます。この人数で行えば星が壊れかねない矛盾エネルギーが発生しますが、よろしいのですか?)

「そこは俺が発生するエネルギーの受け手となることで抑える」

(警告。マスターはともかくルド様の肉体はどうあってもそのエネルギーに耐えることができません。その選択肢を選べば肉体は崩壊します。最終確認、ルド・トリスタンの肉体を犠牲に過去改変を行いますか)

「ああ。……と言いたいところだが時期が悪いな」


 他に用がないなら迷う必要はないが、シーラに帰ると言ったし、何よりも悪魔共を地上から殲滅する前に俺が地上から抜ける事態は避けたい。


「どうしたものか……あ。そうだ。神装武装を矛盾するエネルギーの受け皿にしよう。どうだ?」

(計算中。……問題ありません。ただしその場合は矛盾するエネルギーが消費され尽くすまで神装武装の使用が不可能になりますが、よろしいですか)

「それでこれほどの数の人間が助かるのなら安いものだろう。やるぞ」

(了解いたしました。塔にいる全ての人間の時間移動を開始します。三……二……一……〇。対象の時間移動を確認、過去改変、アプローチ試みます。三……二……一……〇。異なる二つの可能性から悪魔に拷問される前の対象を現在へと戻すことに成功。過去改変、成功です。それにともない時空間に歪なエネルギーが発生。確定現実に影響を与える前に神装武装へと収束させます。神装武装『グングニル』ロック。以後使用できません。神装武装『カラドボルグ』ロック。以後使用できません。神装武装『ダヌーシャ』ロック。以後使用できません。神装武装『キルケー』ロック。以後使用できません。時空間、安定。発生した矛盾の処理に成功しました)

「よし、後は塔にいる人間達をどこかに飛ばして……近くの島に多くの人間がいるな。彼らに任せるか」


 そんなわけで全員をあちらこちらに点在している小島へと飛ばした。途端、目眩に襲われた。


「……流石にキツかったか」

(警告。直ちに戦闘行為を中止して回復に専念してください。さもなければ五分と経たないうちにルド様の肉体が崩壊を始めます)

「分かってる。もう遠慮する必要もないことだし、終わらせるか」


 今までで最大の魔法陣を作り出す。そしてそこに魔力を溢さないよう、慎重に注ぎ込んでいく。


「俺が戻ってきた以上、お前達が好きにできる時間は終わりだ。受け取れ悪魔共、滅びの始まり。これはその宣告だ。遍く照らせ『明朝降臨』」


 魔法陣から放たれた光の球が塔を跡形もなく粉砕。直後に爆ぜて中継大陸に建設されている悪魔の建造物をその主人ごとまとめて消し去った。

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