第9話 優先順位
「こんばんわ。いい夜だな」
「お、おう。久しぶりだなボウズ」
ドラゴンが地面に降り立ったので早速愛しの人間達へと挨拶をすれば、全身甲冑を着た男の子が応えてくれた。
「ふむ? ボウズというのは俺のことか?」
「ん? ひょっとして他にも誰かいるのか?」
男は不思議そうな顔で周囲を見回す。その態度から推測するにどうやら俺の知り合いらしい。そういえば何処となく見覚えがある気もする。それにしてもボウズか。
「……悪くないな」
子供扱いされるなど初めての経験だ。初めての奥さんといい、人間とドラゴンとの友情といい、俺がルドになったのはつい先程なのに、この短期間でこんなにも初めてを経験できるなんて驚きだ。
「今日は実にいい日だ」
「わ、私も! 私もいい日だと思う」
ポニーテールの眼鏡っ子姿に戻ったシーラが強く賛同してくれる。流石は俺の奥さん。もはや俺達の心は一つと言ってもいいのではないだろうか。
「愛してるぞシーラ」
「ふぇ!? も、勿論わ、わ、わ、私も愛してるよルド君」
相思相愛な俺達は互いの手を取ると、そっと唇をーー
「あ~、その、なんだ? 盛り上がっているところ悪いんだが、ボウズと嬢ちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだが」
「む? なんだ? ……ひょっとして命令違反の件か?」
人間は細かいルールに結構うるさい所がある。そこが可愛いのだが、妻であるシーラが怒られるのは旦那として出来れば避けたい事態だ。
「ああ……いや、そんなことはこの際どうでもいい。それよりもそのドラゴン、まさかボウズ達が従えたのか?」
「いや、これは俺ではなく、シーラの手柄ーー」
「そうです! ルド君がやりました! 真の力に覚醒したルド君がその圧倒的な力でドラゴンを屈服させたんです。凄く、凄く格好良かったです!」
遠巻きにこちらを見ている人間達から「おおっ」と称賛の声が上がる。
「……マイワイフよ。どうしてそんな嘘を?」
「ワ、ワイフだなんて。エヘ、エヘヘ」
「シーラ?」
「はっ!? ご、ごめんなさい。聞いてる。ちゃんと聞いてるよ? 私がルド君の言葉を聞いてないとか、そんなことありえないから。もしもそんなことがあったら、その時はお詫びとしてこの両耳をルド君にあげるから。だからお願い許して」
「いや、怒ってないからな。それにお前の耳はお前だけのものだ。その美しい顔を大切にしてくれ」
突然湯気が上がる。シーラの顔から。そう錯覚するほど真っ赤になる顔。
「……大丈夫か?」
「う、うん。平気……平気だよ」
「ならいいが。それよりもどうして自分の手柄を俺に?」
「あ、あれは本当に私の手柄じゃないよ。確かにこの子は私のことを認めてくれているけど、こうして命令を聞いてくれるのはルド君が最後に圧倒的な力を見せつけたからだよ。だから大手柄はルド君のものなの」
「そうなのか?」
「GAAA」
どうやらそうらしい。ドラゴンの中ではシーラは対等な友人。俺は仕えるべき主という位置づけのようだ。
「ルド、シーラ、あなた達どうしてそんな所に? そのドラゴンはどうしたの?」
「おいおいおい。姫さんは下がってろよ。まだ状況がはっきりしてねーんだ。何かあったらどうする気だ?」
「ん? あれは……」
大勢の兵士を引き連れてこっちにやってくる赤い服の上に白いコートを着た女性。波打つ金髪の髪と金色の瞳。中々地位の高そうな少女だ。自信に溢れたあの堂々とした立ち振る舞いを見ていると、頭を撫でてあげたくなる。
「ルド君、あの人がベルザ様だよ。私達が住んでいる第七王国の第一王女様なの」
「王女なのか。生で見る初めての王女だな。つまりは初王女。……感動だ」
「わ、私は初めての奥さんだから初奥さんだよ。ど、どう? 感動……するかな?」
「するとも。愛してるぞシーラ」
「ルド君」
俺達は互いの手を取り合うと、そっと唇を重ねた。
「ルド!? シーラ!? 貴方達何をしているの?」
「あっ!? これはその……」
パッ、と離れる。シーラが俺から。そして何故か王女の視線から隠れるように体を丸めた。
「どうした? ひょっとしてあの王女が苦手なのか?」
だとしたら俺はどうするべきか。俺は人間全てを愛しているが、人間はよく身内同士で争って俺を困らせる。この俺を。ふふ。そんな手のかかるところも含めて愛おしい。愛おしいが……しかしさて、困ったぞ。
「二人が仲良くなれるように俺が仲を取り持ってやろうか?」
「そ、そうじゃないよ。ベルザ様はいい人だけど、その、ルド君を婚約者候補に指名しているの。そ、それなのに私が先にルド君と結婚しちゃったから、どんな顔で会えば良いのか分からないよ」
「ふむ。なるほどな」
良かった。仲が悪いわけではなさそうだ。しかし今思い出したが一夫一妻や一夫多妻など人間は配偶者に関しては複雑なところがある。俺としてはせっかくなので多くの人間を愛してみたいが、シーラはその辺りに関してどう考えているのだろうか?
「シーラ、俺があの王女とも結婚すると言ったら嫌か?」
「え? う、ううん。そんなことないよ。私はどんな生活でも平気だけど、ルド君にはできるだけ安定した生活を送って欲しいし。その点ベルザ様は好物件だよ。将来何かあっても食いっぱぐれる可能性が低いもん」
「なるほど」
生存は生物に与えられた命題。優れた知能を持つ種ほど生存戦略に余念がない……とはいえ予想以上に現実的だった。シーラの思考が。人間の男はよく戦場で俺を驚かせてくれるが、女は日常の些細なところで俺を驚かせてくれる。だから好きなのだ。人間が。
「…………でも、ね。えっと、あのね、ベルザ様を奥さんにしても私のこともちゃんと構ってくれないと、その、い、嫌かも」
「その点は心配するな。俺は皆を愛しているがこうして一人の人間として人と向き合う以上、物事における優先順位を持つのは避けられないことだ。これからも俺の奥さんで一番の発言力を持ち、俺が最も優先するのはお前だ、シーラ」
「エヘ、エヘヘ! そ、それは……う、嬉しいよルド君」
俺がシーラの頭を撫でてやればドラゴンが足元で「私は? 私は?」と聞いてくるが、宣言通りシーラを優先してスルーした。
「さて、それではその旨をあの王女にも伝えてくるかな」
「え? でもルド君はまだ婚約者候補であって婚約者じゃないからーー」
移動する。ドラゴンの頭から。軽く動いただけなのだがほとんどの人間は俺の移動に気づけなかったようだ。なんとか反応できたのはーー
「おいおいマジかよ」
後ろで冷や汗を流している全身甲冑の男と、
「貴方、本当にルド様ですか?」
王女を守るように咄嗟に前に出たメイドだけだった。
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