最強の魔王である俺が全力で世界を守ってたのに勘違いした部下に殺されので三百年後の虐められっ子と融合することになった

名無しの夜

第1話 魂渡り

「実に愚かなことをしたな」


 胸に魔剣が突き刺さっている。心臓を貫かれたくらい本来の俺であれば蚊に刺されたようなものだが、魔界の穴を封じるのに九割近い魔力を使っている上に、俺が結構本気で作った対悪魔用兵器を使われたらお手上げだ。


「一応聞いておこうか。何故こんな馬鹿なマネをした?」


 玉座で串刺しになってる俺の前に立つ四人。魔王軍最高幹部『五王星』。魔王として最も長い時間を共にした五人の内、四人に裏切られるとは。人間の行動は本当に予測不可能で興味深い。俺はこの一瞬をそっと心のメモリーに保存した。


「うふっ、ふふ。それはですね、魔王様。私達魔人は強者にのみ従うからです。なのに今の魔王様は私達を従えるに足る力がない。ならばどうするか? 奪うでしょう。何もかも。魔王様の全てを」

「それで今度はお前が魔王を名乗るのか? ユギリ」

「うふ。私こそが、美しさと強さを兼ね備えた私こそが次の魔王に相応しい。皆もそう言ってますよ」

「皆というのは後ろの三人のことか?」

「そうですわ。ねぇ、貴方達」


 ユギリの言葉に三人の五王星が頷く。野心に溢れるユギリはともかく何故この三人まで裏切ったのか少し不思議だったが、鼻の下が伸びたその表情で納得した。唯一裏切っていない五王星であるアルヒナが女であることからも、俺の予想は間違ってはいないだろう。


「やれやれ。それだけの力を持つようになっても女の色香に惑わされるとはな」


 本当に人間は俺を飽きさせない。ああ、だからこそ強く思うのだ。守ってあげたい。彼らを、永遠の時間の中で唯一俺を夢中にさせてくれる人間達を未来永劫守り続けたい。愛しい人間達のことを思うだけで魔剣に貫かれた心臓が鼓動を早める。ふふ。このドキドキとした音色、叫んでいるようじゃないか。俺の愛は魔剣には負けん。そう言ってるようじゃないか。


「人類万歳」


 親指を立てて彼らの健闘を讃える。地上は勿論、天界にも魔界にも俺と並べるような存在はいない。実際今でも瞬き程度の労力で四人を殺せる。そんな俺に剣を向ける。怖かっただろう。不安だっただろう。その愚かなチャレンジ精神。まさに神が作り出した最高の創造物だ。感動のあまり自分から魔剣に貫かれてしまったくらいだ。正直ちょっとヤバイかもと思ってる。でもまぁ過ぎたことを悔やんでも仕方ない。大切なのはいつだってこれからなのだから。


「いいか、よく聞けお前達。俺は今から最後の力を使って魔界の穴に可能な限り強力な封印を施す。だが魔界に住う悪魔共は必ずこれを打ち破るだろう。一度奴らが地上に出てくれば、今のお前達では対処しきれない」


 おっ、ユギリの後ろにいる三人が不安そうに顔を見合わせたぞ。いい反応だ。五王星は何度か一緒に悪魔と戦ったことがあるからな。悪魔の力に不安を覚えて俺へのトドメを躊躇ってくれるなら、それだけ多く彼らに希望を残せる。


「ハッ。笑えますね。この期に及んでまだそんなハッタリをかますとは。魔界の穴? そんなもの、とっくに塞がっているのは分かっているんですよ。貴方は単に自分の力が衰えたのを隠すために魔界の話を持ち出しているにすぎない」


 なるほど。そう考えたのか。これは拙いぞ。後ろの三人を説得できてもユギリを説得できなければ意味がない。


「ユギリ、お前は勘違いしている。魔界への穴が塞がって見えるのは単にお前達が認識出来る範囲のことにすぎない。魔界の悪魔達は本気で地上を支配する気だ。俺は今から魂渡りの術で新たな肉体を探す。だがすぐには無理だ。恐らく数百年レベルで時間がーー」


 俺の全身に魔剣が突き刺さる。投擲した。誰が? 勿論ユギリが。ナイスコントロール。なんて思ってる場合ではない。刺さったのは……駄目だ。全部俺が作った魔剣だ。この肉体は死亡する。もう時間がない。


「お、おい。ユギリ」

「やりすぎじゃないか?」

「魔王様……え? いや、これマジなのか?」


 ユギリの後ろで三人が何故か慌てている。それが可笑しい。俺を殺しに来たのではないのだろうか? それなのに何故慌てているのか。ユギリの行動の方がよほど一貫性がある。慌てている理由を知りたい。お酒でも飲みながら、三人と日が昇るまで語り合いたい。そうだったのか! と、また俺を驚かせてほしい。ああ、彼らと語らった輝かしい日々が脳裏をよぎる。抱きしめたいほどに愛おしいのに、もう体が動かない。


「魂渡りですって? そんな術まで使えるなんて本当に油断ならないお方ですね。念入りに殺してあげますよ」


 ユギリは魔剣を振るう。いっそ清々しいほど容赦なく。無数の斬撃。俺はバラバラにされた。同時に注ぎ込む。全ての魔力を魔界の穴を封じる結界へと。そして俺は死んだ。お別れもろくに言えぬままあっさりと。ちょっとショックだ。だが肉体の消失など俺にとっては状態の一つに過ぎない。急いで術を行使する。器。俺が宿れる器を探して時を旅する。未来に向かって。その際に朧げではあるが、人間達の声を拾うことが出来た。


「魔王様を打倒した私こそが新たなる魔王。従いなさい、全ての魔人達よ。そして共に人間共を蹂躙して魔人の世界を作るのです」


 絶好調だった。ユギリは。雪のように白い髪と瞳が興奮に発熱して見える程に。


 そして人間が人間と殺し合う。俺が魔王をやっていた時よりもずっと激しく、そして凄惨に。本人達は魔人と人間と言ってるが、俺から見たら両者はどちらも等しく人類だ。ただ魔人と呼ばれる者達は生まれつき魔力が高く、それが皮膚に特殊な紋様として現れる。それだけだ、両者の違いなど。数字にすれば一と十くらいの違い。億を優に越える俺から見たらどうして気にするのか分からない程度の小さな差。でも人間にはその差が大きいようで、自分達は違う存在だと主張しては殺し合う。本当に『違う』存在がすぐそこまで迫っていることに気付きもせずに。


 俺は探した。俺の魂を受けれることのできる器を。中々見つからない。そうこうしている内についに魔界の穴が開いてしまった。そこからやって来る。悪魔達が。俺が死んでから二十年くらいか。結界を張る際上位悪魔を警戒し過ぎたせいで、下位の悪魔が付け込める隙間があったようだ。そこを突かれた。せめて死ぬまでにもう少し時間があれば。いや、今更言っても仕方がない。


 幸い開いた穴は小さく地上に出て来れるのは悪魔の下っ端と魔界の動物くらいだ。だがそれでも人間達が滅ぶには十分すぎる圧倒的脅威だった。


 悪魔による虐殺が始まった。


 大勢の人間が死んだ。下位とはいえ悪魔は人間を遥かに凌ぐ力を持っている。人間達が必死に悪魔に対抗している間も魔界の動物は地上に増え続け、モンスターと呼ばれて恐れられた。俺の器はまだ見つからない。


「聞きなさい。全ての魔人達よ。共通の敵に立ち向かうべく、私達は人間と手を組むことにします」


 ユギリはすっかりと笑わなくなった。魔王になった当初は世界の支配者のようだったのに、今では見る影もなく憔悴している。


「中位悪魔? 下位ではなく? ほ、本当なんでしょうね、それ!?」


 下位の悪魔達が小賢しくも知恵も巡らして一時的にではあるが爵位持ちと呼ばれる中位の悪魔を地上に呼び出せる方法を発見した。中位の悪魔は人間が太刀打ちできる存在ではない。人類はますます劣勢に追い込まれた。


「三人が? う、嘘でしょう? い、いやぁああああ!!」


 俺を裏切った五王星の三人は大量の生贄を用いることで長時間こちらの世界にいられるようになった中位悪魔を撃退しようと果敢に戦い、そして死んだ。三人は最後に俺の名を呼び、謝罪していた。俺の声は彼らに届いただろうか?


「お、お許しください。魔王様。私が、私が愚かでした。何でもいたします。この体も魂も全て、全て貴方様に捧げます。玉座などもう要りません。一生奴隷として貴方様に尽くします。ですから、どうか、どうかお戻りください! どうか。どうか、人類をお救いください!! お願いいたします。お願いいたします」


 俺が封印されてから五十年と少し。ユギリは一人になると狂ったように祈りとも謝罪ともつかない言葉を口にするようになった。額から血が流れるまで何度も頭を地面に叩きつけては、血涙が流れるまで泣き続けた。既に魔人と人類という垣根はなく、かつて魔人と呼ばれていた者達は刻印持ちと呼ばれるようになっていた。たった数十年で何百年と続いていた垣根があっさりと消滅した。それ程の劣勢。人類の数は加速度的に減り続けている。俺を受け入れられる器はまだ見つからない。


「東の箱庭作戦を決行するわ。……分かっているわ。でも、もうこれしか、これしか方法はないの。大丈夫よ。魔王様はきっとお戻りになられる。戻って……来られるわ」


 人類は減り続け、俺が魔王をやっていたときに比べると人口は既に三割を切っていた。逆にモンスターは増え続け、地上に現れた下位悪魔は悪魔の王国を作り始めた。最早地上は人の世界ではなくなった。生きるため、ユギリは生き残った人類を連れて東にある小さな大陸に移った。そして俺が作った対悪魔用の兵器を応用して巨大な結界を張った。その代償として神殿から出られなくなったユギリは聖王女と呼ばれるようになった。


 計画は初めのうちは順調だった。悪魔と戦わない日々が五十年続くほどに。その間に生き残った人間たちは幾つもの国を作った。戦争を知らない世代も増えた。そんな時だった。ユギリの張った結界を破って、人類の唯一の生存権である東の大陸に悪魔が侵入してくるようになったのは。


 大混乱が巻き起こった。終末来たる! そう叫ばれた。


「私たち人類は悪魔達により絶滅の危機に瀕しております。ですが兄弟達よ、恐れることはありません。神託がありました。天はこれより百年の内に悪魔を一掃する使命を帯びた勇者を授けてくださります。皆さん、もう少しだけ頑張ってください。勇者は必ず現れます。……必ず」


 滅びを前に恐慌に陥る人間達を落ち着かせるべく、聖王女となったユギリは勇者の存在を仄めかすようになった。……勇者? なにそれ格好いい。恐らくはハッタリなのだろうが、そんな奴がいたら是非とも会ってみたいものだ。俺の器はまだ見つかーー


「やめなよ、ジオダ様。相手はドラゴンだよ? 傷を負っていても僕らが勝てる相手じゃ……あっ!? な、なんてことを」


 居た? 居た!? ……居たぞ!! 見つけた。ついに、ついに俺は見つけたぞ。俺の魂を受け入れるに足る器を。


「逃げろ! みんな早く逃げるんだ! え? ジオダ様一体なにを……うっ!? ど、どうして?」


 よし。では早速話しかけ……あれ? 死にかけてる? いやいやいや、ちょっと待て! 死にかけてるぞ? 早速。俺の器になれる人間が。どうなっているんだ? ヤバイ。俺が焦るなんていつぶりだろうか? ひょっとしたら誕生してから初めてのことかもしれない。ちょっと感動……してる場合ではない。えっと、そうだ! 話しかけるんだ。今すぐに。


 こ、こんにちわ。いや、こんばんわ? 聞こえているかな、少年。


「え? だ……ゴホッ、ゴホッ……誰なの?」


 俺の名前はルシフル。天においては輝ける十二の明朝。地においては魔王の名を冠する者。


「なんだ、幻聴……か(ガクリ)」


 待て! 違うぞ! 幻聴ではない。だからガクリは止めて。死んじゃう感を出さないでくれ。いや……このままだと死ぬな。君は時期に死ぬ。このまま死にたくはないだろう? というか久しぶりにお喋りできた人間に死なれたらショックだ。だから、頼む。俺の器になると言え。一言受け入れるといえば助かるんだ。出来るな?


「……こ、ま、って、……いる、の?」


 ん? ああ。そうだ。困っている。君が俺を受けいれてくれなければ比喩でなく人類が終わる。君が現れるのに三百年待った。もう次はないのだ。だから、頼む。言ってくれ。


「…………いい、よ。うけ、い、れ……る」


 瞬間、ついに俺は手に入れた。新たなる器を。新しい人生を。ふっふっふ。待ってろよ汚らわしい悪魔共。俺の愛した人類をここまで傷つけた代償を支払わせてやる。


 そうして俺は目を開けた。この体、ルド・トリスタンとして。

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