ドラゴン・ヘッドハンティング
「あの、どういう意味でしょう?」
「ここで働いてくれ、と言うておる」
リムさんが言うには、このエリアに腰を据えて、暮らさないかという。
「どうしてまた」
「魔族と無血で和解した冷静さ。胆力と判断力。どれをとっても見事なり。腕っ節でしか物事を解決できぬ冒険者とは、一線を画す存在ぞ。女神がお主を認めたのも、分かる気がするぞい」
まさかのヘッドハンティングとは。
「ボクは……」
『ゲストのリム様! レッドドラゴン的に見て、温度の加減どうですか?』
返答しようとしたら、シズクちゃんが割り込んできた。
「うむ。実によい。ドラゴンでも見張りを立てやすく、楽しいぞい」
リムさんも、満足げだ。
『ゲストのレッサーデーモンさん、いかがでしょう?』
「ああ、ととのう……」
レッサーデーモンも、サウナにご満悦の様子である。
「でしょ? サウナだって悪くないでしょ?」
「そうだな。何もかもどうでもよくなってきた」
シメの水風呂に入りながら、デーモンはボクの呼びかけに答えた。
結局、モンスターは何も取らずに帰って行く。
「楽しかったぜ。また利用させてもらう。他の魔族立ちも誘おう」
「またの起こしを」
ボクたちも、デーモンを送り出す。
『それでは、今回のレポートを終わりたいと思います。お相手はシズクでした。また次回お会いしましょー』
こうしてドラゴンサウナも、回復の泉として登録されることになった。
さてボクたちも、というところで、リムさんに呼び止められる。
「此度の働き、見事であった。まさか、我にこんな才能があったとは」
「サウナ作りですか」
「うむ。これなら管理もたやすい。従者に手間を取らせることもなかろう」
引退した冒険者でも雇い、火の番をさせればいいかと考えているらしい。
自分で山を下りられるので、その時にでも考えようかと相談するという。
「湯であれば、ずっと我々で監督せんとならん。その点サウナなら、さっとニーソを脱いでバッと水を掛けてやればあっという間じゃ。自分たちで水を垂らせばよいという管理方法も気に入った」
変温動物のドレイクやドラゴンなら、この管理方法は相性がいい。
「あとは燃える石に水を適当に塩などを用意すれば、本格的になるでしょう」
湿式サウナは、これで完成した。
「乾式というサウナもあるんですよ。これは、もうちょっと工夫が必要かもしれませんね」
古代ローマの床暖房とかあったらしいから、それを採用してみるのも手かも。
「ところでカズユキさん、リム様と何の話をしていたんです?」
「ここで働かないか、だって」
ボクはシズクちゃんに、リムさんからヘッドハンティングを受けたと説明した。
「住まいも職場も提供しようぞ。この地に宿屋を建て、ここで夫婦仲良く暮らすがよい」
「ふ……!?」
シズクちゃんが、興奮気味に鼻を鳴らす。
「わわわわわ私たちは、そういう間柄では!」
「隠さずともよい。かような夫婦漫才、一朝一夕で体得できる芸当ではあるまい。長年添い遂げてきたからこそなせる技なり。どうじゃ。悪い話でもあるまいて」
自分たちが、温泉を運営する側に回る、か。面白そうだ。
「あうあう、カズユキさん」
だけど……。
「せっかくなんですけど、お断り致します」
「はて。条件が悪いかのう?」
金貨を鷲づかみにして、リムさんが金貨を床に散らばらせた。
「そうではありません。永住を考えていないのです」
「理由は?」
「秘湯が、待っているからです」
まだまだ入っていない秘湯が、この世界には山ほどある。
温泉を求めて、世間に広めていくこと。
今のボクがやりたいことは、それなんだ。
「人から見れば、道楽かもしれません。しかしボクの行いは、負傷や毒物で倒れた冒険者を救う手助けにもなっています。やめるわけにはいきません」
ヴォーパルバニーの武術家をパートナーにしないといけないほど、危険も伴う。
安定なんて、一瞬で消え去る。
お金の自由はあるけど、撮影の経費だってバカにならない。
野宿をすることだって多いのだ。それでも。
「いつまで続くのかえ?」
「この地にまだ見ぬ秘湯がある限り、ボクは探し続けます」
「あいわかった。ならば無理強いはせぬ。旅を続けるがよい」
リムさんが引き下がる。
「すいません。せっかくのお誘いなのに」
「女神のシモベを引き抜こうとしたんじゃ。元々、無茶という話じゃろう」
リムさんは最後に、おせんべいとお茶の葉をお土産にくれた。
「設備が整ったら、土産物でもこさえようかのう。とくに【コーヒーぎゅうにゅう】とやらは絶品じゃった。作り方を教えてくれい」
「いいアイデアだと思います」
「ではまたな。サウナが恋しくなったら、また来るがよい」
「ありがとうございます」
ボクたちは街へ戻ってきた。
「はあ。腰を据えてもよかったじゃないですか。三〇代半ばにして永久就職ですよ」
「そうはいかないよ。秘湯が寂しがる」
「ホントに秘湯バカですよね。カズユキさんって」
呆れつつ、シズクちゃんの言葉には安心感が覗く。
「リムさんに言い寄られていたときは、気が気じゃなかったですよ」
「そうなの?」
「私より巨乳なんですもん。いくら種族違いといっても、コロッといっちゃうんじゃないかと」
「手を出されてりなんて、しないよ。向こうはシズクちゃんを、ボクの奥さんだと思っていたんだから」
ボクにはもったいない人だけど。
「い、今はとにかく、秘湯を追いかけましょ」
「そうだね。次の街を目指そうか」
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