秘湯マニア、『回復の泉』を求めてヴォーパルバニー(ガール)と共にダンジョンへ潜る。宝箱もアイテムもいらない。回復の泉に浸かって癒やされたい。

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 秘湯マニア、異世界へ

秘湯マニア、バニーちゃんを拾う

「ここはどこだ?」

 霧に包まれた森の中を、ボクは地図もなくさまよっていた。


 ボクは、秘湯ライターである。

 伝説の秘湯を求めて、この地にさまよってきた。 


 きっかけは、スマホに謎のメールが来たこと。



         ◇ * ◇ * ◇ * ◇

 

湯川ゆかわ 一行かずゆき


 ○○県の県北に、異世界へ繋がるトンネルがあるそうです。

 その先には、あらゆる病を治療できる秘湯があるとかで。

 よろしければ、取材していただきたく……


         ◇ * ◇ * ◇ * ◇ 


 文面を再確認して、スマホを懐へ直す。


 いつからボクは、オカルトタイラーになったのだ?


 そりゃあ、たしかに温泉だけじゃ食べられなくなってきた。

 ステイホームで外出もできないからね。


 いっそ温泉系動画配信者にでもなろうかなとでも考えていたところだった。

 当時の旅行記なんて話せば、興味を持ってくれるかもと。


 それが、山登りですよ。


 深い森に入った途端、もうダメだと思った。

 行き先も見えず、帰り道も消えている。


 ボクはどこへ向かっているのだろう?


 それにしても熱いな。


「ん? この匂いは」


 独特な硫黄の香りがする。

 間違いない。温泉が近くにあるんだ。


「そうか、これは霧じゃない。湯気だ!」

 ボクは、独り言を言う。


 霧だと思っていたけれど、湯気だと思えば楽しめる。


 気温の変化で、霧状に溢れちゃってるのかも。


 そうと決まれば、この硫黄の香りがする先へ行けば……。


「わう!?」


 ボクは、何かにつまづいた。


 この歳になってコケるとか、小学生かっての。


「あ、え!?」


 ボクが足を引っかけたのは、女の子だった。

 黒髪は背中を覆うほどに長く、胸がすごく大きい。

 ブルーのレオタードを着ていて、健康的な太ももが覗く。


「ヒドい企画モノ番組もあったもんだ。こんなところに、失神したバニーガールを放置するなんて!」


 きっとタレントさんか誰かかな。

 でも、こんなグラビアアイドルなんて、見たことない。

 しかも、その辺の女優さんよりキレイじゃないか。


 なによりビックリしたのは。


 頭頂から二つ、長い耳がピョコンと飛び出ていた。


 おそるおそる、ボクは耳を触ってみる。


「んっ!」

 ピクピクと、少女の耳が跳ねた。


「この耳、作り物じゃない。本物の耳だ!」


 亜人なんで、ファンタジーでしか見たことがないぞ。


「とすると、ここは」


 異世界って言わないよね?


 メールの文面は、本物だった?


 まさか! ありえない!


 仮に本物の異世界なら、大スクープだ。


 けれど、そうも言っていられない。


「この子、ケガしてる!」


 足に、大きな裂き傷があった。

 大型のケモノにでも襲われたのかもしれない。

 出血は止まっているが、少女は脂汗をかいていた。

 傷が骨まで達しているのかも。


「うわ、なんだあれは……」


 恐竜みたいな化物が、少女の隣で倒れていた。

 首の骨が折れている。

 ソイツの爪は、血に濡れていた。

 

 コイツを倒そうとして、少女はケガをしたのだろう。


「運ばなくちゃ。ちょっと動かすよ!」


 ボクは少女を、お姫様ダッコの要領で抱え上げた。


 病院へは……ダメだ! 余計に遭難する!


 いちかばちか、温泉の薬効に頼むしかない!


 この近くにあるという温泉って、万病に効くんだろ?

 だったらケガくらい!


 ゼエゼエと息を切らしながら、湯のある場所へと急ぐ。


「ここだ! 匂うぞ!」


 秘湯ハンターの嗅覚を舐めるなよ!


 薄い緑色に光る水面が、霧の向こうから見えた。


「よし、見つけた! 間違いないココだ!」


 小さい岩の裂け目から、風呂と同じ緑色の液体が流れている。


 手を突っ込んで、湯の加減を確かめた。


「うん。入浴剤と同じだな。酸とかじゃない! おや?」


 ささくれが、直っている。

 こころなしか、肌もすべすべしているような。

 軽い腱鞘炎に悩まされていたけれど、それまでよくなった気がする。


「これなら、この娘の傷も! 頼む!」


 まずボクは、彼女のハイヒールだけ脱がして、肩まで湯へ沈めた。

 脱がしていいのかわからなかったので、服のままで。

 素材の感触だと、水着のようだし。


 ほふう、と少女は蕩けた顔になる。


 そんな顔されたら、ボクも辛抱できなくなってきた。


「ごめんね。どうしてもガマンできないや」


 ボクは、おもむろに服を脱ぐ。

 相手は水着だ。混浴くらいOKだろう。


「二番風呂でも構うもんか! 共有したい!」


 水着の女性が側にいるのも構わず、湯船に身体を沈めた。


 ずっと歩きづめだったから、湯が全身に染み渡る。


「んあ?」


 少女が、目を開けた。


「あ、気がついた?」


「ぎゃああああ!」

 胸を押さえて、少女は湯から飛び上がる。


「なんですか、あなたは!? チカンですか!?」

 ボクを蹴るようなポーズを取って、少女は後ずさった。


「キミを手当てしただけだ。足も治ってるでしょ?」


「そ、そういえば……」

 少女は、足に付いたケガが治っていることに気づく。


「で、でも丸ハダカで回復の泉に浸かるなんて!」

「ボクは、秘湯を追いかけるブログ記者だ。そこに温泉があったら、入るのが礼儀だろ?」


 何が間違っているのか。


「温泉? ここは、【回復の泉】というのですよ! 冒険者たちが治療や魔力の補充に使うのです!」


 まるでファンタジーめいたことを、少女は言い出す。

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