ヘブンに笑い声は響く
「彼も難民です。お兄様と出会いいまは自由を謳歌しております。まったくもってお兄様は素晴らしい。
あっちなみにファイヤーボールというのは愛称っぽいですが彼のバズコック人としての本名をこちら流に言うと火の玉になるらしくお兄様が名付けたのです。
それもまた素晴らしい」
結局はヒコを絶賛したいだけだろ、というノリ。
無視して先に行く。
「難民とか……あるんだねー」
ポツリと何気なく口にするミコ。
「……ミコ様はこの世界をどう思いますか?」
「この世界って……この街?」
「ええ。この街も。そして世界です」
真剣な表情に、見えるカノン。いつも無表情だからよくわからないけど。
世界。この世界? そんなことは一度も考えたことはなかった。
だから、ミコ、はじめてのシンキングタイム。
「どうって……どうなんだろ。普通にただ住んでるだけだからどうって言われてもなー」
「ぬるいですね」
冷たい返答。ぬるい。冷たいけどぬるいよ。
「ぬ、ぬる……えええ……怒ってる? カノン」
「怒ってませんよ。ミコ様のぬるさに呆れているだけです」
少しだけ眉根が上がった。声色に棘がある。
「この世界でも難民は絶えず、それを生み出す争いや貧困もなくなりません。
あらゆる個性を持った指導者が歴史に現れ消えまた移りゆく。
貧富の格差、あらゆる差別、そして紛争戦争……。
世界を見渡しただけでもあらゆる場所で何かが起きているのです」
「そ、そうですね……」
捲し立てるカノンの勢いに押されるミコは相槌程度しかうてない。
むしろ早くカフェにでもいってコーヒー飲みたい。
「……
なにも変わらない。多くの弱者が虐げられる世界でしかないのです」
通りを見渡すようにゆっくりと首を動かしながらカノンは言った。
この世界も、多元界――マルチヴァースもなにも変わらないと。
どこの世界でも一緒。何かしらの問題がありそれを抱えたまま何事もなかったかのように進む。
その傍ら弾き出されたモノがある。
「その弱者が……ファイヤーボール?」
「……だけではありませんが」
そう言ってカノンが視線を向けた先に、
歩道の片隅でオセロをしている2人もセディショナリーズのメンバーであり多元界の世界の者達。
その横でヘッドフォンで何か聴きながらステップを踏んでるのもそう。
向かいの中華料理屋で極上に美味い炒飯を作っているのは、
「あのコンビニの隣の蕎麦屋さんの店長も多元界人です」
「……いやいや店長て!」
この街で異世界の人が店持ってるということか。しかも蕎麦屋。めっちゃ和風。
「ええ……そうですが……。このへん一帯では少ないですが街全体で見れば割と普通です。
街全体の人口のだいたい6~7%は多元界人の方ですし、旅行者も入れれば1割近くはいるのではと思われます。あっちなみにその中のさらに1%程は
驚きだ。そんなにもいるのか、と。
「もっとも、住んでいるほとんどの多元界人は亡命者と……あとは多元界連盟の職員とその家族、となりますが。
それぐらいいまはこの街が多元界にとって欠かせないものになっている……ということです。
連盟職員は別として、それ以外の者には行き場がない。ここが拠り所となっているというのも事実です」
欠かせない場所。
確かにそうだろう。
多元界の世界と世界を繋ぐ橋渡し的な場所だ。ここがなければ多元界自体は分断されそれぞれの世界が個々にあるだけになる。
ロザリアの一強支配もなければその恩恵に預かった利益も発展もない。
すでにそれが普通の多元界だ。
いまさら無いものにはできない。
そして、行き場の無い者にとっての拠り所。
「あれ? 行き場がない……? あれ? なんか私も……」
ふと自分を鑑みれば、多元界人でありその中のロザリアの王族……でありながらもそこに行くことも今までの虚構の中に戻ることもできず街にいる。
「お気づきになられましたか。そうです。ミコ様も立派に流浪しております」
「いや流浪は……じゃあヒコはそんな世界を変えようと? 弱者が弱者でなくなるような」
それを聞いてカノンは少し間をおく。
「……笑止」
「え!?」
「いまの弱者をその立場から解放してもまた新たな弱者は生まれる。世界などさほど変わりません。
この世界ですら歴史的に多くの者が崇高な理念をもって変えようと立ち上がりましたが、それらを世界ごと劇的に変革できた者はいるでしょうか? いま世界を見渡して争いは止んでいるでしょうか?
格差や差別はなくなっているでしょうか?」
嘲笑ともとれるような含み笑いを交えながらカノンは淡々と語る。
カノンの言う通りだなと素直に思うミコ。
でも、
「だったらヒコは?」
「お兄様は多元界という世界を変えようなとどとは思っておりません。
壊すのです。破壊、ただ破壊するだけです」
破壊。
それはやはり悪じゃないのかと単純に感じる。
まあ悪名高き存在だからそんなものかと。
またカノンは恍惚の表情。
やっぱりアブない。
「ねえねえ姉御~。プリン早食い勝負しよーよー」
ファイヤーボールがバケツ並のプリンを2つ小脇に抱えてスケボーで滑ってきた。
「は? やりませんが?」
カノンがぶっきらぼうに突き放す。
――というか、カノンて姉御って呼ばれてるのか、となんとなく思いつつ、
「じゃあ私やる!」
と張り切って手を挙げるミコ。
「おっ! ミコちゃんいいね~やろー。勝った方の賞品はプリン!」
「いやプリン早食い勝負に勝ってプリンもらうってどんだけプリンよ」
とかなんとか言いながら笑い合う。
冷たい風も心地よい。
そんなこんながこの街の日常。
報道で喚き散らすように伝えられてるような危うさや怪しさや暗黒面はたいして見られない。
肌寒い季節じゃなければ道端に座り込んで空でも眺めたいような空気すらある。
ミコは内心ではそんな空気を気に入り始めていた。
美味しい定食屋も見つけたし。
カノンがしぶしぶ勝負開始の合図。
どこからともなく人も集まる。
イカつい顔したガタイのいい男達やミニスカートで脚を露出した女の子、その横に同じような格好で女装したオッサン、金髪の高校生、顔にまでタトゥーの入った少年、チンピラのような風貌の男達……。
どの世界からやって来たとか関係ない。
いまはミコのプリンのドカ食いを見て笑ってる。はしゃいでる。
それでいい場所。
欠かせない場所。それがここなんだろう。
一気にプリンを食べきったミコが勝ち名乗りを上げながら思う。
――行き場がないんじゃない。ただその行き場をいま探してるだけだ。
その違い? そんなものはあってもなくてもいいのさ。
今、ここにいるんだから。
と、笑い飛び跳ねる。
街に夕暮れが迫る。
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