穴に落ちたく無ければ階段を降りればいいじゃない

「あなななっ」


「穴、ですね。まあ穴というよりも球、ですね。球というよりも門ですが」

「どれでもいいわ! なにアレぇぇぇ!!」


パニック状態のミコを尻目にカノンは冷静。

クルマはどんどんその巨人然とした女体とその股ぐらの球体に近づく。


巨大な女体の顔も見えそうになってきたが、ドロリと液体がその顔らしき場所から垂れている。

赤紫で泡立つ液体。

近づけば、女体の至る所からその液体が吹き出していた。

まるで無数にあるホースから溢れ出しているような状態。

溶けている。

夏場のアイスクリームのように。ドロドロに。

見てるともう脳みそも溶けそう。



「まったく……悪趣味な……犬もしがみついてますし」

「だーかーらーなんですか! あれーーー!」


蒼白になって叫ぶミコ。このままじゃあの物体にぶつかる? 飲まれる?

クルマのスピードは怯むことなくまったく衰えない。



「アレは先程の男、ミコ様の兄を名乗ったグリッスルが創り出したポータルです。

ロザリアの王族のみが創り出せるモノ……この街と異世界を繋ぐ、門ですね。

グリッスルの品性がゲロよりも劣るのであのような形態になっておりますが……」

淡々と説明口調のカノン。


カノンと運転手の目がバックミラー越しにあった。アイコンタクト。

その直後、道路から歩道へと乗り上げる。

幸い人通りはなかった。

ガタンと弾むように数回上下する派手な赤いクルマ。



「犬もついてきてることですしルートを変えましょう」

その勢いのまま、目の前にある地下鉄へと続く階段にクルマごと突っ込む。

階段を大きく跳ねながら下る。

グルグルと目まぐるしく変化する万華鏡の中にいる気分。

勢いで頭を打つミコ。なんとか舌は噛まずに済んだ。




「ああー先程は失礼しました。ゲロなどとはしたない例えを」

相変わらずのカノン無表情。

このハードな絶叫系アトラクションに、さらにリアルに痛みが追加されたような状況でもクールにキメられるカノン。


だけどミコは……

「いやそこじゃないでしょ、謝るとこ!」

と叫んだところで横に振られ背中を強打。

息が詰まりかけて青ざめる。



そこで、停る。



「地下鉄で行きましょう」


そう言うとカノンはすぐさまクルマを降りる。

美しいドレスの裾を翻しヒールをカツンといわせる。

足首まであるワインレッドのドレス。

スリットが深く入っていてセクシーに脚を見せる。

胸元もザックリと谷間を作っている。

なんだかドラマとかで見るベタな一昔前のキャバ嬢のように。


ミコもカノンに見惚れてる場合じゃないと恐る恐るクルマを降りた。


勢いで吹き飛ばされた犬人間が転がっていた。


そこは地下鉄駅の改札前だった。

御丁寧に自動改札が並ぶその前に横付けされて停車している。

クルマ自体もたいした損傷はない。

多少傷が入っている程度。

たいしたドライビングテクニック。


とか、感心している場合じゃないことはミコもわかっている。


周りに人だかりができてきていた。

驚いて卒倒している人もいる。

アナウンスが警報を発してうるさい。

いくら世界的にも有名な犯罪都市・八華はっかでも堂々とこんなことをする奴は稀だ。


しかもそんな稀な超危険行為のクルマから降りてきたのが見た目キャバ嬢と女子高生。

目が点になるのも当たり前の光景。



「お兄様をお願い」

カノンは運転席から降りてきた男にヒコを背負わせる。

それ程大きくない中肉中背みたいな男だが、難なく、むしろ軽々と背負う。

しかも走るとミコよりも速い。

自動改札も余裕で飛び越えた。


ホームへ降りる階段へ。

深く、深く潜るように。



「どこまで話しまたっけ?」

「いや、今じゃないでしょ!」

一行は好奇と恐怖の目に晒されながらホームへ。

すぐに来た電車に乗り込んだ。


もうここまできたら進む。

ドコに向かうかはもう問題じゃない。

とにかく進む。暗く深く長い地下鉄は走る。

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