戦争は絶対に終わらせない
「言っただろ……どこにいても見つけるって。さっ行くぞ」
爆音と共に舞い降りた男、ヒコはそう言った。
ちょっとぶっきらぼうに。
グイっと強引に手を引っ張られるミコ。
グリッスルの柔らかい物腰とは真逆だ。
「はっ! 戦争を終わらせてたまるかっつうの」
「え?」
「絶対終わらせねえ」
ヒコはグリッスルとほんとに真逆。
――戦争を終わらせない?
あれ? この人正義のヒーローじゃなくて……ひょっとして悪人?
「ヒコ……この忌まわしき
グリッスルが煙の中から現れた。微笑みは、ない。
目の前の部屋が歪む。ぐにゃりと、まるで溶けた飴のように。
「離れんなよ」
そう言うとヒコはミコの事を抱っこする。いわゆるお姫様抱っこだ。
――まさかこんなところで、こんな状況でされるなんて!
密かに夢見ていた事が突発的に叶う。いや、叶うというよりこれはまあ無効にしよう、とミコは心で無理やり納得。
んあえ!?
内臓がキューーーーーッとなる感覚。それがミコを突き上げてくる。
景色は光の筋が過ぎ去っていくいくだけ。
ドゥオン
轟音が響いて次に衝撃が貫く。
「なななななっ」
間違いない。あの部屋の窓から飛び降りたんだ。何階ぐらいからだ。
少なくとも……10階ぐらいはあったはず。ミコの身体は震えていた。
視線を落とすと見事に潰れた自動車の上にいた。
「な、なんて事を……っていうかなんなの? マジで? なんでこんなことが続くの?」
誰にともなく喚き出すミコ。
「誕生日だからなっ」
潰れたクルマの上で血まみれで転がるオトコーーヒコ。
そう言えば、自分はなんだかんだ無傷だ。
と、自身の身体を見渡して確認するミコ。
――まさか守って?
でも……
「さって、戦争を始めるぞ」
こんな事言う奴だ。一体何を信じればいいんでしょう。
そして18歳、おめでとう、アタシ。
と小さくミコは呟いて涙を拭いた。
そのまま、流した涙も乾く暇なく横付けされたクルマに押し込まれたミコ。
落下してからわずか15秒。
「ごきげんよう、ミコ様」
「……ご、ごき……ごき? え? は、はあ」
ゴキとか繰り返したから思わずあの黒光りする生命体が一瞬頭をよぎるがすぐに振り払うミコ。
車内に入って息をつく暇もなくまた出会い。
クルマはもうとっくに走り出している。
そして、横に一見優雅に佇むように座る女性が無表情で前を見たまま言ったのが、「ごきげんよう」
全然ごきげんなんか良くないミコからすれば、何を言ってるんだってところ。
それ以前に誰なんだ? って話でもある。
「ご安心ください。お兄様は無事です」
で、その女性の次の言葉。
――お兄様?
と、ミコは首を少し傾げながらふと後ろを見ると特別製のベッドシートに横たわるヒコ。
傷だらけで血まみれ。
見た感じ無事ではない。
むしろ瀕死。悲壮感もミックスされてる。
もうそれはまるでゾンビ。
ぶほっとか言って血を噴いてる。
それを見て、
ミコが震える脚に視線を落とすと膝にもスカートにも血がついていた。
自分の身体に怪我がないことを確認。きっとヒコのモノなんだろう。
「あ、あの……」
「ああ、私はカノンと申します。以後お見知りおきを」
ミコが聞きたかったのはソレではないが、女性はカノンと名乗った。なんだか名前の響きに合ってる風貌。
凛々しく、座っていても背は高いのだろうとわかるぐらいスラリと細くしなやかだ。
髪はゆるふわな巻き髪。肩よりも少し長くとても女性らしい。艶やか。
無表情が台無しにしているけど。
きっと微笑んだらそれだけで惚れてしまう人続出するんじゃないのかって印象。
まあでもなんでドレス着てるんだろうという疑問も残る。
だいたいミコにとっては、次から次に、はじめましての者に出会う日だと改めて思う。
覚えるのが大変だ。ミコの脆弱な記憶容量に今日の出来事は大きすぎる。
「あの、ですねー……」
「ご両親なら大丈夫ですよ。こんな時間になりましたが……。心配などしていません。
そもそも本当の両親でもありませんし」
「そんなこと心配してませんし、追い討ちかけるようなこと言わなくていいです!」
「ああ、そうでしたね。朝帰りも度々繰り返すような人でしたね、ミコ様は。
夜な夜な、金銭と引き換えに見知らぬ男性にその身体を預けるような」
「いや、エンコーとかしてませんし、そうゆうこと聞きたいんじゃないですし!」
噛み合わない。ズレてる。ズレたまんま走り続ける。ズレるついでにシートからもずり落ちそうになるミコ。
「お兄様ならこの程度の傷、1日もすれば綺麗に治ります。素晴らしいでしょう? お兄様は」
それも聞いてないが、なにやら恍惚の表情になってるのでそっとしておく。
しかし……1日で綺麗に治る? 有り得ない、とっさにまた振り返るミコ。
上半身裸のヒコ。
左肩から胸元にかけて深い傷。血は固まって黒っぽくなっているが……どう見ても1日で治るようなものじゃない。けど、ヒコから聞こえ始める高いびき。むにゃむにゃいってるし。
美味しいものでも食べてる夢を見ているのか。
「それであの、私はどこに攫われていくのでしょう?」
と、ミコが隣のカノンを見て言ったところで、、、
ブレーキ音が響き車体が左右に揺れる。
急激な車線変更でまた揺れる。
蛇行して走るクルマは、シボレー・サバーバン。派手な赤。
自動車に詳しくないミコはシンプルに、デカイ車という感想。
そのデカイ車が右へ左へ。
ちょっと吐きそうになるが吐いてる暇さえない状態。
「追っ手が意外と粘りますね。まあそれもヘブンに入れば終わるでしょうが」
カノンがまた無表情になってポツリと呟いた。
「へ、ヘブン!? ヘブンてあの、み、南……南区のヘブンに向かってるんですか? これ」
「大丈夫です。到着まで少しあります。今のうちに休まれては?」
「いや、休めるような運転じゃないでしょこれ……それにヘブンって……」
と言いつつミコは後ろのシートに目をやる。
不安が高まる。
ミコが悲鳴にも似た声を上げて驚くのも無理はない。
この
いくつかのエリアに跨る繁華街の中でも特に夜を彩り最も賑わいを見せるのが通称ヘブンと呼ばれる地域。
多種多様な人間が享楽に明け暮れる歓楽街の連なり。
悪い噂も絶えない場所。
なんでも手に入り、なんでも奪われる街とも言われてたりする。
そんなところを一直線に目指し、さらにそこにいけば安心だなんてことを言えるのはただの一般人じゃない証拠だ。
今からオールナイトで遊びに行くわけでもなし。
そして夜はまだ続く。
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