落成

 建ててる途中から知ってるけど、出来上がって中に案内されたら腰を抜かしちゃった。立派なんてもんじゃないんだよ。どこのクラブハウスかと思ったもの。レストランも、ホンマもののレストランになってた。お母ちゃんなんて完全に目が点で、


「れ、レストランだ・・・」


 二階が住居になってるんだけど、エミの部屋に入って信じられなかったもの。広々してるしロフトまで付いてて、


「エミちゃんどうや」

「これがエミの部屋・・・」


 温泉も素晴らしかった。清潔感あふれる脱衣場があって、


「温泉みたい・・・」


 言うまでもなく温泉なんだけど、立派な岩風呂で、小さな滝があって、そこからお湯が流れ込む趣向になってるんだ。お父ちゃんは、


「これが五千万やと言うんか」

「そうやで。小林工務店が一切の手抜きなしで作り上げた、兄貴の新しい城や」


 お父ちゃんは広次郎叔父ちゃんや康三郎叔父ちゃんの手を何度も握りしめてお礼を言ってたよ。出来たらカメラマンの人が来てた。これも若くて可愛い人だけど、お母ちゃんに、


「あの人ひょっとして・・・」

「スタッフのTシャツにオフィス加納って書いてあるし、写真とよく似てるし・・・」


 パンフレットやHPの写真を撮ってくれたんだけど、見てビックリ。見た目よりさらに綺麗なだけじゃなくて、見ただけでエミでも来たくなっちゃう写真だもの。それに、


『これはオマケ』


 仕事とは別にエミのポートレイトみたいなものも撮ってくれてた。これはエミの宝物だよ。



 オープン早々からお風呂もレストランも繁盛してくれた。お風呂は無料入浴券の人も多かったけど、どんどんリピーターになってくれたし、レストラン利用もセットって感じでテンテコマイの忙しさ。お母ちゃんは、


「こんなに幸せでイイのかしら」

「だからそうする言うて太鼓判押したやないか。時間はかかってもたけどな」


 そんな忙しい日々を過ごしてる時に、


「エミが手伝うのは時々でイイよ。今まで働き過ぎたから、高校生活を楽しんでね」

「でも、そんなことしたら・・・」

「いつまでもシンデレラじゃ可哀想じゃない」


 嬉しかったけど長年叩き込まれた働き者精神が強すぎてやっぱり手伝ってる。でも早めに上がらせてもらってる。だってお父ちゃんが顔合わせるたびに、


「これでエミを大学に行かせられるぞ」

「そうですね。お母ちゃんも期待してる」


 遅ればせながら大学受験を真剣に考えるようになってるんだ。摩耶学園なら内部進学で学園大に行けるんだけど、やっぱり高いもの。やはり国公立、いや港都大を目指してる。あそこならレストランの手伝いしながら通えそうだし。でもお父ちゃんとお母ちゃんは、


「お母ちゃん、オレは大学生活って知らんけど、やっぱり東京か」

「そうですね。学生生活を謳歌するならやっぱり東京、次は京都ですよ」

「東京言うたら早稲田とか慶応か。エミならオレの血は入ってないから行けるで」


 お父ちゃん、それは・・・そしたらお母ちゃんが、


「あなたの血は入ってませんけど、あなたの精神が叩き込まれてますからエミなら行けますよ」


 そうだ、そうだ、血がなんだって言うんだ。エミはお父ちゃんの娘だ。とは言うものの、家庭教師を雇ったり、予備校に通うまでは余裕がないのよね。予備校ぐらいならお父ちゃんはなんとかするって言ったけれど、ちょっとどころじゃないぐらい遠いのよね。だったら独学ってことになるけど、港都大を目指すとなると厳しそう。


 その辺困ってて、ユッキーさんに相談してみたんだ。だって最近受験したばかりだろうし。そしたら、


「イイよ、わたしが見てあげる」


 最初の日はこれまでの試験の答案や、エミのノートを見て、サラサラッと問題を書いて、


「解いてごらん」


 解けた問題もあったけど、わからない問題の方が多かったかな。そしたら次に来た時に、


『ドン』


 積み上げられた問題集と参考書。


「次に来るまでに頑張っといて」


 なんとか終わった頃に、現われたユッキーさんは解答をチェックして、


『ドン』


 またもや問題集のヤマ。


「よく頑張ったわ、次はこれね」


 こんな感じで家の手伝いならぬ、問題集に追われる日々になっちゃったんだ。ユッキーさんが凄いのは、どんな質問をしても立て板に水で答えてくれるんだよ。まるで知らないことがないみたい。


 それも全教科だよ。問題集のレベルも段々に上がっているはずなのに、考えもしないで答えが解説付きでスラスラ出て来るんだよ。この話を学校でしたらセレクト・ファイブが興味を持って、東大の入試問題を渡されたんだ。ちょっと悪いと思ったけどユッキーさんに見せたら、


「エミちゃんにはまだ無理だけど・・・」


 これもスラスラ解いちゃった。


「エミちゃんもここまで出来るように頑張って見て」


 お蔭でエミの成績は確実に上がってる。これもコトリさんに言わせると、


「そりゃ、ユッキーが教えてるからな。ユッキーが教えて成果が上がらんかったんはカズ君ぐらいやないか」

「嫌なこと思い出させてくれるじゃないの。あのカズ坊のクソ野郎、わたしがあれだけ尻叩きまくったのに、サボりまくりやがって。今度会ったら釜茹でにしてくれる」

「今度ってのがあらへんけどな」


 カズ君とかカズ坊って誰だろうな。たぶん高校の時ぐらいの同級生の感じがするけど、恋人だったとか。


「カズ君か。そりゃ、ユッキーは熱心やったで。鍵付きの首輪付けて鎖で縛って南京錠かけて勉強させ取ったからな」

「しょうがないじゃないの。ロープで縛ってもカッターで切って逃げやがったし」


 ユッキーさんがまさかSM趣味?


「ちゃうで、ユッキーはほとんどノーマルや」

「ほとんどやなくて全部だよ」

「じゃあ寂しい時に迫って来るな」

「あれぐらいイイじゃない」

「エエわけないやろ」


 なんの話だろ。

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