第18話  事後

「――――入れ、いや執務室へ行く。話はそこでだ」


 扉を叩かれた訳でもない。

 まして扉を護る護衛の騎士がその姿を見咎めた訳でもない。


 ただこれが通常モードだと言わんばかりにリーヴァイは、密かに寝室前へとやってきたダレンへ静かな口調でそう伝える。


 分厚い扉越しで。

 然もここは公爵家の当主夫妻の寝室。

 普通に防音加工のなされているだろう部屋である上に、溺愛してやまない妻ヴィヴィアンの安全の為だけにリーヴァイ自ら、それはもう雁字搦めだと言わんばかりに幾重にも施された重防御結界。

 それ故に扉越しでは到底声等届かない筈なのにも――――である。


 今リーヴァイの腕の中には彼によって色々な意味で強制的に眠らされたと言っても差し支えのないヴィヴィアンが、すやすやと安らかに寝息を立てて眠っている。

 だから彼の発する声は必然的に小さくまた密やかなるもの。


 傍近くにいてようやく聞き取れるだろうそれは、確実に扉の向こう側にいるダレンには一切聞こえないと思われるのに何故かダレンは――――。


「承りまして御座います旦那様。ではあちらで……」


 ダレン自身も小声で静かに告げると扉に向かい深く一礼すればそっと足音も……抑々そもそも彼は寝室へ来る際にも、いや何時であれ――――と言うかそれは彼に限ってだけではない。


 そうこの屋敷へ仕える主要なメンバーの誰もが人間の出す気配や生活音を普通に発してはいない。

 またそれはさして問題でもなくお互いがお互いの行動を正確に把握出来てもいるのだ。


 だからヴィヴィアンが嫁いだ頃は彼女自身の周りでそれこそシンディーを含め、人が急に現れては消えていくと言った珍事が、これまで普通にそして今も一般的な感覚で過ごしているヴィヴィアンにしてみればちょっとしたお化け屋敷はたまたビックリハウス的な場所へ迷い込んだと思われていた節が色々とあったのである。


 まあ公爵家に嫁いだと言う自覚はあったにせよ、何かが普通とは違うとヴィヴィアンは思っていたのだがそこは元々ホワンとした性格の彼女である。


 極論で言えばヴィヴィアンは余りそう言った事に気に留めてもいなかったらしい。


 何故なら屋敷の者達は皆彼女へ友好的なのだ。

 いやいや友好的と言うか、そこは夫であるリーヴァイ並ではないけれどもそれなりにヴィヴィアンに対し皆過保護な面が多い。

 

 ヴィヴィアンにしてみれば気配や生活音よりもである。


 過去四度の転生と余りにも違い過ぎている今生において何かと注意が逸れてしまうだけだったりするのだ。

 まあそれでも今ではヴィヴィアンの周りでは出来るだけ気配を隠す事なく、まだ生活音も普通に出せる様になったのだから……全く以って今更なのである。


 リーヴァイは腕の中で健やかに眠る彼女の額へそっと口付ければ、そんな彼女の眠りを妨げない様に細心の注意を払い優しく腕を抜くと後ろ髪に惹かれながらも静かに寝室を後にした。

 勿論入れ違いでシンディーが入室したのは言うまでもない。

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