第1話
「…はぁ」
朝。布団の中で目が覚め、今日もいつもと変わらない人生を送るのかと考えると自分に情けなくなりため息が出る。まだ冷たい空気に足を出し、手を伸ばしカーテンを開けると憎いほどの青空がまるで私を嘲笑うかのように主張してくる。いつの日からだろうか、この晴れた空の眩しさに頭痛を覚えたのは。1階から聞こえる朝ごはんができたという声は耳から抜けてしまうほどどうでもよかった。あぁ、今日も私だ。私の顔だ。可愛い顔だと。鏡を見て自分を慰める。髪をといて制服に着替え、薄くメイクを始める。日焼け止め、パウダー、リップ、チーク。これだけで私は綺麗になれる。
リビングに降りると母親代わりの女性が私に笑顔を振りまく。
「あ、愛莉ちゃんおはよう。今日はね、お茄子と白菜のお味噌汁にしてみたの」
その笑顔が私には憎かった。どうして朝からこの女の顔を見ないといけないのか。
白ご飯とお味噌汁。そして昨日の晩ご飯の残りの筑前煮。
「あのさぁ、朝からこんなに食べれないんですけど。」
「…しっかり食べて、栄養つけなきゃ!ね?」
「は?母親づらしてんじゃねえよ。もう行くから」
私は自分のコップにお水を入れ、それを飲んでから家を出た。今日はすこぶる機嫌が悪いんだなと自分でも思う。ただ、あの女の料理は死んでもあまり食べたくはない。ただ最小限、お腹が空くと食べるだけでいい。
いつものように学校に行く道を歩く。数軒先の飼い犬には私も頬が緩む。そして横断歩道の信号も守る。私が赤信号で止まっていると、信号無視をして渡ってくる自転車。もともと車通りは多くないけれど、私は毎日きちんと守っている。こういう無視をする人がいると、私が毎日守ってきたものをまるで意味が無いように思えてくる。それに無性に腹が立つ。自転車はおばさんが運転していて、信号通りに来た車とスレスレになってこちら側に来た。
「チ。死にてぇならさっさと死ねよばばあが」
舌打ちまでしてしまい、案の定おばさんに軽く睨まれた。いや、お前が悪いから。おばさんがまた自転車を漕ぎ出すと、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「愛莉、おはよう。もうほんと、朝からハラハラさせないで…ふふ」
「とか言いながら笑ってんじゃん」
見られたのが幼なじみでよかった。と心の底から思った。
「拓海、今日朝ごはん食べた?」
幼なじみの拓海は中学は離れたけれど、高校でまた同じになり、なんと家も近い。そして私にすごく懐いている。私の唯一の味方なのだ。
「うん、食べたよ。トーストだけど…今日も食べてないの?」
「あの女が作ったご飯、食べたくない」
あの女はお父さんの再婚相手なのだ。私のママはもともと女優をしていて、とても綺麗で昔はかなり有名だったみたいだ。ママが私が小さい頃に病気で亡くなってしまった時はニュースにもなったくらいで。ただ時代もどんどん変わってくるので、いつの間にかママの名前は世間から忘れられている。同じく俳優だったお父さんも今は世間からは忘れられた存在で、元グラビアアイドルのあの女と私が中学に入る前に再婚した。お父さんはアルコール中毒になってしまい、家に帰るとリビングのものが散らかっていたりすることもある。
「…コンビニ寄ろっか。何食べたい?」
拓海はそういう私の事情を知っていていつも気にかけてくれている。彼は私に甘いというか、優しすぎるというか、過保護というか、悪くいえば都合がいいとも言うのかもしれない。私はそんな彼に甘えてしまっている。
「おにぎり。鮭の」
コンビニに寄って拓海が鮭のおにぎりを取った。
「お茶は?持ってきた?」
「…忘れた」
今日は朝から機嫌が悪かったから、いつものように白湯を水筒に入れてくるのを忘れていた。
「じゃあ温かいのにするね」
拓海はお茶を1本手に取り、自然とレジに並ぶ。拓海は私がいつも白湯を飲んでいるのを知っていたのだろうか。
「あ、いいよ。私が払う」
流石に私が食べるものを拓海に払わせるのはいかがなものかと思い、財布を出す。
「あぁ、いいよいいよ。今度勉強教えてくれたら、それで」
そうふんわりとした笑顔で小銭を出し払ってくれる。勉強を教える、というか私の方がいつも拓海に教えてもらう方なのに。拓海は私の扱い方が上手いというか…。私の、ではなく女の子の、扱い方が上手いというか…。拓海はモテるんだろうなぁとコンビニを後にする拓海の背中を眺める。
「はい、たぶん教室着いても食べる時間あるね」
「…ありがと」
私よりもだいぶ背の高い彼なら脚の長さを活かしてもっと早く学校に行けるだろうに。歩くスピードまでも合わせてくれる彼は、本当に優しい。彼はのんびりとした性格で誰にでも優しく、顔もそこそこかっこいい。なので学校でもたまに彼に好意をもっている女子を見たことがある。
2-3。隣の教室で拓海と別れて自分の教室に向かう。教室の前に着くと胸が騒がしい。特に長期休んでいたわけでも、遅刻をした訳でも、転校生でも、虐められているわけでも、虐めているわけでも、特に噂になっているわけではないのに、なぜか。ドアを開けると皆はどんな顔で私を見るのだろうか。そんなことを毎日考えながらドアを開ける。
「…。」
ドアを開けてみると、私に注目している人なんて極わずかな友達だけで、あとは皆それぞれの友達と話している。そういうものだ。
「愛莉おはよ〜」
いつも気だるそうな、ギャルとまではいかないが、なんとなく先生からは目をつけられているんだろうなという感じの真奈美。
「マナミ、おはよ。いいねその髪」
「でしょ?今日デートなの」
くるくるといつもとは違うふんわりと巻きを入れた髪を手先で遊ばせて真奈美は言う。彼女は可愛い。デートというものは女の子を可愛くするものなんだな。
私は恋愛経験はあるとはいえ、あまり真剣に恋愛をしたことがない。中学の時に1度付き合ったけど、中学の恋愛なんてお互い遊びみたいな、“付き合う”という口約束みたいなものでしょう。それ以来、恋愛は無縁だ。
席に着くと自然と視線が黒板に向く。そして前の席の女子たちの会話が聞こえてくる。
「私、久しぶりに体重測ったら4キロも太っててさ〜…痩せなきゃ〜」
「えぇ、4キロはやばくない?」
前の席の高橋真優はぽっちゃりだ。4キロ太る前がいつどの時なのかわからないが、私が高校に入って初めて目にした時から、お世辞にも痩せているとは言えない。私は体質からかそんなに目に見える程太ったことはないが、太ることは甘えだと思っている。
「いや、痩せなきゃっていう前に太るなよな」
口に出してまたやってしまったと後悔した。私は朝も、今も、思ったことをすぐ口に出してしまう。自分では小声のつもりでも、意外と周りには聞こえていて。マナミの笑い声やクラスメイトが高橋真優を嘲笑うような、好奇の目で見るような、そんな空気に包まれた。私はもう何も言えなくなって、一限目の用意を始めた。そして不意に目にした高橋真優は顔を赤らめて、グッと手を固く握っていた。
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