第10話
「マッチョ!」
「ひゃぁ!?」
「ハッ……私はいったい何を……」
いきなり視界が開け、目に飛び込んでくるのは天空を支配している数多の星々。
黒い空を眩く煌めかせるそれらはもちろん大量のマッチョなどではなく、大自然の恵みそのものである。
思考が停止しているのか、カールは自分が今どういう状況に落ち着いているのかが全く把握できていなかった。
ただ何か、人として踏み外してはいけない道に入ってしまった、そんな気がする。
魔灯が照らす橋の上。背中こそ硬く冷たい石タイルの感触だが、柔らかく暖かい何かがカールの後頭部を支える様に置かれている。
「やっと……やっと起きた……起きたよーふぇえぇぇぇぇん!」
「ぬおっ!」
突如頭上から降り注ぐ泣き声に驚き、情けない声を上げてしまった。
何事かと思い体を起き上がらせようとするが、何故か体が動かない。
一瞬金縛りの術か、と罠に嵌められたことに悔しく思うが、すぐにそうではないことに気が付いた。
どうやら現在カールは膝枕をされている状態らしく、後頭部に感じる柔らかい枕は少女の太腿のようだ。
月と星に照らされた橋の上で、美少女に膝枕される美丈夫。もし絵で生計を立てている者が見れば、瞳を輝かせて是非被写体に、と詰め寄ってくるに違いない。
少女の腕が異常に肥大し緑色に変色さえしていなければ。
そして、豪快に涙と鼻水を垂らしながらカールの肩を掴んで、猛獣も逃げ出しそうなほど凶悪な瞳をしていなければ。
美男美女の膝枕だというのに、ここまで絵にならない光景は他にはないだろう。
「治してっ! 私の腕を早く治してよー!」
「や、止めろ! 揺らすな! 私の肩を揺らすな脳ががががががぁぁぁぁ!」
脳を激しくシェイクされたカールは白目を向いて口から泡を出す。
しかしトリスは涙で視界が歪んでいるせいか、そんな惨状になっている事に全く気付かず、延々とカールの肩を揺らし続けていた。
その過程でカールの意識が再び遠のいていくのも必然というべきである。
少しでも早く元の腕に戻す為に頑張っているが、一生懸命が空回りする、トリス・メギストスとはそんな少女であった。
カールから見れば堪ったものではないが、自業自得で同情の余地はない。
「ハア……ハア……ハア……」
「フゥ……フゥ……フゥゥゥ……うぷ」
結局、トリスの体力が尽きるその瞬間まで逞しい腕に振り回され続けたカールは、意識を飛ばすことも出来ず、長い苦しみを味わされ息も絶え絶えとなる。
胃の中をから込み上げてく吐き気に耐えつつ、見上げた先にある少女の顔を見つめると、少女もそれほど鍛えているわけではないようで、呼吸が荒く額からは汗が流れていた。
だからだろう、何度も息を吸い込み、現在は荒くなった呼吸を整えている。同時に体力の回復も図っているのだろう。肩を上下に揺らしながらも少女は力を抜き瞳を閉じていた。
「ハア……ハア……ハアァァァ……よしっ」
「待て。一体何がよしっ、なのだ? 止めろ……人には言葉がある。対話が出来る。力に頼っていては街の外を闊歩してえる魔物と一緒で――」
ピキっとトリスの米神から血管が切れる音が聞こえた。
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