3-16 エンブロイ侯爵
翌日―
私はジュリアン侯爵と一緒にエンブロイ侯爵の屋敷へとやって来ていた。屋敷はとても大きく、モンタナ家の邸宅が1個、まるまる入れたとしても有り余るほどの敷地を有している。ただ、成金趣味が酷く、屋敷に飾られている調度品はゴテゴテし過ぎていて落ち着かないインテリアだった。
ジュリアン侯爵と共に通された応接室のインテリアは最悪だった。黄金に光り輝く巨大なツボが部屋の四隅に置かれ、壁一面には巨大な壁画が飾らているのだが・・・抽象画なのだろうか?何を描いているのさっぱり分からない意味不明な絵画であった。同じように絵を描く私としては、このような絵画のどこに芸術性があるのかさっぱり理解出来ない。
ジュリアン侯爵も同じ事を思っていたのか、私にそっと耳打ちすると言った。
「随分悪趣味な絵画ですね。私としてはライザの描いた風景画の方が余程素晴らしいと思いますよ。」
「ありがとうございます。それではまた風景画を描いたときには是非プレゼントさせて下さい。」
そこまで話をしていた時・・・ドアがガチャリと開けられ、頭の禿げあがった大柄の人物が室内へと入って来た。紫色のローブの裾には金糸の刺繍が施された、ど派手な衣装に明らかに不自然なほど膨れ上がった太い身体。顔には油が浮きまくり、見れば見る程醜い中年男である。まさか彼がエンブロイ侯爵・・・?
「やあ、お待たせ致しました。ジュリアン侯爵様。おや・・・お隣におられる方が私が所望していたモンタナ伯爵の御令嬢ですかな?」
エンブロイ侯爵はドカリと私たちの向かい側の席に座ると、無遠慮にジロジロと上から下まで私を眺めると口を開いた。
「おお・・・これは美しい御令嬢ですな・・・。いやあ~実に残念。私の元へ来れば可愛がってあげたのに・・・いや、本当に残念でなりません。」
しらじらしい台詞を言うエンブロイ侯爵。さては私とジュリアン侯爵があの契約書に目を通しているとは思ってもいないのだろう。そうであればこのような台詞を言うはずは無いのだから。
「エンブロイ侯爵。早速ですが本題に入らせて頂きます。」
ジュリアン侯爵は言うと、足元に置いてあるカバンをテーブルの上に乗せると、袋を開いた。そこには光り輝く金貨がぎっしり詰まっている。
「ほお・・これは・・・。」
エンブロイ侯爵は目を細めた。
「エンブロイ侯爵、貴方の仰る通りにライザ嬢を私が引き取る条件として貴方の提示した金貨5000枚をきっちり用意しました。お疑いであれば、今この場で使用人たちに枚数を数えさせてもいいですよ。」
ジュリアン侯爵の言葉にエンブロイ侯爵は言った。
「いえいえ、そこまでされなくても大丈夫です。何せ貴方はこの町の判事を務めているお方だ。当然信用しておりますよ。」
「それでは、我々はこれで失礼致します。さ、ライザも参りましょう。」
ジュリアン侯爵は一刻も早くこの屋敷を出たいのか立ち上がり、手を差し伸べてきた。私は差し出された手を掴み、立ち上がるとエンブロイ侯爵は口を開いた。
「おや?もうお帰りになられるのですか?いや・・・残念ですなあ。出来れば私の妻たちと一緒に昼食をと思ったのですが・・・。」
するとジュリアン侯爵は言う。
「いいえ、結構です。私はこれから仕事がありますので。」
「さようですか・・。ではまたいずれお会いしましょう。」
エンブロイ侯爵は意味深に笑った。
「・・・ええ。近いうちにまたお会いする事になるでしょう。」
ジュリアン侯爵もどこか含みを持たせた言い方をする。私にはそれが何の事かさっぱり分からなかったが、尋ねようとは思わなかった。何故ならとても聞けるような雰囲気では無かったからだ―。
帰りの馬車の中でジュリアン侯爵は私に言った。
「ライザ、来月・・・何があるか知っていますか?」
「い、いえ・・?何があるのでしょう。」
「来月はカサンドラの誕生日なんですよ。」
「あ・・・そうでしたね。」
そう言えばそうだった。だがそれがどうしたと言うのだろう?
「実はその誕生日ですが・・・モンタナ伯爵は周辺貴族たちに招待状を出しているのですよ。勿論私も頂いています。」
「えっ?!」
私はその言葉に驚いた。まさかカサンドラの誕生日に招待状を送るなど・・・今までそんな事一度も無かったのに、何故今回に限り招待状を?
「ライザ、貴女には私のパートナーとして出席して頂けますよね?いえ・・貴女こそ絶対に参加するべき人なのですから。」
「わ・・分かりました。」
そして一月後・・・私はその言葉の意味を知る事となる―。
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