3-12 醜い家族
「そうですか。つまりモンタナ伯爵・・貴方はご自分の実の娘をあのエンブロイ侯爵に金貨3000枚で売ったという事ですね?」
ジュリアン侯爵はじっと父を見つめた。その瞳は・・背筋が凍り付きそうになるほどの冷たい目だった。
一体本当に・・この方は何者なのだろう?あの鋭い眼光・・とても普通の人には見えない。その証拠にあの父がジュリアン侯爵の迫力に押されて額に汗をかきながら小刻みに震えているのだから。
「な、何が悪いのですか?私は18年間ライザの面倒を見てきたんです。子供が親の役に立つ・・それくらい当然のことではないですか?」
な・・・?!
なんと間抜けな事を言うのだろう?私は18年間の記憶の中で、一度たりとも父からも母からも愛された記憶はない。服はおろか、食事も満足に与えてもらえず、学校にすら通わせてもらうことが出来なかった。でも、勉強をすれば・・・頭が良ければあの父に認められるのではないかと思い、子供ながらに独学で勉強を頑張った。しかし、ある時カサンドラが父に連れられて現れてからはさらに私の立場は悪化した。
それなのに、18年間面倒を見てきた?子供が親の役に立つのは当然?一体どの口が言うのだろうか。
「そうですか・・・それでモンタナ伯爵、あなたはその金貨3000枚で今度は一体何をたくらんでいるのですか?」
ジュリアン伯爵の質問は続く。
「そ、そんな・・・たくらみなんてあるはずないじゃありませんかっ!このお金の使い道は・・き、決まっていますっ!か・家紋の立て直しですよっ!と・・とにかくもうライザの行先は決まっているのですっ!来月はエンブロイ侯爵の元へ行かせるという事が!」
「あなたっ!駄目ですっ!安すぎますっ!値段を釣り上げて下さいっ!」
母も母だ。もう・・この人たちはダメだ。切り捨てるしかない。そこで私は父に言った。
「お父様。契約書はかわしましたか?」
「契約書・・?」
「ええ、私をエンブロイ侯爵の元へ行かせるのであれば契約書を交わしましたよね?私には当然見る権利があります。すぐに持ってきてください。」
「そうですね、私にも見せて頂きましょう。何しろ私はライザの婚約者候補に名乗りをあげているのですから。」
ジュリアン侯爵も言う。
「わ・・・分かった・・・今持ってこよう・・・。」
父は青ざめた顔で立ち上がると、ふらふらと部屋を出ていく。その様子を黙って見送る私とジュリアン侯爵・・そして母。
母は父が部屋から去ると、突如身を乗り出してきた。
「ジュリアン侯爵、私に良い考えがあります。ジュリアン侯爵がエンブロイ侯爵からライザを金貨5000枚で買い取るのです。さすがに金貨5000枚をちらつかせばあの強欲なエンブロイ侯爵もさすがにライザをあきらめるでしょう。ライザはとても賢い娘です。きっとジュリアン侯爵のお役に立てると思います。なのでエンブロイ侯爵からライザを買い戻すことが出来た暁には・・金貨2000枚をライザの支度金として私たちに下されば、私どもはそれでもう十分ですので・・。」
母は興奮しているのだろうか・・・後半部分は早口でまくしたて、よく話が聞き取れない程であった。
「・・・・。」
母の言葉を聞いていたジュリアン侯爵の目は、まるで汚らわしいものを見るよう軽蔑した目をしている。そして、この私も然りだ。
そこへ父が書類を持って、部屋へと戻ってきた。
「お待たせいたしました。ジュリアン侯爵様。こちらの書面がエンブロイ侯爵と交わした契約書でございます。」
小太りの父はよほど急いで部屋に書類を取りに行ったのだろう。額に浮かんだ汗をハンカチでふき取りながら書類をテーブルの上に置いた。豪華な絹の上着の下はでっぷりと太ったお腹で今にも中に来たベストやシャツのボタンが少しでも力を入れればはじけ飛びそうである。そして一方の私は最近ようやく肉付きがよくなってきたが、ほんの少し前までは針金のように筋張った体形であった。
何て醜い・・。今の父も、母も私にとっては嫌悪の対象でしかなかった。父は欲深い白豚で、母は色欲とお金に目がくらんだ醜女である。そしてライザ。頭が悪い癖に人の事をさんざん馬鹿にし、男に色目を使う最低な女・・・。
こんな家にもはや私は未練のひとかけらもなかった。
私は冷静な気持ちでジュリアン侯爵と一緒にエンブロイ侯爵との契約書に目を通し始めた―。
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