第23話 「知らない父」あの日のボクがいた。



翌朝。


起きた時には誰もいなかった。


母は仕事に。

弟は部活で学校に行ったらしい。


インスタントコーヒーを入れて飲む。


まだ午前中だというのに「二拍子」のリズムが聞こえてきた。

「阿波踊り」は、今が本番だ。

身体に染み込んだ「夏」のリズムだ。



東京に出て6年・・・・すっかり東京に馴染んだ・・・・


・・・・・会社では「寮暮らし」だ。

日本各地から、新入社員が集まっている。

寮では、各地の「お国言葉」が乱れ飛ぶ。日本も広いと感じさせられる。


同じ日本でも、地域によってずいぶんと特性が違う。

「言葉」ひとつとっても全く違う。九州と東北では、同じ言語なのかというくらいの違いがある。

・・・・そして県民性。


東北の人間は、すぐに言葉を直そうとする。・・・・「東北弁」そのものが、「田舎言葉」と揶揄されるからだろうか、それこそ「直るまで話さない」それくらいの熱意で言葉を直していく・・・だけじゃなく、ファッションすらも直そうとする。

土日、休みごとに朝早くから、やれ原宿だの、新宿だのへと出かけていく。そして大きな買い物袋を持って帰ってくる。日増しに「東京人」になっていく。


九州人にも、そういった傾向がある。・・・・しかし、九州人が東北人と違うところは・・・・「酒」が入ると、すぐに言葉が「九州言葉」に戻ることだ。

一応、「郷に入れば郷に従え」で、東京には合わせますが、本質は変わりません。・・・そういった芯の強さ・・・強情さを感じる。


・・・・いずれにしろ、東京から離れれば離れるほど、東京への憧れや畏敬の念は強いのかもしれない。

しかし、東京から遠く離れた北海道は、また違う。

北海道は、意外と言葉が綺麗だ・・・・標準語に近い言葉を話す。

・・・おそらく・・・北海道は、日本全国からの入植者が多い。・・・つまり、それぞれが、それぞれの「お国言葉」で話しては、話が通用しない・・・コミュニケーションがとれない・・・そのため、共通言語としての標準語が使われるようになっていったんじゃないだろうか。

・・・・もっとも、標準語に近いといったところで、それは、札幌など大都市圏に限ったことで、北海道も中心から外れていけば、独自の方言が強くなる・・・・それでも、東北の方言から比べれば標準語に近い。


そんな中で言葉を全く直そうとしないのが「関西人」だ。

絶対に直してたまるか!という強烈な意思を感じる。

関西には、関西独自の「反東京」意識がとてつもなく強い。


「東京には絶対負けへん!」


勝手に、東京に敵対心を燃やし、勝手に、強烈なライバル心を持つ・笑。


関西人が「阪神タイガース」を応援するのは、大阪タイガースが、東京ジャイアンツに向かっていく姿を応援するためだ。

阪神ファンは、優勝を望んではいない・・・ただただ、東京にさえ勝てば、東京ジャイアンツにさえ勝てばそれでいい。

それが証拠に、広島に負けたとて、なーんとも思わない。横浜に負けたとて、なーんとも思わない。

ただただ、東京巨人軍にさえ勝てばいい。その姿さえ見られればいい。



しかし、東京に住んでみればわかる。

東京は、大阪は元より、関西を相手にしていない・・・・というか、相手にする、相手にしないという意識すらない。

東京から見れば、「関西」も「東北」も「九州」も、いち地方であることに変わりはなく、それ以上でもそれ以下でもない。


ボクも、東京に対しては意味のない敵対心を持っていた。


「東京には絶対負けたらアカン!」


・・・何に対しての挑戦状や??笑。


しかし、実際に東京に住んでみれば、東京は東京で完結してしまい・・・・東京=日本 であって、その他の地方は全く眼中にないことがわかる。


東京にとって、韓国旅行と沖縄旅行は同次元のことだ。

国内旅行、海外旅行といった別はない。

韓国も、沖縄も旅行で行く場所であって、そこに、同じ日本だという意識・・・同じ国家だという連帯感はない。


・・・・まぁ、地方に住んでいると、逆に「東京」を同じ国だとは思ってなかったりするけれど・・・「東京」を、アメリカと同次元で見ていたりする。

地方では、国会中継を、どこか別の星の出来事のように眺めている・・・ボクがそうだった。

しかし、東京に住んでいれば、国会中継が、東証の株価ボードこそが日本だと思ってしまう。



・・・いずれにしろ、関西人は、勝手に東京を「仮想敵国」にしてしまい、勝手にケンカを売り、勝手に敵対心を持ち・・・その結果、絶対に言葉を直さない。

地方からのお笑い芸人が、役者が、すぐに言葉を直すのに、関西芸人だけは、意地になって言葉を直さない。


「絶対に負けへんわ!」


と、心の中で呟きながら、日々、東京で戦っている。・・・何に対して???笑。



・・・・ボクは・・・

徳島県は、関西に対してコンプレックスがある。

東京に対しては当然として・・・ただ、東京は地理的に遠い。

同じような言葉を話しながら・・・それでも、関西と、四国では、雲泥の差ほどの各種の差がある。関西には、地理的に近いがゆえにリアリティーのあるコンプレックスを抱く。


ボクも、関西・・・大阪に対して大きなコンプレックスがあった。


たまに、大阪に遊びに行ったとき、大阪のエネルギーや、都会加減にコンプレックスを抱いた。・・・こんなとこじゃ生きていけへん・・・現実感のあるコンプレックス、恐れを抱いた。


そこから考えれば「東京」は・・・・もはや外国と同じ感覚だった。日本語が通じる外国といった感じだった。

大阪に出たなら・・・どこかで徳島を背負ってしまうんじゃないかと考えた。・・・関西人が東京で生活しながら関西を背負う・・・・それと同じ意識を持つんじゃないかと思った。

しかし、東京であれば、キレイさっぱりと徳島を拭いされるんじゃないかと考えた。


右にも左にも、誰一人ボクを知らない世界に行きたかった。

・・・逆に言えば、誰をも頼れない世界に行きたかった。

知り合いがいれば頼る・・・結果は、人間関係のしがらみの中で生きていくことになる。

一切のしがらみを絶った世界で生きていきたかった。


・・・それが「外国」だった東京だ。


もともと、徳島を棄てるために東京へ出た。

だから、徳島に執着せずに・・・・執着という言葉を意識することもなく、自然と言葉は標準語に変わっていった。

徳島という「衣」を脱ぎ捨て、素になったところに、東京が染みわたってきたという感じだ。

ボクの中に徳島は1mmも存在しない・・・きれいサッパリ流れ落ちたと感じていた・・・・


・・・それが、父の病院に行った時・・・・・徳島に戻って一晩で、たった一晩で身体が徳島に戻ったのを感じた。

今では、ずっと聞いている「二拍子」のせいか・・・すっかり体内が徳島になっているのを感じた。

これがDNAというものなのか・・・・「血」というものなのか。



ピンポーン・・・呼び鈴が鳴った。


玄関を開けてみれば少年が4人立っていた。・・・正確には3人と、手を繋がれた幼児が1人。

揃いのハッピを着ている。1人の少年が花を持っていた・・・・祭壇に祭られているのと同じ花だ。・・・祭壇用、献花用のセットだ。




・・・・祭壇に向き合う少年たちの背中を見ていた。

花を祭壇の横に置き、線香に火をつけ・・・・ひとりひとりが手を合わせていった。

6年生が3人と、そのひとりの弟・・・・4歳だという。



・・・・その兄弟の後ろ姿を見ていた。

6年生の兄の横に、チョコンと座っている4歳の弟・・・・



父は、児童館で「二拍子」の指導をしていた。

ウチと阿波踊りとの縁は深い。古から踊りのグループ「連」に対して、陰ひなたとなり有形無形の援助をしてきた。

阿波踊りの時期には、毎年ウチには沢山の人間が出入りしていた。


・・・それが、ウチの没落によって終わった。

父の運送会社の失敗・・・屋敷を手放したことによって終わりとなった。

その後、ウチの役割はゴンの家が引き継いだ。

ウチの公式的な役割は終わったが・・・・資金を必要とする役目はできなくなったが、それでも「二拍子」の指導など、文化の継承の役目を父は担っていたらしい・・・もちろん、公式なものじゃない、父の趣味程度、ボランティアといったものだろう・・・

それでも、毎年、学校で、児童館で、子供たちに対して指導を行っていたらしい。

この少年たちは、児童館で父の指導を受けていた。


父の死を知って、代表として「6年生で線香をあげに来たんです」と言った。・・・みんなで少しづつお金を出し合って花を買ったんですと言った。

練習の後には、アイスクリームを食べさせてもらった。それが美味しかったと、嬉しかったと少年たちが言った。



少年たちを玄関に見送った。


これから祭りに行きます。教えてもらった「二拍子」を披露してきます。


一列になって礼をされた。・・・1人の少年に手を繋がれた幼児。・・・兄弟だ。


どこかホッとしたように去っていく少年たちの後姿を見送った。・・・なんだか、父を、過大評価されてるようで変な緊張をしてしまった。

・・・・そして、知らなかった父の一面をみせられた。



・・・・後姿・・・手を繋いだ兄弟・・・



あれは・・・あれは、ボクだ・・・ボクたちだ・・・ボクと弟だ。

・・・・あの日のボクと弟だ。



・・・あの子たちに・・・父は・・・あの子たちに教えていたのか・・・




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