第7話 「トラック野郎独立失敗」ずっとエースだった。



ボクは、青いグローブを大きく振りかぶった。足を高く上げた。渾身の力を込めてキャッチャーめがけて投げ込んだ。バットが空を切って、ワンストライク!


ボールを受け取り、ボクはまた足を高く上げた。



放課後、学校のグランドで3組との野球の試合。


ボクはキャッチャーの「ゴン」・・・権之助めがけて思い切り投げ込む。

バットが空を切って三振!9回ツーアウトまでこぎつけた。

今日は、球が走ってる。途中でつかまり、3点とられたけれど、味方が4点とって、ボクは尻上がりに調子をもどして三振の山を築いていた。


・・・・バッターボックスには4番が入った。

気をつけなきゃな・・・一発くらったら同点やんけ・・・


「カズく~~~ん!」


女の子たちの声援が飛ぶ。

クラス対抗のリーグ戦は、学校ではかなりのイベントや。クラス全員の女の子が応援に来てるといっていい。・・・・その中心にいるのは村の女の子たちや。応援席の中心に陣取っている。

・・・でも、その騒々しい「村」の女の子たちとは違い、応援席の端に佇んでいる新興住宅地の女の子・・・「町」の女の子たちの方がボクは気になった。そこに茜がいたからだ。


キャッチャーのゴンは従弟や。

家も近所で、歳も同じ。当然親同士が親族や。まったく兄弟のように育った。

ボクなんかと違って成績がよくて・・・・クラス委員長でもある・・・見るからのキャッチャー体型そのままに人望があって、クラスのご意見番・・・・そう、まさしく「ご意見番」という言い方がピッタリやった。

なんというか、言うこと、やることが大人やった。


最初に野球を始めたのは、村の野球チームからだ・・・っても、遊びの世界や。

ゴンには4歳年上の兄ちゃんがいて・・・だから、こいつも従兄・・・・キャッチャーをやってた。

そこで1年生でピッチャーを任されて、その後ずーっとエースの座を守ってる。


そのまんまで、学校、クラスのチームでも当然のようにピッチャーを任され、全学年でエースを務めた。

ゴンも当然のようにキャッチャーを務め、同じクラスになった時には、最強のバッテリーを組んだ。


打順は6番が定位置。長打力はあるんやけど、三振も多くてクリーンアップは打てなかった。もっとも、6番のほうが、好きにしていいという打順、気楽にバッターボックスに立てたからよかったけど。


小学校では、クラス対抗のリーグ戦はけっこー本気で戦っていた。

そのため試合も本気で、バッターとしても場面に応じてバントだの、流し打ちだの、難しいことが要求された・・・・そんな中でクリーンアップなんか打てるわけがない。



投げ込んだ球が、外角に外れた。・・・・きわどい。


「ボーーーール!」

審判のコール。・・・・審判っても手の空いてるヤツがやってるだけだやけど。


・・・あらら・・・ノーストライクで、3ボールになってもうた・・・


タイムがかかってマウンド上に内野手全員が集まった。なんたって相手は4番バッターや・・・9回のこの土壇場で、一発が出れば同点や・・・・緊張の一瞬やで・・・


「外角で勝負やな」

キャッチャーのゴンが言う。


「フォアボールでもええやん。次で勝負でも」

セカンドが言う。


「変わるか?」

ファーストの龍也が言う・・・・こいつは新興住宅地の住人だ。「町の男の子」や。4番バッターで控え投手でもある。投げたくてしょうがないんやろうな。

・・・でも、残念ながら、ボクと同じクラスになったからには出番はないで(笑)。



4番との勝負を避けて歩かせる。次のバッターで勝負や。みんなの意見がまとまりかけた・・・



「嫌や、このまま勝負や」



ここで逃げたら次も逃げなアカン。苦手意識は負け犬意識を生む。そんなんはまっぴらゴメンや。

・・・ボクの大好きな阪神の中西は、どんな時でも巨人のバッターに向かっていく。

相手が強かったら強いほど向かっていかなアカン。

逃げて勝ったところで、そんなんはホンマに勝ったことにはならへん。


「試合に勝って、勝負で負けた」


そんなんは嫌や。

どーせなら逆がええ。


「試合には負けたけど、勝負には勝ったで」


・・・・それが、阪神ファンの心意気や!



ボクの一言で、勝負と決まった。


内野手が思い思いにボクに声をかけてくる。

遠く離れたライト、センター、レフトの3人が手持無沙汰の様子でマウンドのボクらを見てた。


ゲーム中の作戦会議・・・・んなときは内野手だけが集まる。・・・・そんな時の外野は蚊帳の外や。

プロなら長距離バッターの定位地の外野も、小学校の野球チームでは人数合わせでしかない。

スクールカースト下位グループってことやろう・・・・・



試合再開。


青いグローブの中で球を握りしめる。

1年生の時、誕生日に青いグローブを買ってもらった。

ボクに小学生用。父さんが大人用。同じ青い色のグローブを買った。

もう5年生や。今、ボクが使ってるのは父さんの大人用のやつやった。

小さい方は、いつの間にやら見なくなった・・・・


大きく振りかぶって、足を高く上げた。


・・・・外角ギリギリのコースがストライクの判定。カウント2-3 ・・・・あと一球までこぎつけた。


大きく振りかぶる。・・・・足を高く上げる・・・・ゴンめがけて投げ込んだ。

バットが空を切って三振!ゲームセット!

ボクはガッツポーズをして、浮き上がった帽子を直した。

ゆっくりホームベースへ向かう、整列して最後の挨拶や。

遠くから、外野の三人が急いで走ってくるのが見えた・・・・・




そんないつもの日やった。

一本の電話が入る。

父さんに仕事を回している会社からやった。「来てない」って言う。


「え?・・・今朝、出ましたが・・・・」


父さんは朝早くに家を出ていた。・・・ボクが起きた時に、ちょうど家を出るところやった。「行ってらっしゃーい」と大きく手を振った。

それから大騒ぎになった。父さんの仕事が仕事や。「事故!」一瞬、全員の脳裏に浮かんだ・・・

でも、現実はあっけなかった。なんと父さんは、隣の市にある母さんの実家で寝てただけやった。つまりはサボり。


・・・昼間っから、酒を飲んで、酔い潰れてたんや・・・・


どういう理由で、そうなったかはわからない。

でも、母さんの実家にしてみれば、婿殿が訪ねてきたわけだ。もてなすにちがいない。・・・そこで、どうなったのか酒を飲んで寝てしまった。



独立すると、稼ぎは確実に増える。

もとより、そのために独立するわけで、ましてや仕事自体は、これまでやってきたことや。同じ時間働けば、確実に稼ぎは増える。


これまでの1ヶ月の稼ぎが10日で稼げるとなれば「もっとがんばろう!」寝食を忘れて働く人がいる。

でも、反対に「10日働けばええ」そう考える人もいる。

そして、父さんは後者やった。とても商売人向きとはいえない人やった。


ましてや、時流に乗ったようにトラックは増えていった。今や3台ある。自分一人がサボッたとて他の2台の実入りがある。



父さんは、性格が穏やかで優しい人やった・・・・

そんな父さんの唯一の欠点が「酒」やった。

酔うと訳がわからなくなるんやった。おそらく、日頃、おとなしい性格なだけに、ストレスが溜まりやすいんやろう。酒を飲むとその溜め込んだものが一気に噴出する。絡んでくるんやった。


ふつうに機嫌よく晩酌しているぶんには問題なかった。

阪神戦を観ながらビールを飲んでいる・・・・が、酒量が、ある一定を超えると絡みだす・・・・祖父さんに絡み・・・・母さんに絡み・・・・最後はボクにまで絡んできた・・・・しかし、誰も相手にしない・・・そうすれば、なおさらに絡んでくる・・・・・


もともと酒癖が悪かった。

・・・・それが、年々酷くなっていった。



・・・しっかし、ここからの父さんの転落は早かった。

決定的なことが起こる。



ある時・・・・夜やった。

祖父さん、母さん、弟と晩御飯の最中やった。

・・・・父さんが帰ってくるのは今晩の予定・・・まだ帰ってこない。


一本の電話が入る。


そこから慌ただしくなった。

留守番してるようにと言われて、母さんと祖父さんはバタバタと出て行った。



弟とふたり並んでご飯を食べていた。・・・テレビからは仮面ライダーが流れていた。

弟が3匹のコブタのフォークでご飯を食べている。・・・仮面ライダーに夢中で手が止まっている。


祖父さんも母さんもいない・・・仮面ライダーを見ながらご飯を食べても怒られない。

座卓じゃなしに、テレビの前で並んで食べた。


祖父さんと母さんの雰囲気から只事やないものを感じた・・・


何とも言えない嫌な感じってのか・・・・鳴門の大渦を初めて見た時のような・・・・ザワザワしたもの感じやった・・・・




・・・・父さんは警察に捕まっていた。



あろうことか「飲酒運転」で逮捕されてしまっていた。・・・・ボクが事実を知ったのは、ずいぶん後になってからや。


これで、父さんの「運送会社」は終わった。


トラック3台は元請会社に引き取ってもらっていた。

・・・・そして従業員一同どころか、自分さえも引き取ってもらっていた。・・・・働かないわけにはいかないからな・・・・父さんの独立なんぞ、一時の夢のような出来事やった。

でも、今度は、一度、楽を覚えた人間は、そう簡単に真面目に働けるもんやない。

しかも、これまで10日で稼げたもの・・・自分がサボッても金が入ってきたものが1ヶ月丸々、毎日キッチリと働かなきゃなんない・・・しかも「社長」とおだてられてきたのが、1運転手となる・・・・面白いはずもない。

酒を飲んでは仕事に穴をあけ、暴れていた。


「酒乱」


お決まりの母さんへの暴力。

・・・・そしてボクたち子どもたちへも・・・・もう、絵に描いたようなお決まりの転落パターンやった。


もう、ホントによくあるパターン。

・・・・もう、ホントによくあるパターンや。


・・・でも、よくあるパターンとはいえ、それを体験した当事者にとってはメッチャ辛い毎日やった。



家には酒をまったく置かなくなっていた。でも、父さんは料理酒はもちろんとして、養命酒さえラッパ飲みして酔い潰れていた。

近所の酒屋へは、母さんが父に酒を売らないように頼んでいた。

・・・・それでも、村社会のことや。酒屋のオジサンも、全く父さんを無視することもできなかったんやと思う。


・・・・それに、祖父さんも酒を飲む・・・・祖父さんは自分の酒を隠してはいたけれど、しょせん家の中のはなし・・・・父さんは、すぐに見つけて飲んでいた。



家の中が毎日、殺伐としてきた・・・・


父さんと母さんの夫婦喧嘩・・・・

父さんと祖父さんの親子喧嘩・・・・


小学生のボクには何もできない・・・・・


知らない顔をして、仮面ライダーを見て・・・・阪神戦を観ながらご飯を食べていた。・・・・隣に、チョコンと弟が座っていた。


3人の罵りあいを聞き流し、弟と並んで2人ご飯を食べていた。




夜。

その日も父さんはいつものように、どこからか酒を手に入れて飲んでいた。

そして、死んだ魚のような目をして荒れ狂っていた。


・・・・・もう完全に狂ってしまっていた。


その顔は、もう人間の表情やなかった。


ボクの大好きやった父さんの顔やなかった・・・・・


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