第32話 微睡み


………

……


(…こ、こ、は?)


瞼を開けると其処は真っ白な空間だった、周りには何も無い。


頭がボーっとする、全身がだるい感じだ、まるで水の中に身を委ねて、力を抜いて浮かんでいる感じ。


動かそうとしてみる、けど動かない、指先一つ動かす事が出来ない。


さっきまで、物凄く痛かった様な気がする。


何でだろう?今は何とも無い、其れ所か、何だか頭がぼーっとして、フワフワした感じで、まるで身体が宙に浮かんでいるみたいな。


何だろう?気持ちいい?


身体は動かせないけど、まあいいか。


凄く眠い、此のまま眠りたい。


『あらあら?』


声がする。


『駄目よ?こんな所で眠ってしまっては。』


女性の声だ。


『風邪を引いてしまうわ。』


(…誰?)


『私?ふふ、さぁ?誰でしょう?』


何処かで聞いた事のある様な声。


『本当?覚えていてくれているのかしら?』


(覚えて?)


『そう、覚えて…いえ、違うわね、覚えている筈は無いわ。』


(どうして?何故覚えている筈が無いの?)


『だって、私と最後に会った時の貴女は、まだ1歳だったもの。』


(い、1歳?)


『ええ、だから覚えているのでは無くて、私と云う存在を感じ取っていたと云う事かしらね?』


(…えっと、よく解んない。)


『うん、解らなくて当然ね、素直で宜しい、まあ、今は気にする事は無いわ。』


(今は?)


『そう、今は。』


(じゃあ、何時か知る時が来るの?)


『ええ、勿論。』


何だろう?とても懐かしい感じがする声、とても優しい声、凄く安らぐ声。

ふと一つの言葉が脳内を埋め尽くす様に広がった。



(…姉さま?)


『あら?…ふふふ、私は貴女の姉ではないわよ?』


(そう…だよね、でも、何故だろう?…何故か解らないけど、そう思ったの。)


『ああ、でも、そうね、私は貴女の姉では無いけれど、貴女にそう呼ばれた事は有ったわね。』


(え?本当?)


『ええ、本当よ、其れに、そう呼ばれても悪い気はしないわ。』


(良かった。)


『ふふふ。』


微笑む声だけしか聞こえない筈の、女性の表情が、ぼんやりと見えた気がした。


『所で、こんな所で何をしているのかしら?』


(えっと、こんな所と言われましても、此処が何処なのかをまず解っていません。)


『…そっか、其処からか。』


(う、ご、御免なさい。)


『ううん、気にしないで?そうね、此処は、夢の中、と言えばいいかしら?』


(ゆ、夢?)


『そう、夢、正確には【微睡まどろみ】の中。』


(まどろみ…、じゃ、じゃあ姉様も夢の中の人なの?)


『いいえ、私は今眠っているのだけれど、貴女は私の夢の中で繋がっているの。』


(………えっと、い、意味が解りません。)


『ふふふ、まあ、当然解らないでしょうね、貴女も今眠っている筈なのだけれど、眠る前の記憶は有るかしら?』


(え?…そう云えば、思い出せない?)


『…そう、大分危険な状態かも知れないわね。』


(え!?き!危険って!?)


『あ、…ふふふ、大丈夫、今のは言葉の綾よ、少しいいかしら?』


ふと頬に冷たいモノが触れる感覚を覚えた。


冷たい…、けど、嫌じゃない、頬に優しく触れている、此は、…手?


『成程、貴女の現状は大体理解したわ、大丈夫、此位なら何とかなる、………あら?貴女、順番を飛ばしてしまったのね?』


(順番?)


て云うか、気になる単語が一杯並んでるんですけど!?


『仕様がない子ね、ある意味では天性の賜物かしら?』


(何の…事?)


『さあ、そろそろ目を覚まさなきゃ、何時までもこんな所に居ては駄目よ、メルラーナ、貴方は私に会いに来るのでしょう?』


(え?どうして其の事を?)


『さぁ?どうしてでしょう?』


(…解らない。)


『其れは私と貴女が出会えた時のお楽しみと云う事にしておきましょうか?そうそう、ちゃんと順番は守らないと、身体に負荷を掛けるだけよ?だから、目覚める前に一つだけ、良い事を教えて上げる。』


(?)


『ガウ=フォルネスは貴女を護っているのでは無いわ、貴女がそう願ったからそうしただけ、願いなさい、強く、そうすれば、必ず其れは具現化する。』


女性の声は、そう言い残して、聞こえなく成ってしまった。


(姉様?)



!!



………

……


「めるらーなー!めるらーなー!うああああああああああああん!」

「煩ぇぞガキ!!ちったぁ黙りやがれ!!」

シラズがリゼを黙らせようと叫ぶ、一階の方は騒ぎが大分収まってきた様だ、陽動班は全滅か捕らえられたと見ていいだろう、元々こんな強行作戦など成功するとは微塵も思っていなかった、早く此方も片づけないと俺の身にも危険が迫ってくる。

変わった能力を持った少女は床に倒れ込んで大量の血を撒き散らし、ピクリとも動かなくなっていた。

「くたばったか?中々しぶとかったが、…まあいい、さっさと小娘の腕を斬り落としてアダマンタイトを回収するか、其の後は此の喧しいガキを連れて、………あ?」


此の状況には似つかわしく無い、間の抜けた声を出すシラズ。

魔人のガキの喉に突き付けているナイフを持った腕が急に冷たく成り、更に痛みが発生する。

「な、んだ?」

シラズは自身の腕を見ると、腕が凍っていた、腕の表面には氷の膜が張られていて、其の膜は方まで張り付いている。

「ひっ!」

凍った腕に得も知れぬ恐怖が込み上げ、思わず腕を動かそうとした。


パキン!


何かが割れる音がする、次の瞬間、シラズの腕は粉々に砕け散った。

「…っあああ!?………あ?」

激痛が走ったかと思い、叫び散らそうとしたが、不思議と痛みは無かった。

「何だ?い、痛く無いぞ?…まさか、幻か?」

シラズは幻術魔法の使い手である、其の為、痛みを感じない事に違和感を覚え、幻を掛けられたかと思った、だが幻術魔法は脳に直接ダメージを与え、痛みも感じさせる事が出来るものだ、其の幻の痛覚を与える事で、激痛から心臓麻痺を引き起こして死に至らしめたりする魔法である、基本的に幻術魔法事態は超が付く程の高難度の魔法であり、シラズが使った魔法は特に難易度の高い魔法で、此の魔法を習得し、かつ完成させるのに何十年も掛けたりする、他人に幻を見せると云う傍から見れば単純な魔法だ、メルラーナに相方の男が心臓を貫かれて死んだと思いこませ、背後から襲ったのだ、たった此れだけの事をする魔法に1年掛けた、正確には1年掛けて漸く此れだけの事が出来る魔法にしたのだ。

だからこそ、此れも同じ魔法だと思った、此れに痛覚を与える様にする為には途方もない時間と労力が必要とされる事は自分自身が一番解っていたからだ、腕が氷付いて、尚且つ砕け散ったのに痛く無いと云う事は、つまりはそう云う事だ、そう結論付けた。

だからシラズは瞼を閉じて無く成った筈の腕の感覚を探る、無く成っていなければ感覚は有る筈だ。


「………………………………?」


おかしい、集中が出来ていないのか?薄っすらと瞼を開けて、腕を見るが、腕は存在しておらず、肩まで張り付いていた氷は残ったままだった。


シラズは此の時、二つの大きな間違いを犯してした、一つは此の魔法を誰が行使したかと云う疑問に思考を張り巡らせ無かった事、もう一つは…。


「くそっ!くそっ!くそっ!何だ此れは!?何故腕が見えない!?何故感覚が無い!?有る筈なんだ!腕は有る筈だ!腕が無くなったりなんかしたら!痛みを伴う筈だ!激痛が走る筈だ!完成された幻術魔法なら痛みを与える程度の事が簡単に出来る筈なんだ!痛みは無いって事は未完成な証拠なんだ!なのに何故だ!?」

シラズは完全に冷静さを失っていた、此の状態では幻術魔法を解く事等出来る筈も無い。

「お、おい、シラズ。」

メルラーナを背後から刺した男がシラズに声を掛ける。

「そうだ!お前から見てくれっ!俺の腕は有るだろう?凍ってなんかいないだろう!?」

まるで命乞いをするかの様な表情で男に問いかける、が。

「………無いよ、シラズ、俺から見てもお前の腕は無い。」


「!?」


そう、もう一つは、此れが幻術魔法では無いと云う事に気付かなかった事である。

最初に冷たさと痛みが走ったのを腕が砕け散った事で完全に思考から外されていたのだ、痛みが一瞬で消えたのが原因ではあるが、痛みが消えたのは瞬時に凍り付き、凍傷して壊死した為だ、麻痺したのでは無く、神経が死んでしまった事で痛みを感じなくなったのだ。





夢を見ていた気がする、でもどんな夢か思い出せない、重い瞼をゆっくりと開く、瞳に映ったのは床一面に広がる朱い液体の様なものだった。

其れを見て思い出す、そうだ、私は後ろから刺されたんだ、身体が重く、怠い感じがする、血を流し過ぎた所為だろう、ふと腕を動かし、手を胸に当ててみる、何故か痛みは無い、其れに、血みどろではあるけど、手で触れた感じ胸の傷が無い様な気がする。


「?」


背中から貫通する程に剣を突き立てられたのだ、傷が無い筈が無い、傷所か穴が空いていても不思議では無い筈なのに、重い身体を無理矢理動かし、上半身を起こす、そして自らの眼で剣で貫通した筈の胸を見た。


「…傷が、無い?」


夢の内容は殆ど思い出せないけど、最後の一文は何故かはっきりと覚えていた。


『願いなさい、強く、そうすれば、必ず其れは具現化する。』



ドクン!


心臓が大きく高鳴った。


ドクン!


まるで、胸に耳を当てているかの様に。


ドクン!


瞼を閉じ、…願う。


ドクン!


リゼの泣いている声が聞こえる。


ドクン!


リゼを………助けなきゃ!


ドクン!





『第一段階………開放。』





何処からともなく声が聞こえた、誰の声かは解らない、何の声か判る筈も無い、でも、間違いなく、はっきりと聞こえた。

メルラーナはゆっくりと立ち上がる、何故だか、どうすればいいのか理解していた。


「リゼから手を放せ。」

静かに、しかし力強く威嚇する。


「あぁ!?」

メルラーナの威嚇に対抗してくる、が。

「…あ?………ヒィ!?」

リゼを掴んでいた手が腕毎凍っていた、一瞬の恐怖を感じたからか、思わず腕を動かすと。


パキンッ!


砕け散った。


「うあああああああああああああああああああああああああっ!?

腕が!うでがあああああああああああああああああああああっ!?」


両腕が砕かれたシラズから解放されたリゼは迷わずメルラーナに向かって走り出す。

「めるらーな!めるらーな!めるらーな!」

「リゼ!」

力強く抱きしめ合う。

「だいじょうぶなの!?いたくないの!?」

怖い思いをした筈なのに、そんな状況で私の心配をしてくれていたのか。

其の想いに答える様に抱きしめていた腕に力を入れる。

「めるらーな?くるしいよ。」

「あ!ご、ごめん!」

リゼから手を放すが、リゼはメルラーナに引っ付いたまま離れない、仕方ないので其のままにして置く事にした、其の時。


ドサッ!


何かが倒れた音がする、音のした方を見るとシラズが倒れていた、意識はあるものの精神的におかしくなった様だ、何かブツブツと呟いている。


「!?」

メルラーナはもう一人、男が居た事を思い出す、心臓を貫いた筈の男、振り返ると其処には私を刺した血で染められて真っ赤になったショートソードを此方に向けて警戒している男が睨んでいた。


「お前は何だ?今のは魔法か?」

男は足りない思考を張り巡らせていた、魔法に関しての知識は無い為、只の想像でしかないが、魔法では無い様な気がする、何故ならシラズを一瞬で凍らせたあの氷は魔人の子供に一切影響を与えていなかったからだ、只々凍らせるだけならそんな魔法なら色々有るだろう、しかしそんなピンポイントで、しかも一瞬で、其れも粉々に砕け散る程凍らせる魔法等有るのだろうか?きっと無いだろう、なら魔装具なのだろうか?いや、それはあり得ない、魔装具は魔法の力を道具に込めた物だと聞いた、つまり魔法に出来ない事は魔装具には出来ない筈だ、つまり。

男は最悪の状況を思い浮かべる。


「霊装…か?」


霊装、其れは神器と同等の力を持つ神々が作り出した神具。

其れならばあの異常とも思える力も頷けるかも知れない、そして霊装で有るならば勝ち目は無いに等しい、どんな能力を持った霊装なのかは解らないが、確かに胸を貫いたのだ、死なない筈が無い、其れが生きて、しかも見た目では有るが傷が無い様に見える。


その時、下の階から階段を上がって来る音が聞こえて来た、数は、…解らない、複数人なのは間違いない、冷静では無い今の状態で一々数を数えては要られなかった。

「此れは命が幾つあっても足りないな。」

そう言って男は即座に踵を返し、部屋から立ち去ろうとする。

シラズを置いて。


「!?逃がさない!!」

メルラーナは脳内をフルに稼働させて願う、あの男を逃がす訳には行かない、逃がさない様にするには、機動力を削げばいい、足を狙えば逃げる事は敵わなくなる筈だ。


意識を集中させ、男の足に狙いを定め、凍らせる様に願う。

次の瞬間、男の足元の床が瞬時に凍り付く。

「…は、外した!?」

そう、凍り付いたのは床であって、男の足では無かった、男は其れを好機と判断し、部屋の外へと飛び出して行った。


「待ちなさ…、…っ!?」

突然目眩を起こしメルラーナの身体が崩れ落ちる、床に膝を付き、全身から大量の汗が噴き出した。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

呼吸も荒くなり、再び床に倒れ込む。

「めるらーな!?」

リゼがメルラーナの名前を叫ぶ、其の声を聞き乍ら、メルラーナは意識を失った。

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