魔法召いのリキ・ユナテッド〜召喚師・召喚獣・召使い〜

音無音杏

第1章ㅤリキの災難

「今日からここ≪ファラウンズ≫に入ってもらう。リキ・ユナテッド」

「……はい?」


 彼女から告げられたそれはとんでもないことだった。


 目の前に立つ女性はどこか威圧的な雰囲気を持ち、ありなしは関係ないといった感じで。今は自分の意見を言う場ではない。

 デスクだけが置いてある一室で簡単に問う。


「どういうことで」

「そのままの意味だ。ここは魔法学園、わかるだろう?」


 わかるけどわからない。そんな顔をするリキを見て女性は続けた。


「今日はパーティが開かれる。その時に発表でもするので準備しとくように」


 何も意見を言えないまま話は終え、彼女の言う通りパーティ会場で挨拶をすることとなった。




 静かなベランダに出たリキは一息つく。大勢の前に出た上注目の的となったのだ。疲れも出る。

 あの視線は耐えられなかった。今頃新入生という奇妙な目と好奇な目。

 全てあの女性ーーサラビエル先生が自己紹介的なことをしてくれたが、自分の名を口にするだけで緊張が増し、彼女の言葉は何も耳に入ってこなかった。


「ーーリキちゃん、だよね?」


 いきなり聞こえた声に瞳孔を開く。振り向けばそこには金髪の男性。人の顔色を伺うような表情をしていた彼は、ほんの少しぱぁっと顔を輝かせ表情を豊かにした。


「やっぱり。さっき会場で挨拶してた子でしょ」


 そういえばそうだったと思う。自己紹介で自分の名を口にした。頷けば知らずと近距離にいた彼が見下ろしてくるのが気になる。


「あのさいきなりなんだけど俺の相棒(パートナー)になってくれない?」


 その言葉に視線をあげる。その顔はーーなんの? といったものだ。


「ああごめん、入りたてでよくわかってないよね。ここでは戦闘が行われるんだ。だからその時のパートナーになってほしいなって」


 ーー戦闘……。更にここのことがわからなくなってくる。


 戦闘とは<誰か><何か>と戦うこと。それは一体何なのか。ここのことを何も知らないので混乱さ二倍である。そもそも<誰か>と戦うなんて言われたら絶句以外の何ものでもない。この学園のことを敬遠してしまう。


「もう少しだけ詳しく教えて」

「戦闘のこと?」


 うん、と頷けば目の前の金髪の彼は、んーと考える。


「学園内で戦闘の演習するんだけど、それは外にいるドラゴンとかやっつけるために力とか協力性とか高めるためにやるとか。二人組になって同じ二人組と戦う」


 それでは誰か<人>と戦うということだ。

 ーー人間同士の争い。


「リキちゃん。それで答えは?」

「聞いといて悪いんだけど……、私戦闘とかできないから」

「戦えなくてもいいんだよ。ただ回復してくれるだけで助かるから」


 食い下がってとても諦めてくれる雰囲気ではない。


「何かの手違いでここへ入れられたんだと思うんだよね……。魔法学園なのに私魔法使えないし……」


 ここではきっと魔法が使えない人の方が珍しいのだろうーー。


「俺も使えないよ、魔法」


 と思ったが違った。


「魔法が使える人だけがここにいるわけじゃないんだよ。剣とか武器とか使って戦う人も大半いる。なんていうんだろう……兵とか騎士的な」


 魔法が使える人が魔法学園にいると思っていたが、実際は違うらしい。ということは魔法が使えなくても追放させられないということだ。だとするとーー戦わせられる?


*、

「だから多分、魔法が使えないなら武器とか持たされて魔法の使える人と組まされるかも」


 それはとても理解しがたい。理解したくないことだ。

 またありかなしの感じだったら……なしになるだろう。自分の意見は皆無だ。


「でも……残念だな。回復魔法が使える子きたと思ったのに」

「どうして私が回復魔法使えると思ったの?」

「え。 だってサラビエル先生が言ってたよ。この新入生は回復魔法が使えるためスカウトしたって。君も隣で聞いてたでしょ」


 それは大勢の前に出た時のことか。あの女性ーーサラビエル先生が隣で何か喋っていたと思うのだが、全く記憶にない。何せ聞いていなかったのだから。その時に〝回復魔法が使える〟と代わりに自己紹介されたのだろう。本当は使えないというのに。


 なんて運のない。


 町に魔物が出て助けが来たと思ったらそれは≪ファラウンズ≫の生徒たちで。ある男の人が腕に怪我をしたから見ているだけじゃいられなくなり、その男の人に近寄って腕の怪我を間近で見た。狼のような魔物にやられた傷は痛そうだった。鋭い爪でやられてしまった傷。手当する時間はなく治したいと思っても治すことはできない。でも治したくて。無謀にも男の人の腕の傷を手で覆い、願じた。どうかこの傷がなくなるようにと。


 男の人の息を飲む声が聞こえた気がして目を開くと驚いたことに、覆っていた手が碧(あお)く光っていたのだ。何事と思うもそれを凝視していると、手が光っているのではなく手から碧い粒子のようなものが出てそれが光っているように見えているのだと思った。実際光っていたのだろう。


 驚いたことにそれが原因なのか男の人の腕の傷はなくなった。

 それを見られていたのか魔物がいなくなって一安心した時、あの女性ーーサラビエル講師が声をかけてきたのだ。一緒に学園まで来てほしいと言われ、そのまま連れられ、何故かそのままここに入ることに。……スカウトされたというよりも連行されたという言葉に近い。


 もし手から出たあの碧い光のようなものが回復魔法というのであれば、戦闘中回復だけしていればいいんだろうか。武器を手にとって相手に立ち向かうなんて考えただけでも無理だ。


「回復魔法が使えたら一緒に組みたかったんだけどね」

「回復魔法ってそんなに良いものなんですか?」

「俺にとっては、かな」


 彼が回復魔法にこだわっている理由。それが何なのか気になる。


「重要視されてるってわけでもないし本格的な戦闘では≪治癒隊≫が回復してくれるみたいなんだけど……演習練習の時絶対ダメージくらうからさ」


 そう言ってしょげた顔になる。


「俺、結構痛いの苦手で……ダメージ与えられた時すぐ回復してくれる子がいたら良いなってずっと考えてて」

「回復魔法が使える子って少ないの?」

「少ないってわけじゃないんだけど、回復魔法が使える子は≪治癒隊≫に入っちゃうんだよね。特に回復魔法しか使えない子は。俺はそんな子が良いのに、なんでそんな仕組みにしちゃうんだろうね」


 何だか愚痴になりそうだが、気にしない。


「ああ、ごめん愚痴になりそうだった」


 気づいたようでなにより。


「ともかく回復魔法使える子、少ないんだ。戦闘の演習を行う時は。一人だけ回復と援護に特化した子がいるんだけど、その子の相棒はもう既に決まっているし」


*、

 痛いのが嫌だからということもあるが、よく考えているのだと思う。さっきまでの穏やかな表情を一変させ考え込んでいるようだからよくわかる。

 やはりこういう人はわかりやすい。


「基本的に回復魔法使える子は援護はできても戦闘はできないって言われてるけど、それでもいいんだ。君は俺が守るってね」


 真っ直ぐと見つめられ言われると自分に言われた気分になる。けれど魔法さえ使えないリキには何もできない。ここまで話を聞いて、力になれるのなら相棒(パートナー)になってもいいと思ったが、回復魔法が使えないのだからそれはそれ以前の話。


「ずっと探してたけど全然いなくて、諦めかけてた。でもそんな時に現れたのが君なんだけど……」

「ごめんね」

「謝るのはこっちの方だよ、急に親しく話しかけちゃってさ」


 確かに初対面にしてはとても親しく話しかけられたが、嫌な気にはならなかった。それは彼の出している人を包み込むような、安心させるようなものがあるからだろう。

 とても良い人格の持ち主だ。数分話しただけでわかる。もう何分話しているかわからないが。誰とでも仲良くやっていけそうな、そんな空気を出している。少しは面倒なところもあるようだけど。


「僕の名前はシルビア・シルフォン」

 韻を踏んだような名前だ。

「よろしく……となるかはまだわからないかな」


 魔法も使えず武器も使えなければ退学になるだろう。彼には悪いがそれを密かに期待している。退学させられない時のことを不安に思いながら。


「でも、君には魔法の素質があるのかもね。だからここに入れられたのかもしれない。そもそもそうじゃなきゃあの先生が君に声をかけることはなかったと思う」


 身には覚えがある。あの時のことだ。けれどーー……。


「これからここの生徒としてよろしくね」


 学園に入って早々、良い人に出会ったと思うリキだった。






 朝のパーティー騒動は何だったのか、今度はルームに移動させられた。

 間違いなく教室(ホームルーム)だろう。先生が立つであろうところを中心に、半円を描くよう長い机と椅子が綺麗に並べられている。縦三列、横三列。

 会場からここへ当たり前のように移動してきた生徒たちをみれば、この異様な時間の使い方に慣れているのだろう。

 席は自由なのかわからないが空いている席に座る。

「あれ会場で挨拶してた子じゃね」

「ああほんとだ」

 ーー男子生徒二人に噂されてます。


「今日は授業ではなく演習をしてもらう。直ちに移動するように」

 教室に入ってきた先生は早々に中心的にあるデスクの後ろに立ち、そう言った。

 まだリキは入ってきたばかりだというのに。魔法も武器も扱えないのにどうしろというのか。これは色々なことに抗議するしかない。

「あの、先生」

 手を挙げて、

「なんだ?」

 冷たい視線をくらう。それでもめげずに立って事実を言う。

「私、魔法使えないんですけど」

 沈黙する。周りの生徒たちも。

「だったら武器を手に取ればいい」


 ーー武器……。それは絶対に嫌だった。ここは不満をぶちまけなくては。このままでは色々なことに流されたままである。


「……先生はどうして私を」

「無駄話はそこまでにしてくれないか」

 意を決して問おうとしたのだがピシッと話の糸が切られた。

 話だして数分。

「他の生徒の貴重な時間が無駄になる」


4

 生徒たちのことを考えて発言したことだと理解できるから何とも言えない。

 演習について号令をかけられた生徒たちが席を立つ中。


「リキ・ユナテッド。貴方はここに残るように」


 何故か呼び止められた。


「ーー以上だ、他に質問は?」


 サラビエル先生は厳しい人だと見受けられるが、それは性格がきちっとしているからなようである。生徒たちがいる中では会話自体を拒絶されていたようだが誰もいない一対一での時はちゃんと話してくれるのである。それはわかりやすく単調に。

 先生の後をついていき教室を出ると先生は止まった。そこに生徒がいたからだ。

 漆黒の髪をした男子生徒は向かいの壁側に立って一対一何をしていたのか。他の生徒たちは先生の言うことを聞いてどこかへ行った。……まさかの不良か。


「なんだいたのか、ファウンズ・キル」


 先生はどうやら人をフルネームで呼ぶ癖があるらしい。


「どうした。何か気になることでも?」


 精気の薄い目。漆黒の髪をした男子生徒は見た目からして大人な雰囲気がある。碧い瞳は意外と綺麗。


「あの時、回復魔法が使えたからいれたのか」

「目上の人には敬語を使うよう言ってるはずだが」


 静かな睨み合い。威圧的な空気が二人の間に漂う。どちらも揺るがない。先生を見下ろす男子生徒は先生を見る目が変わらない。一方先生は冷たい目を武器に視線に鋭さを加え威圧感を出し、身長の高い彼を見上げている。

 言い直そうとも謝ろうともしない男子生徒に呆れ、先生が息をつく。


「そうだ。それ以外にないだろう」


 遮断していた質問に答えた。


「ああそうだ。丁度良い。お前がこの女と組んで演習に出てくれ」


 え、と惚(ぼ)けた表情をするしかない。


「お前の腕の傷がきっかけでの新入生だ。それくらいしてもいいだろう?」


 どこかで見たことある顔だなと思ったらあの時の人かと男子生徒を凝望(きょうぼう)する。あの時町に来て魔物を退治してくれた人だ。

 彼は、わかったと一言。


 先生と別れ、名も知らぬ男子生徒について行く。

 長い廊下。彼の後を追いながら話しかけてもいいのか悩む。


「あの時は」

「すまなかった」


 小さな声で重ねるように呟かれた。

 彼はきっと自分のせいでこの学園に入りたいと願いもしない新入生が来てしまったと思ってる。さっきの先生の言葉で。けれど言いたいことはそんなことじゃなかった。謝ってほしいなんて思っていなかった。

 ーー違うのに。腕の傷は本当になくなっていて大丈夫なのか、魔物と戦うのはどんなものなのか。他にも一つ大事なことを言おうと思ったのに、彼の〝領域に立ち入るな〟オーラに負けてしまった。




 組んで早々実践になるとは。

 大きいというところ以外一見普通の部屋だが、戦闘の演習をするための部屋は他のものと違うらしい。それは中に入ったらわかると。……わかった。

 とても広く、所々に瓦礫(ガレキ)が無造作にあり、これは一個の作られたステージのような場所だ。

 ここで戦闘の演習をするのか。戦闘の演習をする意味はここへ来て最初にあった男子生徒ーーシルビア・シルフォンに聞いている。外にいる魔物たちに立ち向かうため、力や協力性を磨くためにやるこのだと。戦闘の演習をするにもちゃんとした理由がある。



5

 目の前にいる二人組はリキと同じように男女の組み合わせ。茶髪の女子生徒と青髪の男子生徒。女子生徒の特徴的なところ言えば短髪なところで、男子生徒の特徴的なところは眼鏡である。


「戦闘は初めてだよね」

「はい」

「じゃあ開始の合図として皆で〝戦闘(バトル)スタート〟って言うから。せーのって言って」

「せーの」

「バトルスタート」


 青髪の人の言う通りにすると皆の声がはもった。しかし、隣の相棒、漆黒の彼だけ口を動かさなかったように見えたのは気のせいか。


 開始の合図とともに二人組は後退する。相棒である黒髪の彼ーーファウンズ・キルは少しの間その場に立ったまま前を見据え、何かを考えている様。左手には漆黒の剣。

 戦闘相手である女子生徒は短剣を両手に持ち、男子生徒は杖を持っていた。ファウンズ・キルは長剣。リキは支給品として渡された白い杖を手に持ち、本当に戦うのだと顔を怖ばせる。


 漆黒の彼は動き出す。作戦とかアドバイスといったものは何もせず離れていってしまった。






 とりあえず自分のできることを。


 リキは持っていた本を両手にする。先ほど演習前に来たサラビエル講師に渡された本だ。中には魔法について書かれているという。

『これは魔法についてわかりやすく書かれた本だ。それを見て適当に口にすれば何かは発動するだろう。発動しなかったらそれまでだ』

 とりあえず本に目を通してとりあえず何かを口にしろということだ。

 開くと最初のページには魔法についての簡単な説明。


[魔法を発動するにはイメージが大事です

空想を実現させるようなイメージ]


 次のページからは色々な魔法の名前らしきものがまるで図鑑のように並べられていた。

 ファイア、ブリザード、サンダー。それ以降もヘイストやらポイズンやらカタカナで表記されている。ご丁寧に全てのものに効果まで書いてあり、確かにわかりやすい。わかりやすいことだけは認めよう。いくら緻密に書かれていようがリキに魔法が使えないことに変わりはない。

 本を開いたまま魔法を発動させることに断念しようとしたリキだが、ーーキンッと金属同士がぶつかる音がして横を見る。離れたところでは相手の女子生徒と彼が一対一で戦っている。


「……」


 傍らで戦っている漆黒の彼ーーファウンズ・キルを見ては勝手に諦められないと一人悩む。他人に決められ相棒となったが、なったからにはちゃんと協力しなくてはいけない。しかし。

 一体どうしろというのか。このカタカナで書かれた文字を読めば良いのか。それだけか。


 考えても何も変わることはなく、本を開く前に思っていた〝とりあえず本に書かれた文字を口にする〟ことにした。

 目に入った文字、それをただ発するだけ。


「ヘイスト」


 ……何も起こらない。やはり駄目であった。文字を読んで何かが起きたらそれはマジックだ。手品はタネもアカシもある。けれど魔法にはタネもアカシもない。魔法は何かによる自然現象のようなもので、それは普通の人にできるものではない。試すだけ無駄だ。

 しかし、めげずに続いてポイズンやファイアなど順番に口にしていった。が全て無反応に終わった。それはそうである。リキには魔法など使えないのだから。

 それでも役立たずではいたくないというプライド的、責任感的なものがあった。



6

 あの時、彼の腕の傷が治った時、自分の手から何かが発動したのを感じた気がした。魔法が使えたのだ。おそらく奇奇的あれは魔法だった。

 突然の出来事に今まで現実を否定してきたが、今はどうでもいい。目の前のことにとりあえず取り組むだけ。


「回復!」


 とりあえずの想いでとりあえず叫ぶ。目を閉じ、念じて。イメージして。

 どうだろうと対象を見ると彼の体は碧い光に包まれた。あの時使えたものが使えたのだ。突然のことに彼も驚いている。リキ自身も驚いている。


「フウ、あの子の魔法やばいみたいだ。くらわせたダメージ量分回復された」

「え、マジで。それやばいじゃん。ん? てかくらわせたダメージ量分って全部? てことは、今までやってきたこと全部無意味化した!?」

「水の泡だね」


 女子生徒が〝ぬあー〟と叫ぶ。


「気は進まないけど、まずはあの子からやるのが常(つね)だと思う」


 二人は顔を見合わせ、頷きあう。


「ごめん、まずはあなたから消すみたい」


 そう言う彼女の顔はいきいきとしている。全く謝っているように見えない。

 急に向かってきた女子生徒に何ができるわけでもなく、リキは危機を感じ後ずさる。突然の突撃に驚きちゃんとした対応ができず、おぼつかない足取りで足を絡ませ、最終的に何もない後ろへ尻もちをつく。


 ーー白い杖がカランっと音をたてる。手にしていた本は少し離れたところに。


 衝撃か何かくると思っていたが何もこない。恐怖で瞑っていた目を開き見上げるとそこには漆黒の彼の後ろ姿があり、彼の持つ漆黒の剣は女子生徒の喉元に。女子生徒も恐怖を覚えたのか後ろへ下がる。

 そこへ見計らったかのように水の塊が飛んできた。


「《水鉄砲(ウォーターガン)》」


 両手でぎりぎり包めるぐらいの大きさだ。

 迷いもなく彼は剣を振るう。水の塊が切れ、その場でばしゃっと水が弾け飛ぶ。まるで水風船みたいだ。

 その被害を全面に受けたファウンズは黒い手袋をした手で顔を拭う。

 水も滴る良い男とはこういうことをいうんだろうかと戦闘中にも関わらず思ってしまったリキははっとする。ありがとうとお礼を言おうとしていたのだが、言う空気ではないので喉元で止めておく。


「私にできることは」

「そろそろ終わらせる。手は出さなくていい」




「やっぱキツ」

「Sランク相手だからね」

「でも相棒があんな女の子だからぎりぎりなんとかなるかもって思ってたのに……」

 何かを思い出したかのように、ぱっと閃き顔をする。

「あ、そうだよ。あの子魔法使えないって言ってたよね。もしかしてあれって油断させるための嘘?」

「言ってたけど、何か状況が変わったんじゃないかな。あの子を見る限り嘘ではないと思うよ」

「何でそんなこと言えるのよ」

「男の勘」

 反抗的な目を向けてくる女性を視界にいれている中、もう一つの存在を目で捉えた。

「くるよ」

「もう無理ゲー。だけど楽しい」


 心からの笑みにつられ、男子生徒も微かに笑んだ。




 戦闘にはファウンズ・キルだけの力で勝利した。

 剣など鋭利なもので攻撃をくらって身体は大丈夫なのかと問えば、身を守るシールドがあるから大丈夫と。完全ではないけど痛みはあまり感じないような空間ができていると女子生徒に教わったリキは一安心。


「私の名前はフウコ。よろしく。クラスメートだから覚えてね」


*

 見た目からしても活発な人。仲良くなれそうだ。うん、私はーーというと止められ、リキだよねと笑顔で言われる。


「魔法使えないって言ってたのに使えてたじゃん。どうしたの」


 彼女の純粋な質問に複雑そうな顔をリキはする。どう答えればいいか迷う。前までは使えなかったけど使えるようになったのかもしれない、なんて曖昧なことを信じてもらえるかどうか。自分でさえまだ信じられていないのだから。


「そういうのは無闇に聞くものじゃないと思うけど」


 フウコの相棒の男の人。


「これただの普通のことじゃん。普通のこと聞いて何が悪い」

「プライバシーの侵害かもしれない。その子言いづらそうにしてる」

「それは聞いたからわかったことでしょうが」

「聞かなくても薄々わかる」

「それはあなが根暗の心読みだからよ。私は陽気で活発な女の子なの」

「ふーん女の子? 言葉の意味をよく理解していないようだから一つ教えてあげるけど、<陽気>と<活発>は同じ意味だよ」

「へえそうなんだ? ねえそうなのリキ?」

「え、……えっと、たぶん」


 突然振られ、適当に答える。


「<陽気>=<活気>。<活気>=<活発>」

「んな細かいことなんか知らないわよ」


「自己紹介が送れたね。僕はライハルト。よろしく」


 会話を終えたかのように早々に笑顔が向けられた。


「何普通に自己紹介なんか」

「してはいけないのかい?」

「悪かないわよ。てかその笑顔気色わるっ」

「ん?」


 騒がしい。

 ふと動く気配を感じ後ろを見ると、ファウンズがこの場を普通に去って行くところだった。


「あら、行っちゃったわね」

「残念。少しでも話してみたかったのに」


 いつの間にか話し終えていた二人。


「二人ともあの人と話したことないの?」

「全然」

「全く」


 揃った答え。


 ライハルトの話によると話をしたといえば挨拶をしたくらいらしい。それは話をしたとはいえないねと自分で差し引いたが。


「というか誰かと話してるところ見たことないよ。クラスメートはもちろん。他のことは知らないけど」

「彼が誰かとちゃんと話を交わしていたら奇跡を見ているようだわ」

「まあ少し大げさな気はするけど」


 そう言ってライハルトは彼の背中を見つめる。


「本当は話してみたいんだけどね」


 彼を包み込むオーラが怖いとのこと。




 この学園は寮制。同室はフウコとなった。


「よろしくー」


 子供のような輝かしい笑顔。一緒になれて良かったとリキは思う。


 リキのいた町にはリキと血の繋がる者はいない。だからこうしておとなしくいられるのだ。自分よりも大切な人がいれば、この状況に必死に足掻いている。

 この学園への入学は絶対らしい。サラビエル先生と一対一で話した時に告げられた。

 町のことは頭に思い浮かぶが、あそこにいなければいけない理由は思い当たらない。

 ベッドに入ってすぐ、リキは深い眠りへと落ちた。





 ここは魔法学園ーーファラウンズ。昨日何の前触れもなく連れてこられ入学させられ、そして戦闘までさせられた。リキにとっては恐ろしい学園だ。隣を見れば、自分と同じくベッドの上にいる昨日の戦闘相手であるーーフウコ。彼女は明るく元気で、昨日は相棒である男の人と口喧嘩のようなものまでしていた自分を隠さない人。すぐに仲良くなれそうな雰囲気を持つ彼女は未だ寝ている。



8

 昨日、戦闘が終わってからの会話でフウコとライハルトの相性は85だと判明した。彼女から言ってきたことで最初は何のことかわからなかったのだが、戦闘終了時に出た数字のことだろうと、聞かれたことに答えるとフウコは驚いた。

 初めてで80は高い。ライハルトが言うには徹底した攻撃をするファウンズのおかげだろうとーー回復も相性にプラスされるものらしい。あと風聞では素性も関係あるとのこと。


 フウコは上体を起こしてすぐ欠伸をしたかと思えば、ふいにリキを見ては眠たそうな顔をして言った。あれ、あんた誰。と。その発言に驚いたリキは目を丸くして昨日のことを話そうとしたが、その前に彼女が、ああそうだリキだとピンと閃いてくれたので説明は不要となりーー。自己紹介したのが昨日の今日、寝ぼけていたこともあって思考が鈍っていたのかと判断。そして、思ったことをすぐ口にする。それが彼女の良いところであるのかもしれないとも。


「じゃあ行きますか。ホームルームにゴオー」


 ついさっきまでの寝ぼけ顔は嘘だったかのように前を走るフウコは本当に元気だ。見ていて笑みさえ出る。

 ……はた、と気づく。あれがない不便かもしれないと。立ち止まり、部屋を目指す。中に入ると机に置いてある本を手に取りフウコを追いかけた。





 教室に入るところで誰かとぶつかりそうになる。見上げればぱちっと碧い目と合う。ーーファウンズ・キルだ。昨日、相棒として戦闘に一緒に出てもらった。先生の命令とはいえ引き受けてくれたことに恩義を感じるかはやや不安定なところにある。相棒がすぐ出来たことにより戦闘演習に出ることになった。そもそも先生は演習に出させるつもりだったのかもしれない。

 迷惑であろうことを引き受けてくれたことに関しては彼に感謝を感じる。サラビエル先生との会話の中で、面倒をみることを償いかのように言っていた。


「おはようございます」


 人との縁は大切である。軽く会釈して何らかの変化を待っていたのだが、彼は何の反応もせず廊下へ出て行ってしまった。

 静かに後ろ姿を見送ったが良かったのだろうか。たぶんこれから授業である。





 授業の休憩中ーーリキはランクについて教えてもらった。ランクには<力>と<協力性>の二つあるらしい。クラスにはランク<S~D>の人たちが入り混じっている。それはどのクラスも一緒でまんべんなく分けられているようだ。それもライハルトが言うには。


「評価されるんだよ。戦闘の仕方を見られて」

 戦闘が必要になるらしい。


「リキは途中から入学したから、たぶん今日か明日中にそのことについて言われると思うんだけど」

「リキは誰と組むのかしらね」


 フウコが楽しげに言う。その仕草の意味をわからずにいるとライハルトが、昨日のような戦闘演習と同じで誰かと組んで戦う、とのこと。すべきことは変わらない。


「なんなら僕が組んであげてもいいよ」

「魔法使いのあんたが魔法使いと組んでどうするの。どちらも遠距離からの攻撃だと時間もかかるし協力性も評価されずらいし……ていうかリキはどんな魔法使えるの? あの時、回復魔法は見たけど攻撃魔法は見てない」

「確かに見てないね」


「……攻撃魔法、使えないかもしれない」



9

 正直魔法が使えるなんて全く思っていなかった。回復魔法を使おうと思って発動したのはあの一度だけ。それを二人に伝えると驚いたような顔をした。


「それじゃあ魔法初心者?」

「珍しいね。この歳まで力が発揮しないなんて」

「やっぱり組んだ人に迷惑になるかな」

「大丈夫よリキなら。だって大人しそうで良い子そうだもん」

「とりあえず、良さそうな人あたってみれば? 武器を扱う人の」


 意味合いを込めてライハルトはフウコをちら見する。視線に気づいたフウコは苦笑いし、声には出さず私はパスと両手を見せた。


 二人の動作に気づいていないリキの立候補はもうすでに決まっている。


(ーー昨日の人、引き受けてくれるかな)




 ライハルトの言う通り、全ての授業を終えてから「明日中に相棒(パートナー)を見つけ、午後の戦闘演習に出るように。今度は私が見て評価をつける。自分の出せる力全てを出すように」とサラビエル先生に言われ。

 一度相棒になってくれた彼に思いきって頼んでみることにしたのだが、「断る」と見事にきっぱりと断られ。彼が通り過ぎ去る際、昨日引き受けてくれたのは先生に言われたからなんだと思い知る。


 二度目の正直。廊下で彼の姿を見つけまたも頼んでみることにした。本当は彼のことは諦めようと思っていたのだが、他に良い人が見つかるとも思えず。ちょうど前を歩いていたので当たって砕けろ精神で話しかけるタイミングをうかがっている。少しの間だが、傍(はた)から見たらおかしいかもしれない。ストーカー行為に近いのかも。だがリキはそんなことかまっていられない。


「久しぶりじゃん。クラス違うから全然会えない」


 前から来たひとりの男が彼に親しそうに話しかけた。そしてふと後方にいるリキに気がつく。


「あれ? お客さん?」


 ファウンズの視線まで向いてくる。気まずい。だが碧い目はやはり綺麗。なんて思っているうちに興味が失せたかのようにファウンズは行ってしまう。


「明日の演習試験、一緒に組んでほしいんです。まだ戦闘に慣れてなくて、傷を負わないとわかっていてもまだ怖くて……だから昨日のような戦闘が出来たら良いなと。何もできないからといって武器を扱う強い人に頼るのはずるいことだと思います。でも、組みたいです」


 全て気持ちは伝えた。後は彼の発言を待つだけ。


「悪いが、さっきも言ったが断る」


 ……思っていたとおり駄目であった。去ってしまう彼。なぜか告白を断られた気分になる。


 それを見ていたひとりの男。


(こんな告白されても断るなんて)


 ーー男じゃねえな、と、ファウンズの後ろ姿を見ながら心奥で思う。


「君、もしかして新入生?」


 はい、と答える。


「だからこんな中途半端な時期に試験か……」


 考え込む仕草をする銀髪の名も知らぬ男。


「あいつの代わりに俺が組もうか」


 思わぬ一言に思わず凝視。いいんですか、と言ってしまう気持ちを抑え、とりあえず落ち着いて考えてみる。目の前にいる男の人は初めて会ったここの生徒。今思えば彼(ファウンズ)が演習試験を断固拒絶するのは何か理由があってのことかもしれない。それを初めて会った男の人ーーそれもクラスも違う人に頼むのは少し気が引ける。


「気を使って頂いてありがとうございます。でも大丈夫です」


 丁寧に断りを入れ、リキはファウンズとは違う方向に去った。



*

(あいつに劣らず強いんだけどなあ)


 残った生徒は断られると思っていなかったため、驚きと感心を受けたかのような表情で呟いた。





 次の日。


 近づく気配に気づいた彼が振り向く。


「どうしてそんなに俺と組みたがる」


「今日はその話をしにきたんじゃないです。あの時のお礼を言いたくて」

 畏まるリキにファウンズは黙る。


「ーーあの時。町に来てくれた時、守ってくれてありがとうございました」


 彼が町に来てくれた時、リキは魔物から守られた。突然のことだったから彼も対処しきれなかったのか、身を呈してまで魔物の攻撃を防いでくれてたのだ。

 今までちゃんとしたお礼が出来ていなかったことについては反省している。心の中は感謝でいっぱいだったのだが、彼にこの話をするタイミングが掴めなかった。

 頭を上げると真っ直ぐとした碧い瞳と出会う。思ったよりも見つめてくる。何なんだろうか。


 リキが目を離せずに困っていると。


「そんなに怯えさせるなよ、ファウンズ」


 何を勘違いしたのか銀髪の男子生徒がやってきた。昨日、ファウンズと廊下で何やら親しげに話していた人だ。


「別に。任務だからやったまでだ。それに……」


 リキのことを庇ってファウンズが負った腕の傷は、リキが治した。だから対等。


 重要なことを言わない彼に、素直じゃないねえと思いつつも、ふと思いついたかのようにリキに顔を向ける。


「そういえば試験って今日のいつ? もうやった感じ?」

「午後の授業中に、です」

「ってことはもうすぐか。相棒は決めた?」

「……まだです」


 まだ数回顔を合わせた初対面だというのに、銀髪の男子生徒はファウンズと違ってそれを感じさせなかった。




 演習場いくも、誰とも組む約束をしていない。目の前には相変わらず威圧的な女性。


「リキ・ユナテッド。相棒のほうはどうした」

「……組めませんでした」

「時間は十分与えたはずだがーー……まさかお前が?」


 サラビエル先生が後ろに視線を向ける。振り向けばそこにはファウンズ。


「俺のせいでこの学園に入ることになった生徒だ。俺が責任を取る」


 二度頼み込んでも断固として変わらなかった答えが、今になってどんな気の変わりようだろう。考えても理解ならなかった。


「珍しく積極的だな。ーーロキ・ウォンズ、お前たちが相手になれ」

「え。俺たちが」

「嫌か?」

「全然。全く」


 先生のありなし言わせない態度に焦ったのか赤髪の男子生徒は、そう答えた。




 前と同じ一室に入る。空間的何かのおかげで体に見えないシールドがはられるようだが、特に何も感じない。本当に痛みを感じないのか不安なところである。

 相手はロキといわれる男子生徒と、その相棒の男子生徒。


「こんな機会にお前と戦えるなんてな」


 整列するとロキは目の前にいるファウンズに挑発的な目を向ける。が、相手は無表情無言。目さえ合わせない。そのせいで憎たらしいものを見る目へと変わる。


「チッ。始めるぞ」


 どうやら赤髪の男子生徒はファウンズと戦えることが楽しみだったようだ。だから先生に嫌かと問われた時、そうじゃないと早々に答えた。

 そうか、と謎が解けた気分である。


「お前は回復だけしていればいい。標的(ターゲット)にされた場合は逃げろ」



*

 確実に発動させることができるのは回復だけ。確実といっても未だ数回しか使っていないから一定の確率での話だが、少しでも自分の存在が彼の意識の中にあったようで、それだけで頑張ろうとやる気になった。


 狙われるのではないかと少し心配していたが相手二人はファウンズのことを警戒している。


 回復だけしていればいいと言われつつもやはりするタイミングというものがあるだろう。ファウンズが無傷の時に回復魔法を使うのは無駄だろうし。だからといって棒立ちしているのも試験の評価に関わるだろ。そもそも評価の基準はなんなのか。良い評価を取りたいとは思っていないが悪い評価はできればとりたくない。人間とはそういうものだ。


 手持ち無沙汰なリキは本を開くことにした。

 こんな時に本なんて読むかと先生にも相手チームにも思われるかと思うが、自分にはこれしかないとちゃんと考えての行動だ。誰にどう思われようとこれが最善の策。


 聞いて学べないなら見て学ぶ。魔法のことは大体書かれているはずだ。なんていったってあの先生がくれたものなのだから。

 回復が必要になったら回復。それ以外は本を読んで使えるようなものがあるなら使う。

 まだ二回目の戦闘演習。何もできなくても仕方がない。


 ファウンズが少しダメージを負うようならリキは祈り、回復をさせた。それからまた本の内容に目を通す。しかしこれといって使えるようなものはなかった。本に書かれた文字を小さく口にしてみたりもしたが発動はせず。

 その間にまたファウンズがダメージを負うーー回復を繰り返した。

 相棒の負ったダメージを回復させているとやはり警戒心は向けられてしまうようで。何回目かの回復で赤髪の男子生徒が痺れを切らした。


「おい! それ卑怯だぞ。女!」


 本を抱きしめ、瞳を閉じていたリキは驚く。

 卑怯と言われても……。どうしようもなかった。


「まずはあの女からどうにかしないとな」


 赤い瞳に見定められた時、ぞっとした。

 標的にされたら逃げろと言われたが、たぶんきっとそれが今。赤髪の男子生徒がかかってくる。逃げないと。わかっていても体は動かないもので。逃げるといっても隠れ場所もないここでは鬼ごっこ状態になるだけだろうとわかってしまったからにはもう遅い。恐怖がリキを襲う。


 剣をまじあわせているファウンズが体的に無傷なのを見ると体にシールドがはられていて物理的に攻撃を受けないのは事実のようだが、それでも攻撃を受ける心の準備はできていない。魔物からならまだしも同じ人間に敵意を向けられるのは心理的に結構くるものだ。


 これは戦闘。演習であっても戦闘に変わりない。杖でもなんでも受けてやると心構えをする。が、ガンッーーと前よりも鈍い音によってそれは必要ないものだと悟った。

 前方にはロキの攻撃を剣で受け止めているファウンズの姿。前回の戦闘同様守ってくれたようだが、前よりも距離がある。前よりもすぐにやってこれたということだろうか。


「なんでバレるかな」

「あれだけ吠えてれば誰だって気づくだろ。威嚇するならバレないようにしたほうがいい」

「ご忠告どうもっ」


 リキはほっと胸を撫で下ろす。安心した……のは間違いだった。

 いきなり横からの攻撃をくらう。ファウンズが後方を窺った時にはもう遅い。力の向きに従って尻もちをつく。


(目、ある)



12

 瞬きを繰り返し、瞼を触り目があるかの確認。

 初めて受けた攻撃が目をめがけてのものなんて一体何人同じ体験をした人がいるだろうか。少数には違いない。

 ……剣の鋭利なところが目にふりかかってきた。それも横から一直線に。

 体が震える。相手チームのもう一人の男がやったことなのだ。


「お前、目とか狙うとかありえねえんだけど」

 えげつねえ、と笑いながらロキは言う。

「でもそのおかげで彼女、回復魔法使うの忘れているようだけど」

「何もかもすっ飛んだんじゃねえの。記憶まで飛んでたらお前の責任だからな」


 動揺で魔法を発動できないリキを笑う二人。

 重ね合っていた剣がファウンズの力によって切り離れる。

(おっ、やる気になったか)

 力加減がそれまでと違ってロキは口に弧を描いた。






「押されてるぜ。キルさんよ」

 リキが平常心を取り戻した時にはそんな声が聞こえた。まるで悪人のようである。

 赤髪の男子生徒ともう一人の男はどちらも接近戦の武器使い。

 接近戦だと二対一。不利である。


(私の代わりに誰かがいてくれれば)


 未だ震えを覚えている体で考える。

 ーー本はどこ。

 周囲を見ると本はあるページで開かれていた。

 本に全て目を通していたのだが、最初はなんのことかと思って飛ばしたページ。

 こんなこと可能なのかわならないがやってみるしかない。この二日でわかったこと。それは魔法はやってみなければわからないということ。

 これしかない。相棒を増やす方法。

 思いきり目を瞑って、念じて。


「召喚魔法! ……とにかく何でもいいからでてきて!」


 召喚魔法という言葉に二人の男が驚きつつも、その後の適当な台詞に拍子抜けをする。

「なんだよ。驚かせやがって」

 が、突風が吹き荒れた。

 風が収まるとともに出てきたのは一匹の兎だった。

 小さな手足でぴょんぴょんと近寄ってくる兎。

「ご主人様、これからヨロシクぴょん」

「よ、よろしくお願いします」

 先程の登場の仕方を見て驚きを隠せないリキは、尻もちをついたまま畏った態度を見せた。




「リキ・ユナテッド。力C協力性C。ファウンズ・キル。協力性Bに昇格」

 戦闘は途中で止められた。もういい、データは取れたと。表示される残りライフはそれぞれまだあったのだが、戦いの見極めをサラビエル講師はつけたようだ。

 協力性がBならば力評価はどうなのだろう。

 リキはファウンズにお礼をしてから教室に戻ることにした。

 午後の授業は基本自由時間。演習室で一度戦闘を終えれば後は何をしていても良いのである。


「Sよ。一番最高評価」

 教室にいたフウコに聞くとファウンズの力評価はSだという。すごい人だったんだ。と感嘆する。フウコとライハルトを一人で相手にするようだから納得もいく。

「それより聞きたいことがあるんだけど……その頭に乗ってるウサギは何?」

 フウコの視線の先にいるのはリキの頭に乗っている小さな兎。

「最初、髪飾りかなんかか思ったんだけど動くし。どこで拾ってきたの、それ」

「失礼ぴょん! 私は動物じゃなく召喚獣ぴょん!」

「召喚獣? てか喋った」

 先ほどまで肩に乗っていたのだがいつの間にか頭に乗っていた。

「いつの間に召喚獣なんて出せるようになったの」


13

「さっきの演習試験時になんとなく叫んでみたらこんな可愛いコが出てきた」

「出てきたって……」

 ーー魔法もまともに使えなかったはずなのに、こんな。


「召喚獣か。初めてこんな近くで見た」

「いつ湧いて出てきた」

「人聞きの悪い」

 なんともない顔でライハルトはじっと兎を見つめる。

「召喚獣なんて出せる人は少ないし、出せる人は皆戦闘以外で連れていないから貴重だな。……けど一番気になるのは大きさ。どうしてこんなに小さい」

「失礼極まりないぴょん! ひとを大きさで判断してはいけないぴょん。ご主人様、この人たち一体なんなんだぴょん」

「何って、クラスメートだよ」

「クラスメートっていうより友達でしょ」


 当然のようにフウコが言う。


「こんな人たちがご主人様の友達なんてありえないぴょん! 悪影響を受けるぴょん」

「うさぴょん。そんな酷いこと言っちゃ駄目だよ。人との関わりはとても大事なんだから。二人とも良い人たちだよ」

「うさぴょん……?」

「ここに来て最初にできた友達なの。うさぴょんにも二人と仲良くしてほしい」

「うさぴょんって言ったよね?」


 フウコが首を傾げる中、リキの話は続いていた。そんな様子を見ていたライハルト。

「うさぎが語尾にぴょんを使うからうさぴょんか。可愛いところもあるんだね。見た目からしてそうだけど」

 頭に乗るうさぎと話しているリキを見ては微かに笑んだ。




「そういえば試験はどうだった?」

「力Cに協力性C」

 自室でベッドに横になりながら喋る。

 低い評価だとは思うが、最低ランクでなかったことにはある程度満足している。フウコはどうなの? と問えば。


「私はBB。っていってもあいつのせいで協力性のランク下がったんだけどね」

 溜め息をつくように言う。


『なんで私がBBであんたがBA……』

『突っかかってきたのは君だし。僕は宥めていただけだからね』

 ある日の演習試験。その結果はフウコにとって納得のいくものではなかった。


「今思い出してもむかつくわ。ついいつものように口喧嘩しちゃって、私だけ下げられたのよ」

 戦闘中ちゃんと話し合いながら戦略を立て、同じような戦い方をしたはずなのにライハルトの協力性の評価ランクは自分より一つ上。それはつまり、ついしてしまった口喧嘩が原因で自分だけ評価ランクが下げられたということだ。実際のところはわからないが、フウコはそうだと信じている。


 ライハルトと話をしているフウコは良い感じではないがリキからしてみれば二人は仲が良く見える。喧嘩するのは相手との距離が近すぎるからか、心がよくすれ違うからか。どちらかというと前者だろう。しかし、仲が本当に悪いなら今でも一緒にいるわけない。


「二人はどういう関係?」

「幼馴染。よくある腐れ縁」

 一緒に入学までしたとのこと。


「そのウサギ寝ちゃってるんじゃない」

 フウコに言われ枕元を見る。その横にはちょこりんと存在するうさぎ。起きていた時はあんなにもうるさかったのに眠っているととても静か。その可愛さにふっと笑う。

 眠りを覚まさせないよう静かに手元に収める。

「もしかして一緒に寝る気? 大丈夫? 潰したりしない?」

 大丈夫だよと返し、おやすみ、とうさぎにも声をかけた。

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