デウス・エクス・マキナ (3)

 「怖がることはない。俺は創造神。ゆえに君を作った。創造神 ハヤトNo.8 はヒトを作る。人類を滅亡から救うため、君たち新しい人類を生み出すためにここにいる。」


 マヤコは困惑した。目の前の見知らぬ少年は随分とイカれた事を言っているが、ふざけている様子はなく、いたって真面目に喋っている。

 これは夢なのか?見知らぬ場所で見知らぬ少年が、しかも恐ろしいほどの美少年が、自らを創造神だとか何とか言っている。

 あのジオラマを見つけたあたりから夢なんじゃないだろうか。


 この場から逃げ出したいマヤコが一歩後ろに踏み出したと同時に、小屋の外で声がした。


 「ハヤト?いるの?」


 声から察するに、女性か子供か、誰か来たようだ。


 「いるよ。」


 ハヤトと名乗った少年は、訪問者と話をするために小屋から出て行ってしまった。

 一人残されたマヤコは、所在なくソワソワと立っていたが、目の前のジオラマに視線を移すと、たちまちそれに夢中になってしまった。


 妙に魅力的なジオラマだ。どんどん引き込まれて、マヤコはジオラマをまじまじと観察した。雑な造りだがよくできている。あの少年が作ったのだろうか。

 マヤコが自分の部屋で見ていたジオラマとどことなくテイストが似ている…。


 ここでマヤコはようやくこの街並みに見覚えがあることに気が付いた。


 よく見ると、マヤコが住んでいた街とそっくりだったのだ。あの大きな建物はマヤコの通う大学だ。道をたどってみると、マヤコのアパートもあった。いつも行く商店街や繁華街もある。


 そうしてマヤコがジオラマに釘付けになっていると、ハヤトともう一人の人物が小屋へと入って来た。

 ハヤトと共に小屋に入って来たのは、まだ幼さの残る少女で、なおかつ絶世の美少女だった。


 少女は恐れるような目つきでマヤコを見ていた。ドアから差し込む逆光を浴びて、まるで後光がさしたかのように見えるその姿は、えも言われぬ美しさだった。


 マヤコも驚きの視線でこの少女を見返した。

 まさか、この子も神様だとか言うのではなかろうか…。佇まいは完全に神のようだが…。


 「ドングリの子?大丈夫?」


 少女の美しさに心奪われていたマヤコを覗き込みながらハヤトが言った。


 「これから君を先生のところに連れ行くよ?いい?」


 手を引かれて小屋から連れ出されそうになったので、マヤコは慌てて、ジオラマが自分の知る町であることを彼らに告げた。

 「あそこ、私、あそこに住んでたの。」ジオラマの一角を指差し言う。


 「え? どこ?」ハヤトが身を乗り出してマヤコの指す方を見たが、どの家なのか特定できていない様子だった。


 「ねえ、ハヤト!早くきなさいって!」

 既に小屋から外へ出ていた少女が急かすように少年の名を呼んだ。


 ハヤトは少女に向かって手をひらひらさせて、わかった、わかったと仕草で示した。


 「ねえ、ドングリの子。俺の先生なら君のことがもっとわかるかも。来てくれる?」


 マヤコはうなずき彼らについていくことにした。雑木林の中をしばらく歩くと、舗装された道に出た。


 ハヤトを訪ねてきた少女はそこに止まっていた自転車に乗って先に行ってしまった。

 随分慌てている様子だった。


 「あれは、俺の母さんだ。」

 ぼそっとハヤトが言った。

 「もちろん、本当の母さんじゃないよ。俺には生物学上の親はいない。母親役をやってくれてる。マリナは二番目の母親なんだ。」


 意味がわからなかったのでマヤコは黙っていた。この少年と話をしてると頭がおかしくなりそうだ。できれば黙っていて欲しい。


 小屋にあったジオラマのことでマヤコの頭はいっぱいだった。あのジオラマを作ったのがこの少年なのだとしたら、マヤコが住んでいた町のことを何か知っているかもしれない。


 例えば、ここはマヤコの町にある精神病院か何かで、知らない間に入院させられているとか。

 ここに来る前に、解離みたいな症状があったのだし、そう考えるのが自然だろう。きっとそうに違いない。


 これから先生に会うのだというので、それで全てわかるだろう。


 田舎の道を抜けて、マヤコたちはこの施設のメインストリートらしき場所まで出てきた。


 その風景を見て、マヤコはどんどん不安になってきた。こんな広大な敷地の病院なんてあるかしら?それに、これはまるで町そのものではないか。


 人通りはまばらで、今のところ子供しか歩いていなかった。男女問わず、みんな同じようなグレーのシャツにズボン姿だった。


 その服装を見て、マヤコは不安な気持ちを心の奥へと押しやった。病院だ。やはりここは病院なんだ。


 ハヤトは一際大きな煉瓦造りの建物へとマヤコを誘導した。階段で4階まで登る。エレベーターはないようだ。

 4階の一室に入ると、先ほどのマリナという少女と、白衣を着た別の少年が中で待っていた。


 いよいよ話の分かる大人に会えるかと期待していたマヤコの心に絶望がじわじわと広がって来た。

 ここには子供しかいないのか?


 「マリナから話を聞いたよ。たまにいなくなると思っていたら、そんなことやってたのか?」

 白衣の少年はまるで大人のような口ぶりで話をしながら部屋を横切り、向こうの棚から医療用の道具をいくつか持ってきた。


 この少年も恐ろしいほどに美しい。さっき町でみかけた子供たちも、よく見えなかったが、きっと同じくらい美しいのだろう。

 この美しさは偶然じゃない、何か理由があるようだ。


 白衣の少年はジョージと名乗り、自分はここの研究所の所長で医者であり、ハヤトの教育係だと自己紹介をした。そして、慣れた手つきでマヤコを診察し、血圧を測り、採血した。

 白衣の少年は、マヤコが抵抗する隙もないほど手際よくこれら全てをやってのけた。


 使っている注射器が本物だったので、白衣の少年も患者という路線は消えた。本当に子供の医者なのか。


 「ここはどこなの? 精神病院? 東京? なぜみんな子供なの? あのジオラマはあなた、えーと、ハヤトが作ったの? なんでうちの近所だけ作ったの? 近くなの?」


 マヤコは胸の中でモヤモヤしていた疑問をすべてぶつけてみた。とにかく初めから話が噛み合わない。少しでもいいから何かわかることがあるのか知りたかった。マヤコの質問を浴びて、三人の美しい子供たちは顔を見合わせていた。


 「ここは精神病院ではないよ。」まずは白衣の先生が口を開いた。

 「この辺の集落全体を23番地区と我々は呼んでいる。それから、僕たちが子供に見えるのであれば、君の種族はずっと長生きなんだね。君の見た目から予想はしていたが、大変喜ばしい。僕たちの寿命はだいたい20歳前後だ。ちなみに僕は13歳で、マリナは11歳、ハヤトは18歳だ。」


 ダメだ…この先生の言っていることもわからない…。マヤコはがっかりした。


 「その、君が言っているジオラマというやつだけど、僕は見たことがないんだ。ハヤト、お前が作ったのか?」

 「いや、作ったのは俺じゃないよ。あの町は君たちが作ったんだよ、ドングリの子。」


 ハヤトの話では、こっそり増やしていたヒト型を小屋に隠して観察していたら、いつのまにか町ができていたというのだ。


 「あの中に住んでいたというのであれば、小さかった時の記憶があるってこと? その時、町の外側は見えているの? 俺や小屋の天井とかは見えていたの?」


 マヤコは首を振った。話が通じていない。


 「あそこに住んでいたと言ったけど、文字通りの意味ではなくて、あれが私が住んでいた町とそっくりに作られているっていう意味なの。私は、あのジオラマそのものの中ではなくて、ここみたいに現実の町でずっと普通に人間として暮らしていたの。それに私はドングリじゃない。マヤコって名前もあるし。」


 白衣の少年はマヤコの話を聞いて、うーむと頭を抱えてしまった。


 「ヒト型を生成するときは魂を入れているんだろう、ハヤト?」

 「入れているよ。あそこにいるのは魂がちゃんと入ったやつしかしない。」

 「ヒト型に魂を入れると、彼らに本物の命が宿り人間になる準備が整う、そこへ言の葉を入れれば本物の人間になるはずなんだ。」


 マヤコがきょとんとしているので、先生が軽く説明してくれた。


 ハヤトはヒト型と呼ばれる生命の源を作り出す能力を持っている。それは先ほどマヤコも目の当たりにしたので理解できた。

 で、そのヒト型を作るときには、魂というものを入れているらしい。それはハヤトのさじ加減で入れたり入れなかったりできるらしい。

 魂を入れないとそれはただの動く人形で、魂を入れることで命が与えられる。


 で、それだけはヒト型は人にはならず、さらにそこへ言の葉というものを入れるのだそうだ。


 本来ならそれでヒト型は大きくなって、本物の人間が誕生するはずだったのだが、何度やってもハヤトは失敗し、今まで一人も完成したことがないのだという。


 言の葉を入れてもヒト型は小さいままで、奇怪な行動をするようになり、やがて自死しまうのだ。


 「あ、ちなみに、ドングリの子、じゃなくて、マヤコには言の葉が正常に入ったんだよ。大きくなった後だけど。」


 ハヤトはあっさりと言ったが、今まで成功したことがないことをマヤコにしていたのだ。


 彼と最初に会った雑木林で、言葉が急に分かるようになった時のことを思い出した。きっとあれが言の葉だ。そういえばそんなことを言っていたような記憶もある。


 脳の中がバリバリと剥がされるような感覚。確かにあれが失敗したら発狂しても不思議はない。

 マヤコはゾッとして身震いした。


 「人間を完成させるためには、開発者側も見逃している何かもう一つ条件があるのかもしれない。」


 さっきから、この子たちは人間を作り出す話をしてる? ようやくマヤコは彼らの話の意味が解って来た。この子たち、子供を産めない……?


 「あなたたち、もしかして子供が、その……こんなこと聞いていいのかわからないけど、…子供が産めないの?」


 マヤコの問いに、全員が驚いた顔をした。まずいことを聞いてしまったのかもしれない。マヤコは後悔した。


 「君たちは、子供を産めるの?」白衣の少年先生が言った。


 「産める…産めるよ。私は産んだことないけど、この間、向かいの家に赤ちゃんが生まれていたし…。」

 「それは、生殖行為を行っての結果で?」


 おかしな質問だが、彼らにとっては重要なことらしい。マヤコがうなずくと、白衣の少年とマリナは目を輝かせて抱き合って喜んだ。

 やがて興奮さめやらぬ様子の先生は、なぜ自分たちがこんな回りくどい方法で人を産もうとしているのか、マヤコに全てを説明してくれた。


 人類は絶滅の危機に瀕している。


 ここにいる人たちは、ハヤトを除いて全員がクローンなのだ。彼らの美しい顔を見ていると、そんなSFみたいな話も信じる気分にさせてくれた。

 先生の話によると、現存する人間の遺伝子は千種類にも満たないという。


 「我々はもう生き延びられない。滅びゆく運命だ。その前に、何とかしてハヤトには未来ある優秀な人類を生み出してもらいたんだ。」

 そんな先生の言葉に、ハヤトはマヤコにしか見えない位置で、ゲ~という顔をして見せた。


 「問題はなぜ君が大きくなれたのか、だ。何か法則があるはずだ…。君は、こちらで意識を持つ前に、何をしていた? 何か変わったことはなかったか?」


 それなら、思い当る節しかない。マヤコが説明しようとしたところでハヤトが口をはさんだ。


 「ちょっと待って先生。その前に、俺はこの子を町に入れていないんだよ。森に放したんだ。なんでこの子には町にいた記憶がある?」


 「それなら、私のせいかも…」


 ここで、今まで一言も話していなかった、ハヤトの母親マリナが口を開いた。


 「さっき、あなたたちに会う前、一度小屋に行ってたの。そしたら、小屋の前に小さなヒト型が歩いていて…ネズミにでも食べられたらかわいそうと思って、小屋の町に入れたの。あ、ごめんなさい。私、ハヤトが町を隠してるのずっと前から知っていた…。」


 「知ってたのかよ!」

 「なんで早くそれを言わないんだ!」


 男の子ふたりが同時に言った。


 「それで、前にも同じようなことはしたことあるの?」

 先生の問いにマリナは首を振った。


 「では、それがきっかけの可能性もある。ここで話していても先に進まないな。行って実験するぞ。」


 そう言うと先生は立ち上がり、全員を引き連れて、ハヤトの小屋へと向かった。

 小屋に入りジオラマを目の当たりにすると、先生は驚愕の表情を浮かべてしばらく魅入っていた。


 「よし、ハヤト、ヒト型を作ってくれ。」


 ハヤトは外に出ると、ドングリを拾ってヒト型を作った。なるべくマヤコと同じ条件にしたいらしい。

 ヒト型ができると、彼はそっと口づけ、動き出したヒト型を落ち葉の上に置いた。

 それをマリナが拾ってジオラマへ入れる。


 新しく作られたヒト型は町の中をトコトコと歩いて行き、ある建物に入って行った。

 マンションのようだ。そこは多くのヒト型が暮らしているらしく、出入りも多い。マヤコはたちまちさっき作ったヒト型を見失った。


 しばらく見ていたが、そこから人間が出現する兆しは一向に訪れなかった。


 マヤコの時は、大きくなるまでに、およそ15分ほどあったと思われる。

 全員が息を呑んで待ったが、30分経っても人間は出現しなかった。


 「条件が違うのかもしれないな…」


 そう先生が言った瞬間。どこからともなく現れた異様ないで立ちのヒト型が、マンションの前で妙な踊りを始めた。

 それはライオンのような仮面をつけて、体中にフサフサの鳥の羽のようなものを付けている。


 「あれ?なんだあいつ、あんなの作ったかな?」


 ハヤトもそいつを初めて見る様子だった。


 ライオン鳥人間は踊り終わると、足早にスタスタと道を横切って、町の中へと消えて行ってしまった。


 すると、マンションの一室から、ビカーーっと強烈な光が放たれた。

 それはまるでストロボの閃光が長く続いているような強烈な光だった。


 目がくらんで一瞬何も見えなくなった。光は数秒続き、そして唐突に消えた。

 チカチカする目を何とか開けると、目の前に見知らぬ男性が立っていた。

 二十代後半くらいのごく普通の男性だ。決して不細工ではないが、絶世の美青年ではない。

 間違いなく、マヤコと同じ種類に属する人間だった。


 「◎×▲◇!! ■〇$▽×!!!」

 男性は聞いたこのもない言葉を発したが、だいたい何を言っているのか想像できた。


 ハヤトが、外から落ち葉を拾ってきて、男性の額に押し当てると、頭がガクッと後ろにのけぞり、そのまま足から崩れ落ちた。

 男性が気を失うと、ハヤトは彼に顔を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだ。


 「間違いない。さっき作ったドングリの子だ。」

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