第37話・兄上ですよね?




「兄上なのですよね?」


 キュライト公爵の言葉に驚く。公爵は青年のウィリディスと並ぶと、親子ほどの年の差がある。年配の彼が青年であるウィリディスを何の抵抗もなく「兄上」と呼びかけてくるのに信じがたい思いがした。

 ウィリディスは「ラン」と呟く。その反応でキュライト公爵とは赤の他人ではないと知れた。


「生きていらしたのですね。信じていました。兄上」

「ラン。僕はもうきみの知る兄ではない。ペイドン辺境伯として死滅の地を治める者だ」

「……それが兄上だと今の今まで知りませんでした。どうして教えてくださらなかったのですか?」

「ここのことは当事者と、聖王しか知らない事だ」

「どうして兄上がここに?」

「僕の魔力の高さは聖王の目を引いた」

「──! 兄上が魔物に襲われ命を落としたと言うのは嘘だったのですか? それを聞いて先代聖王と母上がどれだけ嘆かれたことか……。母上は兄上の死を聞かされて深い悲しみに囚われて数年後、亡くなられました。先代聖王さまもまたその後を追うようにして……」


 キュライト公爵は目元を押さえた。この様子から二人は兄弟と信じられた。でもそうなるとウィリディスは公爵よりも年上でないとおかしいはず。

 それにウィリディスがキュライト公爵の兄なら聖王と兄弟になるの? そうなると彼と私は伯父と姪の仲で近親相姦となる? 自分達の仲が不道徳で穢れたものに思われてきた。兄元がぐらつくような気がする。


 私の心の葛藤など知らずに二人は話しを進めていた。


「ところでキュライト公爵。ここには何をしに来た? まさかエリカを連れていくのか? あの王宮に?」

「ここに来るまではそう考えておりました。現聖王の行いには目の余るものがあります。彼には退位して頂いてエリカさまに王位についてもらおうかと考えていたのです」


 私は咄嗟にウィリディスの袖を引く。私は嫌だ。王位になんてつきたくない。その様子を目にして公爵はフッと微笑む。


「兄上。王宮にお戻りになって頂けませんか? 側室腹とはいえ長兄である兄上にも王位につく資格はある。兄上が王となり、エリカさまを王妃に。如何でしょうか?」

「面倒事には関わりたくない。僕達はここの暮らしに満足しているんだ」

「レブルの話には聞いております。ここの都は素晴らしいものだと。ぜひ、お力を国の為にご尽力頂きたい」

「公爵。それは断る」


 キュライト公爵はウィリディスを王に私を王妃にと言いだした。ここでは伯父と姪で夫婦になっても許されるの? ここではと思った自分に違和感を覚える。

 まるでこの国ではないどこからかやってきたようではないか。頭の中に掛かっている薄い靄が晴れていくような狭まった視野がだんだんと広がっていくような気がする。


──私は一体、何者なのだろう?





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