第4話
普通はこれで終わるはずだが、母はヤバい奴なので、酔っ払った時に、「可哀想だから」と牛男とミニーをケージから出して一緒にしてやった。何度も何度も、酔う度に。
それで次から次へとウサギが生れた。松山中のウサギが欲しい人たちにウサギを配り終えてもまだ、我が家にはウサギがいた。俺は諦めて、全て野に返すしかないと思ったが、牛男を買った、ペット売り場に力を入れるホームセンターで母が店員に相談すると、無料で子ウサギを引き取ってくれることになった。ウサギを引き取っても売れなかったら処分するんじゃないかと怪しんだ母は、店員の甘言を信用せず、二日に一度のペースでホームセンターのウサギ売り場をチェックしに行きながら、無限ループと思われるペースでウサギを送り込んだ。牛男のことを叩き売りしていたのに、どういうわけか、「珍しいので、牛男と同じ柄が生れたらお金出して買い取る」と言われたそうだが、結局同じ柄は一羽も生れなかった。
母のブリーダーのような生活は、ある日、ミニーが体調を崩したことによって終わる。母は泣きながらミニーを病院に連れて行った。「自分の手元に置いていると、どうしても繁殖させてしまう。それだと母体であるミニーの体に負担を掛け続ける。それを避けるには、ミニーを手放すか、牛男を去勢するか」牛男を玉なし野郎にしたくなかった母は、ミニーを手放すことを選んだ。
子ウサギならともかく、ミニーに貰い手は見つからないだろうと思ったが、母の飲み友達の郵便局員の、お婆ちゃんが貰ってくれることになった。あれだけ沢山子ウサギが生れたが、結局母の元には牛男だけが残った。
玉は残ったところで、それ以降使うことは無かったが、それでも牛男は男のまま、この夜を去った。
二〇二〇年の十二月二十五日。俺は仕事中で、おまけにいつもより格段に忙しかった。そこへ母から着信があったので無視した。その後にLINEが送られてきたので確認すると、長文の中に、「二十二時ちょうどに牛男が死んだ」と書いていた。母は死んだ牛男の写真を何枚も添付してきた。それで三分半仕事を放りだして母と通話した。
仕事が終わった早朝に、母にもう一度電話して、その後ペットの葬儀屋に電話した。笑ってしまうぐらい慇懃に葬儀屋は対応してくれた。
その日の午後には葬儀が行われることになり、俺は原付で母の家へ行った。喪服としても使えるスーツを着ていこうかと思ったが大仰な気がして、それは母の葬式までとっておくことにした。
狭いワンルームの部屋の中は牛男のションベンの匂いがした。母は、「死んだときに大量に体液がでた」と説明した。そして、「もう生き返らないよね」と牛男の遺体を俺に確認させた。固くて、どう考えたって、牛男は死んでいた。
一時に葬儀屋が迎えにくるというのに、母は十二時五十分に棺に一緒に入れるために人参を買いに行った。絶対に間に合わないだろうと思ったが、葬儀屋が来るのと同時に、帰って来た。
ペット用のキャリーにも、葬儀屋が用意してくれた棺にも入れずに、母はタオルに巻いた牛男を抱いて車に乗った。牛男を撫でる母の手が、シワだらけの老人の手だった。
俺は牛男が乗り物が苦手だったことを思い出した。引っ越しの都合で、キャリーに入れた牛男を抱いて、友人の運転する車の助手席に乗ったことがある。牛男はビビった様子で、ションベンをした。かなりの量で、俺が少しでもバランスを崩すと、車内はションベンまみれになるところだった。
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