混戦
「ねぇ、まだ?俺もう飽きたよ」
グレイグは内心舌打ちをするが、顔にはおくびにも出さず答える。
「申し訳ございません、敵も中々しぶといので」
グレイグは横目でチラリと少年王を見やる。少年は玉座に座って足をぶらぶらしている。この少年は王の器では到底ない。だがこの少年が先王を殺したのだ。全く感情のこもらない目で、命乞いをする先王の首をはねたのだ。先王の命を奪った以上、この少年が次のギガルド国の王にならなければならない。
グレイグはギガルド国の文官だった。冷酷で傲慢なギガルド国の王にひるむ事なく意見を言える唯一の文官だった。ギガルドの王も、グレイグの手腕は認めていたようで、グレイグは処罰される事なく城の職務に従事していた。そんな最中、この少年は突然ギガルド国にやって来た。ケルベロスという強大な力を持つ霊獣に乗って。迎え撃つギガルドの兵に対して、逃げる兵はそのままに、歯向かう兵は容赦なく殺した。グレイグはそのどちらでもなかった。今まで通りギガルド国のために、新しい王のために働いていた。
「もうパパッと片付けちゃってよ。てゆうかさ、狼増えてない?十二匹に見えるんだけど」
それはグレイグも感じていた事だ。召喚士のスノードラゴンは遠距離攻撃だが、獣人は接近攻撃だ。先ほどから何度もケルベロスに致死に近い攻撃を受けているのに、しばらくすると何事も無かったように獣人は戦線に現れるのだ。グレイグは奥の球体の
そう考えていた矢先、ケルベロスの魔法攻撃を巧みに避けていた、一番身体の大きな獣人が、火の魔法を操るケルベロスの顔にかぶりついた。痛みのためケルベロスが咆哮をあげる。ケルベロスは獣人を振り落とそうと滅茶苦茶に暴れ出した。だが獣人は食らいついたまま離れない、ガチンッと獣人の牙を噛みしめる音がする。ようやく獣人がケルベロスから離れると、ぼとりと何かが落ちた。グレイグが落ちたものを見ると、ケルベロスの大きな目玉だった。眼球をえぐり取られた眼窩からはぼうだの血が流れていた。それを見た少年王の顔は、先ほどまでの無気力な表情から、みるみる怒りの表情に変わる。
「よくも俺のアーテルを!皆殺しにしてやる!グレイグこいつら全員殺せ!」
グレイグはもう一度、
マリアンナはスノードラゴンに防御と攻撃を指示しながら戦いの現状をつぶさに確認していた。さすが獣人というところか、守るべき対象だと思っていた獣人の子供たちは、早々にシドたちに加勢して戦場を飛び回っている。獣人たちは一番身体が大きく、攻撃力があるシドのフォローに徹していた。次に身体の大きいシュラが空気の弾丸でシドの足場を作り、シドを空中に飛ばす。次に大きな獣人、リクという少年獣人がシドに襲いかかる魔法攻撃を、咆哮の空気の弾丸で防ぐ。最後に一番小さいミナという獣人の少女は、シュラとリクがシドを庇って怪我をする度に、背中に背負ってアイシャの元に連れて行き、
獣人たちの目にも止まらない行動に加え、マリアンナの魔法、
マリアンナが敵から目を離した隙に、事態は変化していた。ケルベロスが激しく咆哮した。シドがケルベロスの頭の一つの目玉を噛み切ったのだ。ケルベロスは痛みのあまりメチャクチャに魔法を放つ。マリアンナは
アイシャがいる
アイシャは黒猫のドロシーを治療していた。アイシャはマリアンナがいきなり目の前に現れて驚いているようだ。大きな瞳をさらに大きくしている。マリアンナは思わず微笑んだ。これでアイシャを守れる。マリアンナはアイシャを抱きしめた。その直後背中に衝撃を受けた。激しい苦痛が予想されたが不思議と痛みは感じなかった。アイシャが信じられないという表情をしている。マリアンナは最後の力を振り絞ってアイシャに言った。
「アイシャ、にげて・・・」
それきりマリアンナの意識はこと切れた。
スノードラゴンは最初訳が分からなかった。常に側にいた大事な大事な契約者のマリアンナの気配が一瞬で消え失せたのだ。次の瞬間、マリアンナが大怪我をしたのが分かった。もう助からない大怪我を。スノードラゴンは激しい怒りと悲しみで咆哮をあげ、メチャクチャに氷の刃を放った。マリアンナが存在しないならば他の奴らなぞどうでもいい、マリアンナが望むから、チマチマと回りに配慮しながら戦っていたのだ。マリアンナ、マリアンナ。スノードラゴンは彼女の名前を呼び続けた。
スノードラゴンは、召喚士養成学校の卒業式の時、初めてマリアンナを見た。彼女はぽっと出の水の精霊に恋人を奪われても毅然とした態度で召喚の詠唱をしていた。スノードラゴンは彼女を面白い娘だと思った。人間の召喚に応ずる霊獣など三下だと思っていたスノードラゴンだったが、マリアンナという人間の娘に興味を抱き、契約をした。スノードラゴンの気の遠くなるような生涯で、一度くらい召喚に応じるのも悪くないと思った。スノードラゴンは契約の対価にぶどう酒を要求した。マリアンナという娘はスノードラゴンに恐るそぶりもなく不敵に笑ったのだ。
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