深部にて見つける
脳みその八割が空回りしている感覚。
地球にも数百年前までキリン並みの鳥は居た。だがクジラ。しかも身の部分だけで。鷲のように勇ましい顔から、ハチドリのように鮮やかな尾羽までだと以前見たシロナガスクジラの標本より遥かに大きい。
そう、羽があるのだ。ほんの少し動いただけで風が来たほどに雄大な羽、明らかに飛ぶ気の物が。どう軽く見積もっても数トンに及ぶ巨体が飛ぶ? 思考しただけで発狂しそうな話である。
この星は地球と違う法則で動いてるのはヨナスも知っている。手から水は出るし、脳裏には今も白点を感じる。しかし物理法則は感じた限り地球と大差無い。こんな生物は幾ら何でも、
「ピイイイイイイィイイイイイイイイアアアアアアァ!!!」
近いだけに抑えた手を貫き脳まで響く。
しかしお陰でヨナスは無駄な思考を止められた。考察なんて体を隠してくれてる草一本分の価値さえ無いと放り投げ、考える。―――どうするか。
当然逃げるべきだ。夢にも見ない物を見られた訳でもう用は無い。食い散らかされた様子からして食べた腐毒ダケは致死量。一週間後にでも来れば宝石なんか目ではない宝が手に入る。もし異常生物らしい生命力で生き延び不機嫌なこいつが飛んで来たら子爵領の軍だと何も出来なさそうなので、山小屋に篭りつつあの方に祈るのが最も賢かろう。
だがヨナスはこのキノコで腹をやられた子を治療した事があった。先生から教えられて尚子供は食べるのだ。流石に二回食べた真正はフューラーだけだが。
ただ治療をすれば必ず狙われる。動物が人の善意をくみ取ると期待する奴は脳に障害がある。
つまり問題は小さな親切に命を賭けるかどうかであった。
目を瞑り、顔の前で指先を合わせ額に当て自分の心を見つめ直す。
答えは直ぐに出た。どーやら口だけでは無かったらしいと思う。
―――助ける。命の危険があろうとも。
人は最も必要のない動物である。己の命だろうと噂にも聞かない希少で、見るからに偉大な生き物と比べれば何の価値もない。地球に居た頃からの考えに迷いなく沿える自分にヨナスは深い満足を感じた。
と、言っても死にたい訳ではない。死前から違う文化様式に興味があったヨナスにとって今の生活は多くの驚きに満ち楽しく、やりたい事もそれなりにある。近頃やっと人生の目的に向かっての準備を始めたのだ。未練はあった。
何とか逃げられるよう知恵を絞り動き方を決めてから、鳥の背後に向けて動き出す。
上半身裸となり荷物を背負い袋一つに纏めて置いた後、小枝を踏まないよう足の下ろす所を見定めつつ数十歩。更に尾羽に触らぬようその下を匍匐前進して暫く。やっとヨナスは目標を発見した。途轍もない腹痛に苛まれているのだろうが、気づかれずたどり着く奇跡を得て気分が良い。一応あの方に感謝と加護を求めて祈りをささげる。
そして一番気が緩むであろうと考えた瞬間を待った。
「ピィイイイイイイイイイイイイイィ―――」
予想通りに鳥が鳴いた。終わり際、両手を地面につく。そして鳴き終わると同時に跳ねて立ち上がり、右手を伸ばして突っ込む。
尻の穴に。
一瞬一瞬の焦りを我慢し肩まで入れてから、全身全霊を込めたささやき声でヨナスは唱える。
「水よ在れ」
「ピィアァアッッ!?」
余り意味がないなと感じながらも子供たちに水を出し十年。それは今この瞬間の為だったとばかりに全力で水を出す。鳥が暴れたらどうするかなんて考えない。いや、一応持っておこうかなと考え直し、左手で適当な尻肉。と、思われるものを握りしめ決めていた秒数を数えつつ、願う。
―――水でお腹が膨れてどんどん痛くなって動けないんだろ。動かなくて良いんだぞ。考えろよ腹が痛いのなら悪い物があるんだよ。ならそれを出せばいいじゃん水ぶっこんで流し出せばいいじゃん。人間もコレすれば少なくともマシになる。だから賢い方法なんだ喜んでくださいお願いします!!
果たして暴れはしなかった。数え終わり全身に暑さ以外の理由でかいた汗を感じる余裕もなく、ヨナスは腕を肛門から引き抜くと全力で木の間に走り込んで置いてあった荷物を引っ掴み尻に帆をかけて逃げようと、
「ピ、ピィ……ピイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!!」
今までとは全く違う響きにヨナスは振り向いてしまう。そして見た。濁った緑と赤の間欠泉を。余裕があれば天晴と拍手をする噴出だった。
しかし余裕が無い。鳥が俯かせていた頭を上げるのに合わせて起こった異変に目と心が奪われて。
最初は胸。其処から野焼きの如く羽の一本一本にまで炎が走る。燃えてしまうのかと考えた所で、勘違いに気づく。火の燃えるように羽が輝いたのだ。
ヨナスは自分の体が震えているのを感じた。当然だと思う。全てを揺さぶる美しさなのだから。
鳥の頭が上を向き、そして一瞬でこちらへ。
ヨナスが見つめる中、顔の両端に生えた特に目立つ赤い冠羽が光始め、燃えてるとしか思えないまでに。そして目が合った。大きな、輝く金色の瞳。
死を確信した。間にある数本の木など何の邪魔にもなるまい。ならせめて動く瞬間を見ようと覚悟を決め、鳥の足がたわみ、羽が広場の両端に当たろうかというまでに広がった。と、思ったところで吹き飛ばされ地面を転がる。
ようやく止まり地面に伏せたまま顔を上げると、居ない。直ぐに脳裏へ意識をやるが、一つの点も感じられない。
「―――見逃してくれた?」
自分の言葉に納得を感じる。当然かもしれない。『体調が良くなったらさっさと移動』だ何の不思議もない。復讐に固執する生き物は人間くらいのもの。『見逃し』は自意識過剰だったと恥ずかしく感じる。あれほどの生き物から見ればこちらは文字通り石ころ同然なのに。
落ち着くと、死んだと思った時第六感で鳥の色を確認していなかったのにも気づく。しかも尻に手を突っ込んでからの色を全く思い出せない。正に宝の持ち腐れだとヨナスは反省した。
深呼吸を一つし、気持ちを整える。まずは草まみれ糞まみれの体を洗わなければいけない。こーいう時手から水を出せるのはとても便利だった。大した時間もかからず汚れを落とし終わり、脱いでいた服を着たところで、生涯忘れようがない広場が目に入る。
少し怖いが羽の一本でも頂こうと戻ると、濃厚な匂いが漂っていた。
下痢便の匂い、なのだろう。しかし腐敗臭ではなく腐毒ダケの美味しそうな匂いに加え、沈丁花もかくやという良い匂いだ。
ジャコウな鳥さんだったのかな? と幸せな気持ちで広場を探し始めるが、
羽の一本も見つからない。首を傾げる。
広いと言っても端から端まではっきり見える広さ、じっくり砂時計二回程度探し回った。見落とすとは思えない。余りに異常な光景だったし幻でも見たのかなと思うが、地面に飛んだ時出来たのであろう寒気のする深さの足跡があったし、何より今も下痢便が木にこびり付いている。少し乾いてきてはいたが。
太陽の傾きを確かめて溜息を一つ。これ以上探すと日が落ちるまでに山小屋へ帰りつくのが厳しかった。何より動物たちが戻ってきて竜に追われれば死ぬ。
未練よ全て出ろと大きく息を吐き顔を上げ、最後にもう一度と広場を見回す。と、何かが光った。
期待を必死に抑えながら近づく。
「いや、でも、羽光ってたし」
ここら辺、と感じたところまで後一歩という所で、又光が目に入る。目を凝らすと地面にガラスのような物が埋まっていた。掘りだすと、ガラスの球体に思える物だった。それが四個。
ビー玉ように見えた。しかし違和感があり太陽にかざして見る。
球の中心で光が動いた。
******
二日後である。ヨナスは雑に朝の準備をすると記憶が薄れる前にと昨日に続き絵の下書きを始めた。
どうしても気がせいて集中するのが難しいが、何とかかんとか昼前に細部まで思い出せる限りを描き終える。
そして気がせいていた理由を、今までは金庫替わりにしていた木箱から直接手で触らないよう慎重に布を使って取り出し、机に敷いた布の上に置く。
美しく、異様な石だった。まずほぼ完全な球体な時点でおかしい。次に中心だけが燃えるように光っている。畜光石という物が在るのはヨナスも知っていた。だがそれは全体がぼんやり光る石だ。しかも四個とも同じ様子である。
鼻から息をムフーッと出しヨナスは更に考える。あの鳥が落としたのだろうか。しかし生物が石? 結石の類だとしても光るとは。あの鳳凰伝説も真っ青な鳥なら在りうるかも。と思考が迷走する。
何にせよ死ぬまで誰にも見せないと決める。元より極上の思い出の品を売ったりする気は無いが、見せるだけでも話題、欲望、乱暴の連鎖になると見て間違いない。
昼食を食べたら町で石の箱を買い、道具倉庫にでも隠すと、
「は?」
ほんの微かな土を踏む音。玄関……のはずだ。脳裏にも点が見える。しかしかつてなく自分の第六感が信じられない。
何故ならその点は今自分が感じられる限界、鳥の飛ぶ高さより上から垂直に。落ちるより速く動いたように思われたのだ。
そして色が尋常ではない。オレンジの濃さが忙しく変わり、赤まで見えた。偶に薄い緑になるのは救いだが、これが正しいなら扉の前に居る何者かは相当感情が波立っていて、多分こちらに対して怒っている。
下手をすると殺したいほどに。
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