第15話 ケリュネイアの雌鹿 2

 外に飛び出していくと思いきや、意外にも、カグヤは低学年クラスの教室に飛び込んでいく。


「シワ~、どこ~?」


「あ、カグヤちゃん、ここ~!」


 教室の後ろの方の学級文庫の本箱の前から、椋鳩十と書かれた本を小脇に挟みながら、シワは、わしゃわしゃと手を振る。


「おっはよ~。

 カグヤちゃん、ジュンちゃん。

 どしたの~?」


「おはよう、シワ~」


 カグヤは、小走りで駆け寄ると、祈るかのように胸の前で手を組みながら、シワに語り掛ける。


「ちょっと、お願いしたいことがあって・・・・」


「お願い~?」


「そう、お願い。昨日の、あの、大きい鶏なんだけど・・・・」


「コカちゃん?」


 昨日、シワに引き取られたコカトリスは、『コカ』と命名されたようだ。


「え?

 あ、そ、そう。コカちゃん?

 そのコカちゃんに聞いてもらいたいことがあるんだけど・・・・」


「すぐに~?」


「うん。

 なるべく早く。

 いま、すぐにでも!」


「ん~、それは、ちょっと無理かなぁ~?」


「どうして?」


「コカちゃん、いま、いないんだ~」


「え?

 もう、逃げ出したの?」


「違うよ~。

 なんかね~、今まで住んでたところに大切なものが残してあるから、一旦、それを取りに帰るって。

 今朝早くに出かけて行ったの~。

 南の方に向かって~。

 しばらくしたら、戻ってくるとは思うんだけど、ちょっと遠いところみたいだから、さすがに、今日、明日は、無理だと思う~」


「そ、そうなんだ」


「コカちゃんに会って、どうしたかったの~?」


「ちょっと、教えてもらいたいことがあって・・・・」


「教えてもらいたいこと~?」


「昨日、どこから来たのか、教えてもらおうと思って」


「昨日~?

 この村にくる前に~?」


「そう、昨日、この村に来る直前、どこにいたのか、知りたいの」


「それなら、西の山だよ~」


「え?」


「西の山~。

 そう言ってた~」


「ほ、本当?

 あ、ありがとう!

 助かった!」


「カグヤちゃん?」


「なに?」


「西の山に行くの~?」


「え?

 あ、あ~、え~~っと・・・・」


「今は、やめといた方がいいよ~。

 なんか、危ないらしいから~」


「危ないって、なにが?」


 カグヤの後ろでシワの話を伺っていたジュンが、口を挟む。


「なんだ、ジュン。

 いたの?」


「最初から、ずっといるわよ!

 で、シワちゃん、西の山が危ないって?」


「うん~。

 理由はわからないんだけど、都の鹿が、西の山にどんどん移動してきているみたいで~、西の山に元からいたカモシカと小競り合いしてるみたい~」

「あ、そういえば、家のじっちゃも、そんなこと言ってた」


「カグヤの家でも?」


「うん。

 なんか、じっちゃも駆り出されて、西の山に、ときどき行ってるみたい。

 たまに、帰ってこないこともあったし」


「ふ~ん。

 でも、都から、鹿が移動してきてるって・・・・。

 鹿って、たしか都の守り神だったよね?

 都でなにが起こってるのかしら?」


「さあ?」


「それにしても、カモシカも、カモシカよね。

 都から鹿が移動してきて、そりゃ、いくらか縄張りが荒らされたりしたかもしれないけれど、シカ同士、仲良くやればいいのにね~。」


「ちがうよ~、ジュンちゃん。

 鹿さんは、鹿だけど、カモシカは、牛さんの仲間だよ~」


「だよ~。

 ジュン。ちがうよ~?」


「カグヤ、うるさいっ!

 あんただって、知らなかったでしょ?」


「あ~、でも、カモシカは牛の仲間か~。

 なんか、なっとく~」


「ん?」


「まえに、ジュンのことを『カモシカみたい!』って言ってる人がいて、『んん?』って思ってたんだけど、そういうことなら、納得だよね~」


「なにが納得なのよ?」


「要するに、カモシカって、牛なんでしょ~。

 ジュンて、まんま、牛だもんね~」


「カグヤっ!!!!」


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