第4話 ジュン 2


 コン、コン。


 いつものように2つノックをして、部屋に入る。

 3歩進んで、ばっとカーテンを開くと、部屋の中は、白い朝の光で満たされる。


 ああ、今日も、いい日だ。


「姉さん、行ってきます」


帰ってくるはずのない返事を待つこともなく、ジュンは、部屋を後にする。



 ジュンの朝は、早い。

 委員長たるもの、皆の模範でなければならないのだ。


 家を出て、いつもの通学路を小走りに進む。


 キンケイギクが咲き誇る堤防沿いの道、吹き抜ける風が心地良い。


 堤防沿いの道を逸れ、学校に続く山道に入る。



「力が、欲しいか?」


 また、でた。


「力が、欲しくないのかと聞いている・・・・」


 また、でちゃったよ・・・・。

 かかわりたくはないなぁ、できることなら。


 そういえば、昨日のドタバタで、通報するのを忘れていた。

 今日は、忘れないようにしないと・・・・。


 無視をしたいが、相手をするまで、明日も、明後日も現れるような気がする。

 仕方なく、ジュンは、変なおじさんの前で、足を止める。


「ごきげんよう」


 そして、変なおじさんに向かって、手を差し出す。


「なにかは、わかりませんが、なにか、いただけるのでしょう?

 ありがたく頂戴するので、さっさと出していただけますか?」


 とにかく、一刻も早く、この場を立ち去りたいジュンである。


「ほう。

 先日、チヨが、また、ご迷惑を掛けたと聞いてな・・・・」


 変なおじさんは、懐から、ひし形の飾りのついた金色のブレスレットを取り出す。


「これを、おまえに授けよう」


 もっとおどろおどろしいものが出てくると想像していたジュンは、意外に可愛いアクセサリーの登場に、不覚にも少しときめいてしまう。

 だって、そこは女の子。きれいなもの、可愛いものには、心揺れ動いてしまうのだ。


 ジュンは、ブレスレットを受け取り、左腕に装着してみる。


 うん、ちょっといい感じだ。

 これくらいなら、学校で咎められることもないだろう。


「そのブレスレットは、必ずや、お前の力となり、お前の身を守ることだろう」


「・・・・で、チヨには何を渡したんですか?」


「な、なんの、ことかな?」


 突然の質問に変なおじさんはうろたえる。


「私にだけ、何かをあたえるってことは、ないでしょう?

 バランスがどうとか、言ってたし・・・・。

 チヨには、何を渡したのかなぁ?」


「え、ええと・・・・、その、なんだ。

 あ! あっ、そうだ。

 そういえば、お前にもう一つ、伝えておかねばならないことがあったのだ」


 無理やり話題を替えた変なおじさんをジュンはジト目でみつめる。


「我は、アフターサービスにも力を入れておる。アフターサービスも万全なのだ」


「・・・・で?」


「そこで、この妖怪ポスト。

 故障したアイテムをこのポストに投函すれば、数日内に修理し、お宅までお届けしよう。

 もちろん、受付は、24時間いつでもOKだ。

 それに、何かわからないことがあれば、手紙にしたため、このポストに投函するがいい。

 全知たる我が、その問いに必ずや答えてみせよう」


 こんなところに勝手にポストを設置してもよいのだろうかと思ったが、真面目に考えたら負けのような気がして、ジュンは、それ以上深く考えるのをやめた。


「ありがとうございます。

 それじゃ、私、学校に行きますので。

 ごきげんよう」


 これ以上、なにかに巻き込まれたくないと、ジュンは、ダッシュでその場を離れる。


 後日、ジュンは、悩んでいることを手紙に書き、妖怪ポストに投函してみた。

 すると、翌日、返信が来た。

 そこには、一行「私は、その解決方法を知っている」と書かれていた。


 そこで、「その解決方法を教えてください」と手紙に書き、再び妖怪ポストに投函してみた。

 間髪おかず返信が届いた。

 そこには、一行「禁則事項です」とだけ書かれていた。


 ジュンは、少しでも信用した自分がバカだったと海より深く反省した。




―――― 放課後



「委員長。チヨが、お相手つかまつる!」

「つかまつる!」


 日直日誌をまとめているジュンの前にチヨが立ちはだかった。

 カグヤは、チヨの背中に隠れ、ひょっこりと顔を覗かせながら、ひとりシュプレヒコールしている。


「・・・・つかまつるって、いったいなによ?」


「掃除さぼって逃げようと思ったっスが、どうせすぐ見つかって、注意されるに違いないから、自分から名乗り出てきたっス!」

「きたっす!」


「あんたたち、注意されるのわかっているのなら、ちゃんと掃除してから帰ればいいじゃない!」


「ふっ・・・・。恐れをなしたか委員長」

「なしたか委員長!」


「あんたたち、昨日の今日なのに、懲りないわねぇ。

 昨日、さんざん絞られたばかりじゃないの」


「昨日のようなヘマはしないっす。一瞬で勝負つけてやるっす!」

「やるっす!」


「わかったわ。その勝負、うけてやろうじゃないの!」


 まったく、付き合いの良い委員長である。


 ジュンは、立ち上がるとポケットからカプセルを取り出し、赤いボタンを押す。

 すると、ジュンは、白い光に包まれ、光の戦士に変貌した。


 最初から、全力全開だ。


「召喚士チヨ、参る!」

「参る!」


 チヨは、黒いカプセルを放る。


 カプセルは、ポンとはじけ、一体の怪獣が姿を現した。


 白と黒の甲冑を思わせる体、2本の牛のような角、胸と頭部はオレンジ色に発光する部分があり、「ぴぽぽぽぽぽ」と電子音のような音を発している。


「ゼェェット」


 怪獣は、低い不気味な声を発すると、ジュンに向かって突進を始める。


 二人の間合いに入る寸前、怪獣は、スッと姿を消す。


 目標を見失い、きょろきょろするジュン。


 そのすきを突くかのように、怪獣は、ジュンの背後に姿を現し、目から光弾を放つ。


 ジュンは、その気配を察し、かろうじてその光弾をよけると、すぐに態勢を整え、両手を胸の前に水平に構える。


「ジュン! そ、それは・・・・」


「お嬢、大丈夫っす」


 思わず声を上げたカグヤを、チヨは余裕で制する。


 ジュンの両手の間で成長した光球は、頭の側方に挙げた右腕の上でリング状に回転を始める。


「八つ裂きスラッシュ!!」


 ジュンは右手を振り下ろし、光輪を怪獣に投げつける。


 しかし、十分な破壊力を持った光輪は、怪獣が展開したバリアに弾かれ、粉々に砕け散ってしまった。


 たまらず、ジュンは、チョップで攻勢に出ようとするが、逆に怪獣が放った水平チョップにはね飛ばされてしまう。

 もんどり打つジュン。


「ぴぽぽぽぽぽ」


 打ち臥されたジュンを見下ろしながら、怪獣は電子音のような音を発し続ける。


「く、くそっ・・・」


 ジュンは、歯を食いしばりながら状態を起こすと左右の手を十字にクロスさせ、力を振り絞って、スペース光線を放つ。


 が、怪獣は、スペース光線を難なく受けきると、両腕をジュンの方にまっすぐ伸ばし、波状光線を撃ち返す。


 波状光線は、ジュンの胸を直撃。

 ジュンは、2、3度悶えた後、仰向けに倒れてしまう。


「やったっす!」


 雄たけびを上げるチヨ。


「ちょ、ちょっとやりすぎなんじゃないかしら・・・・?」


「え・・・・?」


 カグヤの言葉に、チヨは、少しずつ不安になってくる。


「ジュン、なんか、白目むいちゃってるし・・・・」


「ぴぽぽぽぽぽ」


 怪獣は、再び、ジュンに向かって波状光線を撃ち放つ。


 波状光線は、ジュンを直撃し、ジュンを大きく弾き飛ばした。


「「え?」」


 思わぬ追撃に、言葉を失う、カグヤとチヨ。


「ちょ、ちょっと、どーすんのよ、あれ!

 なんか、止めを刺しに行ってるんですけど・・・・」


「どーすんのったって・・・・」


「回収、回収できないの?

 あれ!」


「そんなの、やり方、教わってないっス・・・・」


「じゃあ、いったい、どーすんのよ、これ!」


「ぴぽぽぽぽぽ」


怪獣は、ゆっくりとジュンに向かって歩を進めていった。


 もう、こうなったら、多少の被害が出るのを覚悟で、私たちでどうにかするしか・・・・とカグヤが覚悟を決めたとき、ジュンのブレスレットが、点滅を始めた。


 点滅の間隔は次第に短くなり、それにつれて、ブレスレットから放たれる光はどんどん強くなる。


 やがて、ブレスレットの光は、ジュンの身体を覆いつくした。


 光は大きな光球に成長し、閃光とともに弾け飛ぶ。


 薄れゆく光。


 明確になっていく一つの影。


 それは、復活したジュン。


 仁王立ちしたジュンの姿が、そこにあった。



「ぴぽぽぽぽぽ」


 怪獣は、両手を突き出し、波状光線を撃ち放つ。


 ジュンは、左腕からブレスレットを外し、怪獣に向かって突き出した。


 するとブレスレットは、盾に変形し、変形した盾は、波状光線を怪獣に向かって反射する。


 反射された波状光線を浴び、一瞬たじろぐ怪獣。


 ジュンは、盾を槍に変形させると、怪獣に向かって投擲する。


 槍は、怪獣を貫き、爆散させる。


「やった!」


 ・・・・そして、怪獣を貫いた槍は、いくつかの机をなぎ倒し、教室の窓ガラスを突き破ったあと、校庭を横切り、離れにある校長室に突き刺さった。


「「「あ!」」」


 間髪おかず、空間が裂ける。


「ばってんパ~ンチ!!」


 裂けた空間から飛び出したマジックハンドに取り付けられた3つの赤いボクシンググローブが、ジュンとカグヤとチヨを痛打する。


 いてて・・・と顔を上げると、そこには白い少女カヤコ。


「なんば、しょっとね。きさんら~!」


 えへへ・・・と誤魔化し笑いをするカグヤ、チヨ、ジュンの3人の下に影が広がる。


 影は次第に濃くなり、まるで大きな黒い穴のようになっていく。


「え・・・、えっ?」


 その黒い影から、いくつもの手が伸び、カグヤ、チヨ、ジュンの腕や足などをつかむと、ゆっくりと影の穴の中に引きずり込んでいく。


「あなたたちには、少~し、反省する時間が必要のようですわね。

 いいですわ、ご招待いたします。地獄の深淵に。

 そこで、頭を冷やして、しっかりと反省してらっしゃいませ」


 ごめんなさい・・・、助けて・・・の言葉を残し、やがて、3人は、影の中に消えていった。


「まあ、これで、少しは反省するでしょ・・・・」


 教室の修理が終わったら、戻してあげますかね。


 カヤコは、地獄の深淵へのご招待を、いたずらした子供をたしなめるために押し入れに押し込める、そんな程度に考えていた。


 実際、地獄の深淵とは言っているものの、そこはカヤコが作り出した空間であり、そこには、なにも存在していない、空っぽの空間ではあった。


 しかし、カヤコ自身、失念しているが、現状、そこ「地獄の深淵」は、カヤコの呪いに捕らわれた対象が収監される場所になっている。

 つまり、自動的に発動されているカヤコの呪いに捕らわれた虫たち、主に「黒光りのG」達が収監される場所になっているのだ。

 そもそも、「地獄の深淵」は、生存していくには、過酷な環境であるといえる。

 しかし、かれら虫たちの生存能力は、その過酷さを、かるく凌駕していた。

 いまや、「地獄の深淵」は、かれらの王国と化していたのだ。

 もうしばらくすると文化が育まれ、文明が開化するかもしれない。


 そんな中に、カグヤ、チヨ、ジュンの3人は叩き込まれた。


 数えきれない虫たち。

 無数に蠢く黒光りのG。


 ある意味、この世の地獄である。


 この地獄に叩き落された3人は、二度とカヤコの逆鱗には触れまいと心の底から反省するしかなかった。

















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