3.

 列車がまった。

「では、お先に」イガグリが自分のスーツケースを持って立ち上がり、車両から出て行った。

 僕は、しばらくの間、彼が消えた車両の出入り口と、自分の物らしい鞄を交互に見つめた。

 扉が開いて、顔色の悪い車掌が入って来た。

 目が合う。

(なんで、このお客は車内に残っているのだ?)といった風の、不審そうな目で見つめ返された。

 僕は慌てて鞄を持ち、立ち上がって、車掌が入って来たのとは反対側の出口から停車場プラットフォームへ降りた。

 出てみると、どうやら地下停車場のようだ。

「地下鉄、だったのか?」

 どうりで窓の外が真っ暗な訳だ。

 僕を乗せた列車は、ずっと地下を走っていたのか。

 プラットフォームには誰も居ない。

 アール・ヌーボー調の洒落た傘の電燈が幾つも天井から垂れていて、構内を薄黄色の光で満たしていた。

(とにかく地上へ出よう)

 長いプラットフォームの煉瓦壁に二箇所、階段口らしき場所がある。

 近づくと、思った通り、登り階段だった。


 * * *


 何度も踊り場を折れ曲がり、四、五階ほどの高さを登って、ようやく駅の玄関ホールらしい場所に出た。

 薄暗い。

 プラットフォームも、階段も、玄関ホールも、この駅は何処どこも薄暗い。

(電燈の数が足りてないのだな……あるいは、一個一個の電球のワットが弱いのか)

 天井から垂れ下がった電燈が放つ黄色い光を見上げながら、そんなことを思った。

 正面に出入り口が見える。

 回転ドアが並んでいる。どれも頑丈な鋼鉄製……いや、何の金属かは分からないが、とにかく分厚い金属で出来ていた。

 手前に、改札口のような場所があり、男が立っている。

 おそらく駅員なのだろうが、何だか違和感がある。

 制服が妙にいかつい。

 まるで軍服みたいだ。

(改札を通って駅を出るには、切符が必要だろう)

 それは、そうだ、当然だ……と思い、改札の数メートル手前で立ち止まり、スーツケースを置いてポケットを探る。

 ハンカチ、長財布、鞄の鍵……

 ズボンのポケットに、幾らかの小銭。

 それ以外には何も持っていない。

 長財布をあらためてみる。

 ……何枚かの紙幣と……あった……列車の切符だ……それに慢冥市滞在許可証、拳銃所持許可証。

 いったん財布をポケットに仕舞い、鞄を持って、改札口に近づく。

 近くで見れば見るほど、改札に立つ男は駅員というより軍人のように思えてくる。

 鷲鼻の、目つきの鋭い男だ。

 腕章に『慢冥市独裁警察』『鉄道警察隊』と書かれていた。

 男は僕の顔をギロリと睨み、黒革の手袋をめた右手を、手のひらを上にして僕の方へ突き出してきた。

 切符を見せろという事か。

 財布から切符を出し、突き出された黒手袋の上に置く。

 男は切符を一瞥し、横にある箱に落とし、再び僕に向かって手を突き出す。

 しばらく僕が戸惑っていると、男は(腕章に書かれた通りなら、警察官という事になる)ぶっきら棒な口調で一言だけ「滞在許可証」と言った。

 僕は再び財布を開き、許可証を男の手のひらに置いた。

 視線を動かし、僕の顔と許可証の白黒写真を何度か見比べたあと、警官は僕に許可証を突き返し、出口に向かって顎をしゃくった。

 ……行って良し、か、あるいは、さっさと行け、という事だろう。

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