第66話 正妃教育とは
「正妃教育と言ってもね、ツェツィーリエさんは公爵令嬢でしょう?実はマナーに関してはそう学ぶ事は変わらないのよ。」
「そうなのですか?」
「えぇ、では何を学ぶのかと不思議でしょう?それはね、王家に伝わる伝統とか風習とかを次の世代に受け継いでいくための正妃教育よ」
「伝統と風習ですか?」
「えぇそう。王家にだけ伝わる神話…とかね」
そう言って茶目っ気たっぷりにウインクする王太后陛下に、私はクスクスと笑いを零してしまう。今は、正妃教育の前段階として何故正妃教育を受けるのか、簡単な説明を受けている。前世で言うところのオリエンテーションみたいなものだろうか。
王太后陛下は、第一印象の通り優しく、そしていたずら好きなお茶目な人だった。『ずっと堅苦しく生活してきたのよ?引退した今くらい自由にしたって罰は当たりっこないわ』とは王太后陛下の言だ。
簡単な説明が一通り終わった後、話はレオンの事に。
「レオナードはよくやってるのかしら?」
「はい。次期国王になる為の勉強も日々熱心にしておりますし、私にも優しい素敵な方ですわ」
「あらそうなの、ご馳走様」
「す、すみません私ったら……!」
ナチュラルに惚気けてしまっていた。王太后陛下の前だと言うのに恥ずかしい。頬が熱くなっていくのを感じる。
「でも、安心したわ。きちんとレオナードの事を愛してくれているのね」
「はい!それはもう!」
愛しているという言葉を聞いて、思わず前のめり気味に肯定してしまう。あぁっ、私の馬鹿!さっき後悔したばっかりじゃないの!
「ふふ、良かったわ。レオナードにこんな素敵なお相手がいてくれて」
「いえ、そんな……」
ニコニコと微笑む王太后陛下は、だがその表情をスっと真顔に変えて。
「ありがとうね、ツェツィーリエさん。貴女がいたからレオナードはきっと救われたわ」
「え?」
「レオナードから聞いている?あの子が実の両親に何度も殺されかけたこと」
「聞いています。それが彼にとっての日常だった事も」
「そう、レオナードは貴女の事を心から信頼しているのね」
王太后陛下は、紅茶を一口飲むと。
「レオナードの事、どうかお願いするわ」
頭を下げた。私はソファーから飛び上がりそうになる程驚いた。
「そんな、頭をお上げください、王太后陛下。お気持ちは充分伝わりましたし、私はレオン様の事をずっと支えていくつもりですわ!」
「ありがとう、ツェツィーリエさん」
「いいえ、王太后陛下」
「私が救う事の出来なかったあの子を、どうかよろしくね」
「救う事が出来なかったなんてとんでもないですわ!レオン様もおっしゃっておりましたもの『お祖母様が僕とツェリの事を気にかけてくれて、応援してくれているのは嬉しい』って。レオン様には王太后陛下の優しさは充分伝わっていると思いますわ!」
「そう、あの子が……教えてくれてありがとう、ツェツィーリエさん」
そう言って微笑む王太后陛下の目には、少しの涙が滲んでいた。
優しい王太后陛下の事、レオンを表立って庇えなかったのは何か理由があるのだろう。だけど、今レオンの味方をしてくれているリュグナー宰相やバルウィンさんは、王太后陛下への忠誠によって動いているのだという。その事実はそれだけで、王太后陛下がレオンの味方だということが伺い知れる。
「いいえ、これから家族になるんですもの。遠慮は無用ですわ」
少し気が早くて図々しいかな?と思ったけど、滲むだけだった涙を大粒に変えて、嗚咽混じりに『ありがとう』の言葉を伝えてくる王太后陛下の反応を見ると、これで良かったのだと思った。
そして帰り際。
「私は正妃になる教えを授けるから、ツェツィーリエちゃんはレオナードとのお話を聞かせてね!」
と、さん付けからちゃん付けへと距離が縮まった王太后陛下に、私の惚気公認をいただいたので、これからは正妃教育の傍ら、レオンの盛大な惚気を披露しようと思う。
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