第61話 正体
盛大にむせた後唾が気管に入ったのか、その後も咳をし続ける音の発生元は。
「ちょ、ちょっとエミール!大丈夫なの貴女!」
メイドのエミールさんだった。
「だ、大丈夫です。ツェツィーリエお嬢様……。それより、その本を教本にするとは……正気ですか?」
いきなり正気を疑われた。エミールさんが言っている意味が分からず、私達4人は顔を見合わせる。
「えっと、どういう事かしら?」
分からないので直接聞いてみることに。だが、エミールさんは形容し難い顔を見せ、何か小さな声でボソボソと言うばかりで要領を得ない。
仕事の出来るエミールさんにしては珍しい。
さて、一体どうしたものか。
そう思っていたら、意外な所から救いの手が。
「紅茶のお代わりをお持ち致しました。あら、エミール。遂にツェツィーリエお嬢様に書いている本を紹介したの?」
紅茶のお代わりを持ってきた、もう1人の専属メイド、フランチェスカさんだ。彼女はレイチェル様が持参した本とエミールさんを見比べるなり、ニコニコと爆弾発言を投下し、その衝撃に固まって動けない私達を放置して綺麗なお辞儀をしてまた去っていった。
うん、ちょっと待ってフランチェスカさーん!そんな爆弾放置して行かないでー!
私の心の声は届かず、フランチェスカさんは退出してしまい、残されたのは私たち4人とエミールさん、合わせて5人の気まずい沈黙。
「あのぉ、ひょっとしてエミールさんってこの美人妻リーゼロッテシリーズの作者〜【エミリア・ローゼマリー】さんですのぉ?」
そんな中、気まずい沈黙をぶち破るように、果敢にもレイチェル様がエミールさんに突撃していった。貴女は勇者だ、レイチェル様!
突撃されたエミールはと言うと……。
「申し訳ありません!今まで黙っていたことへの罰はいくらでもお受けします!どうかお許しを……!」
見事な土下座を披露していた。この世界にも土下座ってあったのね、見事な物だわ………って違う!
「エミール!貴女何をしているの!?怒っていないから早く起きなさい!」
慌ててエミールを抱き起こす。エミールは少し泣いたのか、グズグズと鼻を鳴らしながら『すみません』となおも言い募る。
エミールをソファーに座らせると、背中を擦りながら優しく訊ねる。
「ごめんなさいね、エミール、いきなりで驚かせてしまったかしら」
「エミールさん〜、私からも謝りますわぁ。問い詰めるつもりはなかったんですのぉ」
レイチェル様がエミールさんを気遣って謝罪をする。
「いえ、私も急な事でしたので動揺してしまいまして、申し訳ありません」
「いいのよ。それよりエミール、説明してくれるかしら?貴女の口から聞きたいわ」
エミールの口から語られる事実に期待してか、半ば空気と化していたナディア様とトリシャ様もゴクリと唾を飲む。
「以前から趣味で書いていた物なのですが、4年前に出版社に試しに持ち込んだところ、本を出すことになりまして。旦那様の許可もいただいておりますが、こんな官能小説を書いている者がお傍にいるのは嫌ですよね、ツェツィーリエお嬢様は……」
「え、少し待ってちょうだい。この本って官能小説なの?」
ナディア様とトリシャ様、私の4人はこの本の持ち主のレイチェル様に視線を向ける。レイチェル様はフルフルと首を振り、知らなかったのだとジェスチャーで伝えてくる。
「はい、ですのでレイチェル様がその本を持ち込まれた時には驚きました」
「それはそうよね……」
「レイチェル!貴女何てもの持ってきてるのよ!」
「だってぇ、知らなかったんですものぉ」
「ナディア様、作者の前であまりそういうことは言わない方が……」
色々とカオスな空間になってきた。でも私が思うことは。
「エミール!貴女って凄いのね、本を執筆して、尚且つそれがシリーズ化するなんて!」
思わずエミールの手を取ってギュッと握りしめてしまう。
「ツェツィーリエお嬢様、でも官能小説ですよ?」
「そんなの関係ないわ!レイチェル様が持ってきたということは、恋愛指南書的にも良いということなのでしょう?」
「そうですわねぇ、私は殿方を落とすにはこの本がもってこいとぉ、お姉様に紹介して頂きましたのぉ」
「ほら!やっぱりエミールの本は世の女性方から認められているのよ!それって凄いことだわ!」
「ありがどうございまずぅ」
えぐえぐと泣きながら私達にお礼を言うエミールさん。後で話をよく聞くと、執筆している本が官能小説ということもあり、私に打ち明けるかどうかは前から悩んでいたらしい。フランチェスカさんにも悪気はなく、彼女からすると『遂にお嬢様に打ち明けることができたのね、良かった!』という心境だったらしい。彼女にも後で謝られてしまった。
そして、こんなハプニングはあったものの、レイチェル様の恋愛相談は、恐縮しながらも的確なアドバイスを授けるエミールさんの活躍によって大満足の結果となった。
「ということがあったんですの。エミールが作家さんだったなんて驚きですよねぇ?」
「そ、そうだな」
恒例となっている、女子会後のレオンとのまったりイチャイチャタイム。……だが、レオンの様子がおかしい。具体的に言うと、【美人妻リーゼロッテ】シリーズの名前を出した辺りからおかしい。怪しい、これは事案発生か?
「ねぇ、ところでレオン。貴方私に隠している事とかないかしら?」
「ななな、何をだ?」
あからさまに動揺を見せるレオン。黒か?
「【美人妻リーゼロッテ】ご存知でしたの?」
まどろっこしいのは苦手なので、ズバリ切り込んでみる。
「んなっ!そそそ、そんな訳が無いだろう!」
「レオンってば隠し事下手ですわねぇ。【美人妻リーゼロッテ】知っていたのでしょう?素直に吐いてしまった方が楽でしてよ?」
「う……分かった。確かにツェリの言う通り知っている、知っているが2、3行しか読んでない!」
「そんな馬鹿な話がありますか!誤魔化さなくてもよろしいのよ?」
「いや、本当なんだ。信じてくれ……」
あわや初喧嘩か?となりかけたが、レオンが余りにも情けない顔をするので、よくよく話を聞いてみたらクローヴィアのせいだということが分かった。
「クローヴィアのせいという事は充分分かりましたので、彼には報復をしなくてはですね」
「ぐ、具体的には何をするのだ…?」
恐る恐る訊ねてくるレオンに私は密かに耳打ちした。レオンは驚いた表情をした後『それは良い考えだ』と私の耳元に囁く。
後日、恋人のナディア様に何故官能小説を持っていたのか問い詰められ、タジタジになるクローヴィアの姿があったとかなかったとか。
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