第4話「集落のアカツキ」後編
沢山寄り道した暁月が辿り着いた目的の場所は武具店でした。
ここは武具店と鍛冶屋の両方合わさった店です。
見た目は小綺麗で、一見武具店とは思えない程に看板もオシャレに『Moss agate《モスアゲート》』と書かれています。
扉を開け、同時にドアベルが心地よい音を店内に響かせます。
店内の中心にはガラスを多く使ったショーケースが設置され、中には刀身の短いナイフから長いナイフ、鉄の篭手や革の鞄や鞘が並んでいました。
店内の壁には革や鉄の防具と楯が掛けられ、壁際の
ショーケースには手入れ道具や包丁が丁寧に整えられて並べられていました。
刃物達はまだ手に入りやすい値段ですが、防具系は胸や肩等しか守れず軽装なのに値段はとても高価でした。
暁月はそれらを眺めながらゆっくりとウロウロしていると、店の奥から1人の女の子が出てきました。
髪で目は隠され、体も小さく弱々しい陰気な女の子でした。
この集落では珍しい髪色で、とても美しい黒髪です。
「あ…いらっしゃい。アカツキくん」
「やぁ、エスメラルダ!預けてたものは出来てる?」
「うん…ちょっと待ってて、持ってくる」
「はーい」
エスメラルダは店内の奥へ向かうとすぐ帰ってきた。
手には革のアタッシュケースを持って、カウンターテーブルにそれを置いた。
「本当はその日には返せたけど、一応私もちょっと手入れしておいたから、大丈夫だよ…」
「本当?もう少し残っとけば良かったかな。でもエスメラルダが点検してくれたんだから、心配ないね!」
「へへ…」
エスメラルダは笑みをこぼして、照れたように頬をかく。
暁月もそれを見て笑った後、馴れた手つきでアタッシュケースを開けた。
そこには4本のナイフが入っていました。
《カランビットナイフ》
《ダガーナイフ》
《クリップポイントナイフ》
《バタフライナイフ》
これらの四種類の異なる刃と形状のナイフがアタッシュケースには入っていました。
「《七日月》《半月》《望月》《新月》…うん、全部ある」
それらのナイフを暁月は一つ一つ手に取り、強く握ります。
《七日月》と言われた《カランビットナイフ》は鎌状の刃と持ち手に輪がある一見奇妙なナイフで、鉤爪のようなこのナイフは、突き刺して引き裂く事で深い傷を作り出します。
《半月》と言われた《ダガーナイフ》は両刃の刃と円柱状の柄を持つシンプルな形状で、多種多様に扱える便利なナイフです。
《望月》と言われた《クリップポイントナイフ》は片方に刃がある典型的な刃物で、動物の血抜きやトドメに使われる突き刺す事に向いているナイフです。
《新月》と言われた《バタフライナイフ》は一つの両刃に二分割された溝のある柄が付いた折り畳みナイフで、用途は特別無く単純な折り畳みナイフです。
刀身は鏡のように輝き、刃はとても鋭く斬れ味も良さそうです。
「ふふっ…」
「ん、僕何か変な事した?」
「ううん…ただ、ナイフに名前を付けるのは面白いなって…」
エスメラルダはまだクスクスと笑っています。
暁月は自身の回りの特定の物に名前を付ける癖があり、それがエスメラルダの笑いのツボなのです。
暁月はナイフをアタッシュケースにしまい、閉じました。
「そんなに笑わないでよ!恥ずかしくなるじゃないか!」
「ふふっ…ごめん…。3ヶ月ぶりに聞くとなんか面白くて…」
クスクスと笑うエスメラルダに、暁月もつられて笑い始めました。
二人の笑い声やっと落ち着いた頃、奥から一人の年配の男が出てきました。
エスメラルダの後ろを通って、カウンターテーブルの棚を乱雑に開けます。
長い白い髭が伸び、先の部分は所々焦げています。
目付きは悪く、顔や手、服も炭と油で汚れ、如何にも鍛冶師という見た目をしていました。
しかし、息切れをしているように、常に荒い呼吸をしていました。
「おじいちゃん…今日はもう休んでいいんだよ…?」
「休んで居られるか……まだ注文が残ってる……」
「そんなに息切れしてたらもうダメだよ…そろそろ自分の体の事を…」
「なら、俺に変わって全てをこなせるか?」
「………」
エスメラルダは黙り込んでしまいました。
鍛冶師の名前は、ジェイド。
この武具店の刃物や防具、鞄や鞘は全てジェイドが作り出した物で、この集落の全ての刃物はここから生み出され、流通しています。
他に鍛冶師は居らず、集落の唯一無二の存在なのです。
「俺にものを言う時は出来るようになってから言え」
「はい……」
ジェイドの作る刃物はノーネームの面子も一目置くほどで、彼らの一部面子はそれぞれ熟練された業物を所持して居ますが、それに引けを取らない程の斬れ味を創る職人です。
現にノーネームの光と美雪は、包丁を愛用しています。
「ふん…」
ジェイドは暁月をチラリとみて、店内の奥へ消えていきました。
「ごめんね…」
申し訳無さそうに、エスメラルダは暁月に謝りました。
「大丈夫だよ。いつもいつもあの刀身を汚してるのは僕だし…!」
暁月はいつもここにナイフを渡す時には、黒の艶消しが施され本来の鏡のような刀身を汚していました。
「それに、エスメラルダは大丈夫?」
「うん……大丈夫…」
「本当に大丈夫なのかな?」
暁月は手をエスメラルダの前髪に伸ばして、それを軽く捲りました。
そこには美しいとしか言えない緑の瞳がありました。
宝石のような綺麗な緑色で、それだけであらゆるものを魅了するほどです。
そして、その瞳はキラキラと輝いています。
エスメラルダの目には涙が溜まっていました。
「大丈夫じゃないね?エスメラルダ」
「………うん」
エスメラルダは暁月の手をゆっくりと離して、カウンターテーブルを離れ、暁月の隣まで歩み寄ってきました。
「いつもの?」
「うん……」
暁月は腕を広げ、エスメラルダは暁月に抱き着きました。
広げた腕を優しく締めて、お互いに抱きしめ合いました。
だいぶ前からエスメラルダは暁月に対してこの行為をお願いしていました。
理由こそありませんが、彼女にはとってとても落ち着く状態なのです。
暁月はそれを追求せず、ただただこうして優しくエスメラルダを抱き締めてあげていました。
2人の身長差は目に見えて分かるほど違いもあり、暁月の首辺りにエスメラルダの頭が来ているので、そこそこ身長差がありました。
そして、この状態を今まで誰にも見られていないのが凄い事だったりします。
もし2人が抱き締めあっていると分かれば、たくさんの女子達がエスメラルダを羨み妬む事でしょう。
それが何故か誰にも知られていないのは、不思議な話です。
そんなこんなで1分が経った頃、エスメラルダはゆっくりと暁月から離れ始めました。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
エスメラルダは目を擦って涙を拭いとると、再びカウンターテーブルに戻りました。
「じゃあ、会計するね…」
「はーい」
エスメラルダの提示した金額に暁月は紙幣を何枚か出し、紙幣と小銭をお釣りとして受け取った。
「ありがとう!じゃあまた来るね!」
「うん…またね……」
カウンターテーブルのアタッシュケースを手に持って、暁月は武具店を後にした。
その後ろ姿をエスメラルダは手を振って送り出していました。
その顔はとても寂しそうでした。
アタッシュケースを持った暁月はサクサクと帰宅します。
別の用事に備えて、準備があるからです。
足早に踏み固められただけの道を歩んでいきます。
すると流れる視界の中で、暁月は奇妙なものを見ました。
「………?」
それは一瞬でした。
長い白金の髪がチラリ視界の端に通り過ぎ、同い歳の女性のようにも見えました。
この集落で暁月はそんな髪色と女性を見た事ありませんでした。
それに興味を引かれて、振り向きました。
後ろにはその人はいませんでした。
暁月自身何故振り向いてまで興味を持ったのか分かりませんでした。
それを気になりながらも、暁月は山の上の家へ戻って行きました。
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